雪獄 09
騎兵
この時代、咆の普及により、絶対的な優位性こそなくなったものの、未だに戦場の主役である。
まだ滑腔咆が主流であるこの時代、胸甲を身につけた重装騎兵による突撃は、帝国衆兵最大の戦力として猛威を振るった。
一方で万能騎兵とも言うべき竜騎兵もまた、高速展開出来る歩兵として重用された。大量の歩兵を一気に運び、敵陣を制圧する機動力は、当時の戦術としては画期的であった。
またそれ以外にも軽騎兵は、念信が魔力妨害の影響下にある場合に備えての伝令としての役割が残っており、魔術ばかりに頼らない帝国軍の性格を表すエピソードとして知られている。
天野諒平大尉は森の中から射撃を継続してくる敵の、その動きに乱れが生じたのを見逃さなかった。
突如として、それまである程度の規則に従ってこちらの頭を抑えていた射撃の精度が狂いだしたのだ。
本来なら少佐格が率いるべき歩兵大隊は、様々な政治的事情を経て、彼の指揮下にある。目的は敵防御陣の突破であるが、この開けた平原に布陣する帝国軍に対し、連邦軍は遮蔽が充実した森からの射撃を行っていたため、正直攻めあぐねていた。
両隣の大隊が先程から何度も突撃を行っている。数で上回るのだから、それに任せてひたすら突撃を繰り返せばいつかは突破出来る。基本中の基本ではあったが、しかし被害が大きくなりすぎても困る。
この時代の基本的な戦術として、横列に展開しての戦列歩兵による打撃を、他の歩兵大隊は行っていたが、前述の地理的不利によって全く効果が上がらず、徒に兵を消耗するだけとなっていた。既に雪原には赤茶色の軍服の死体が累々と横たわっている。
天野をはじめ、実戦経験のある指揮官の麾下にある戦列歩兵は、突撃からの流れでそのまま、丘や岩陰に隠れて散発的な威嚇射撃を繰り返すだけとしている。
別段、臆病風に吹かれたわけではない。敵側にも魔力部隊がいるのだから、せめてそこを割り出してから突撃を行いたかったのだ。なにがしかの指標がなくては、無責任に指示を出せない。両側の大隊指揮官はいずれも知己であったが、どちらも勇猛果敢と評価され、当然、天野にしてみれば、愚直極まりない軍人である。
戦闘・戦術・戦略、いずれに於いても、目的を設定することが重要となる。この場合、戦術・戦略目的はどちらも森への浸透であるが、しかし戦闘における目標が分散しすぎていると感じる。
敵はこちらの密集隊形に対して、森という遮蔽を利用しての散兵線を仕掛けている。捜索連隊はこれにより包囲殲滅を受けたが、今度は正面から、固定射による戦列の崩壊を誘われている形だ。戦列歩兵は幾たびとなく横列に陣形を広げて行進し、射程距離に入っては立ち止まり、撃ち、装填し、また前進する、を繰り返している。時折、僅かに生き残った歩兵が突撃距離にまで首尾良く近づき、咆剣を構えて走り込んでいくが、敵陣に乱れが生じていない。槍衾にされているのは明白であった。
何せ、こちらは射程距離に入ったところから、遮蔽も何もないところを呑気に歩いているのに対し、敵は樹木を遮蔽に安心して装填作業を行い、射撃を繰り返し、飛び込んできた敵兵を咆剣で突けば良い。楽な仕事だ。
もちろん、こちらも魔力部隊を前に出して、熱衝撃波による打撃は与えている。敵軍の損害も徐々に広がっているはずだが、敵軍が攻性魔術による平射を開始した辺りから、魔力部隊は前進を渋り始めた。
戦術二等魔術師は、三等・等外魔術師と違い、軍務に従事している間は軍指揮官に命令権があるが、名目上は魔導院の所属である。ために、危険を伴う任務を命じた場合、後に魔導院や帝国議会から何らかの苦情、もしくは制裁が行われる可能性がある。
それを承知しているから、魔力部隊を預かる指揮官もまた、各歩兵大隊からの要請に対して渋い返事をせざるを得ない。
しかし、十分な魔力支援を得られない以上は、歩兵部隊もまた戦果を挙げるのは難しい。歩兵が敵戦列を崩さねば、騎兵による突撃も行えない。ただでさえ森の中では騎兵の突撃力が殺されるのだから、迂闊な要請も論外。
曲射魔術もまた効果が薄かった。敵はそれを見越して森の各所に散開し、射撃している。そのため敵位置の予測が難しい。
上がどう判断するかは知らないが、天野に今、思いつける突破方法は二つしかない。
一つは、魔力部隊を強引に前線に押し上げ、火力で以て敵の戦線を崩壊させる。だが先述の通り、この要請は却下されるであろう。
もう一つは、他の部隊と同じく、人海に任せた消耗覚悟の正面突破。全く下策だ。そもそもこんな森に突撃することそのものからして、地形的不利が大きすぎるというのに。
だが、結局は力押ししかない。
事実として、既に念信兵から、左翼、つまり彼の布陣しているのとは反対側の帝国戦力が、徐々に連邦を押し込みつつあるという報告を受けている。
こちらより効果が早く出た理由は何かと問われれば編成の問題だろう。左翼に展開している師団、その指揮官である鞍馬少将は魔導院の覚えめでたく、戦術魔術師による強力な攻撃力を保持している。魔力部隊への要請も、天野達のそれより強制力が強い。
対してこちらは織戸中将の派閥に属する衆民出身者の比率が多い部隊となる。ために魔術師の数は少ない。
さてどうしたものか。どうせ、この状況も上層部も思惑通りだろう。織戸派が無謀な突撃を繰り返して敵戦列を切り崩しても、被害は甚大なものとなり弱体化を図れる。かといって天野のように慎重に待っていれば、鞍馬少将閣下の北方方面軍第一が戦果を挙げ、織戸派の第三師団は面目を失うというわけだ。畜生め、せめて最新の咆がもっと多ければ。
呻吟していた矢先、敵の攻撃に乱れが生じた。それを天恵と受け取るほど天野は信心深くない。
「戦列を再編。火力をあそこに集中させろ」
だが、決断は早い。好機には違いないのだ。
「食い破るぞ」
直ちに陣形を構築した戦列歩兵は、乱れた敵の一部に向けて横列陣形で進みながらも、しかし他の大隊とは違う動きをした。
定石では平面状である火力を逆奥義状に、一点集中させたのだ。天野は望遠鏡で敵陣を観察し、目標を指定しての固定射を行わせる。
苛烈な急射を受けた敵部隊が次々と倒れ、たちまち敵陣に穴が生じる。ある程度の敵部隊を駆逐したと判断したところで、天野は念信兵に命じ、待機していた重魔力中隊に支援を要請。顔まで覆い尽くす重甲冑に身を包んだ術兵達は、飛んでくる弾が少なくなった天野大隊の側まで移動。術射を開始する。平射の熱衝撃波が、森の木々ごと敵兵を吹き飛ばしていく。
戦術魔術に使える二等魔術師は決して多くない。だが一度前に出れば、恐るべき破壊力で以て敵陣を打撃する。
「別に左翼側から攻め崩すのを待っていたって、勝てる戦だが」
次々指示を飛ばしながら、天野は独りごつ。
「少しばかり、軍に義理立てするとしようか」
程なくして、連絡を受けた栞原大佐率いる騎兵連隊から緊急編成された竜騎兵大隊が、更地となった空間に高速で展開。即座に下馬し、膝射姿勢と取ると、騎咆の射撃を開始。天野達が開けた虫食い穴を寛げていく。
間を置かず、天野大隊を含めた大勢の歩兵もそれに続き、蛮声を挙げながら森林内へと突撃していく。
連邦は布陣の両翼を食い破られ、誰しもが予想していたより早く、戦いの趨勢が決した。
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。 ゜.o |____) 。.゜ さむーい
。ヽ(´・ω・`)/ 。゜ o
。 (::. )。 ゜. o
あ、戦術、今回はここだけです。