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鐵のクラッカーズ  作者: イーグル・プラス
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雪獄 07

短咆 たんぽう

帝国軍の規定では、短咆を持ち歩くことが出来るのは指揮官職にある士官と、将校のみである。下士官が持つのは完全な軍規違反であり、懲罰の対象となる。

なお、短咆の構造は八八式と同じ滑腔咆である。

「隊長どの、咆声が」

「聞こえてるよ。……隊長?」

「あ、申し訳ありません、軍曹どの」

「まあ、いいんだけど」


 地面に倒れている中でまだ息のある敵兵から武器を遠ざけ(死体より怪我人のほうが、後続の軍の足を引っ張るからだ)、追撃がないかを確認した頃、戦闘音が連続して聞こえてきた。


 両軍主力が会敵したのだ。


 失念はないかと何気なく戦場を見渡した有木は、たまたま先刻の少年兵の死体を見つける。どこも人手不足だ。連邦では十六になれば徴用される。だがこれは。


 憂うつに吐息する。


 倒れている少年兵のかんばせをよく見れば、少女のそれだった。


 あどけない顔は虚ろに重たい雲を見上げ、瞳はもう何も映していない。

 その表情は本当に、うんざりするほど見てきたものだった。


 有木は少しだけ、その瞳を閉じてやろうかと迷った。だがやめる。そんな偽善が今更何になろうか。子供を殺したのは別に初めてではなかった。


 自軍の損害を確認する。

 こちらの死者は六名。負傷者八名。いずれも軽傷。寒川が手際よく手当している。


 周囲は酸鼻の有様だった。

 青服が血溜まりの中に倒れ伏している。馬の大半は主を失った時点で逃げ出している。ただ、二頭ほど首尾良く捕まえることが出来た。怪我人を乗せて運ぶことが出来るだろう。

 味方二八名、敵兵五〇名に対してこの戦果。


 成る程、いみじくも連邦側が先に実践した通りだ。

 十分な遮蔽があり、十分に引きつけることが出来、そして包囲することが出来たならば、被害を最小限に、最大の戦果を挙げることが出来る。

 応戦する敵は火力が分散されるのに対し、攻撃側は逆に火力を集中出来る。


 自分の指揮で実践したのは初めてだが(そして二度とやりたくもない)、効果は大である。絶大であった。有木は改めて戦術というもの、そしてクラッカーというものの強力さを思い知る。

 歩兵咆が採用されたのは有木が軍に徴用されるより以前であったが、帝国議会と魔導院から開示された情報は咆の生産方法のみであり、その改良から実戦での実用化に至るまでは、衆民と三等・等外の技工魔術師が頭を悩まさねばならなかった。


 更にそれを利用した戦術・戦略となると、理論構築から実践による研鑽まで、軍が実際に兵の命を以て行わねばならず、大量の予算と人員を投入して、帝国はこれらの兵器の活用方法を模索することとなる。


 何しろ最大の研究機関シンクタンクたる魔導院が咆火器について沈黙を保っている上、優秀な人材も次々と吸い上げられてしまう。進捗は遅々たるものだった。

 そうしている間に、連邦、正統王国、統一連合など、帝国と友好的でない各国も咆の開発、実用化を成功させ、咆を用いた戦術は、更なる発展を求められた。


 ある程度確立されたとはいえ、今もまた発展期である。


 これがどれほど、今後の情勢に影響を与えていくのか、誰にも想像がつかない。

 否、恐らく最も正確な推測を立てている存在はいるだろう。


 帝国議会と魔導院。


 彼らが未来絵図をどのように描いているのか、いち下士官に過ぎない自分には全く想像出来ないが。


 まあ、今は眼前の現実を直視すべき時だ。

 追撃が来る前に移動すべきであろう。


 考えを纏めるのはほんの数秒だった。


 有木は全員に、背嚢などの荷物は全て破棄するように指示した。ただし武器の類だけは携行を厳命。

 背嚢から最後の弾薬補給を行っている兵士達の間で、有木は治療を終えて突っ立っている寒川に声を掛けた。


「よくやってくれた。十分な働きだ」

「はい……」


 寒川の目は、呆然と自らの叫びで作り出した死体の山を見つめていた。

 心中に関しては察することが出来た。ただ、有木は器用ではない。特に女性に対しては。だから必要最低限のことだけを口にする。


「許せとは言わない」

「え?」

「医療を志している君に、人殺しの命令を出させたのは僕だ。不本意なんて言葉じゃ、今の君の気持ちには到底足りないだろう。恨みたければ恨んでいい」


 寒川の目は困惑の色が濃い。まだ意識が現実に追いついていないと見える。有木の言葉の意味の、半分も分かってはいまい。言うべきことは言ったので、有木も自分の装備を検める。軍刀の刃に僅かに毀れを見つけて舌打ち。骨に引っ掛けた時だ。


「その程度なら、研ぎに出せば大丈夫でしょう」

「だな」


 請け合う義堂は曲がった鋭剣を、血を拭って腰帯に直接差していた。鞘に入らないのだ。支給品の鋭剣は工業生産品で、切れ味はいいが曲がりやすい。有木も三度振るって折れた経験があるので、それ以来私費で、工房の手打ち品を帯刀している。それでも業物は高すぎて買えないので、こういうことが起きる。己を納得させて鞘に納める。


「義堂兵長、隊列を整えさせろ」

「了解」


 踵を鳴らして応じた義堂はしかし、その整った面を有木に寄せると囁いた。


「良いものを使っていますね」


 何のことかは分かる。刀ではないだろう。見られていたか。苦笑する。


「他には言うなよ。軍規違反なんだからな」

「心得ています」


 悪童のような笑みを浮かべて、すぐさま義堂は命令に取り掛かった。

 めいめい準備を進めている。足を怪我した者は、奪った馬に乗せるよう命じた。帽子を被り直す仕草の中で寒川を盗み見ると、彼女は考えながらも、移動の準備を始めていた。


 しかし義堂が声掛けしても動かない兵士がいた。顔には見覚えがある。牧野だ。一人の死体の横にしゃがみ込んで震えている。


「牧野一等兵、何をしてる?」


 追撃はすぐにでも来るだろう。その前に味方と合流しなければならない。

 牧野は色を失った顔を有木に向けた。


「吉田が……」


 その一言で、その死体が昨夜、便所掘りを命じた一等兵であることを悟る。顔面に弾丸を受けたのか、正常な神経の持ち主ならば正視に耐えないような有様になっている。


「他の死体を見てみろ。君が殺した敵兵にも同じ死に方をしてる奴がいるぞ」


 一応最低限度の何かとして、有木はそうとだけ言ってみた。

 牧野は虚ろな目のままうめく。


「昨日、一緒に……便所を掘ってたんです。今朝も一緒に飯を食って……その、吉田は同じ宿舎で、何で、こんな」

「急ぐぞ。咆声を聞きつけて、すぐ敵が来る」

「でも、吉田をここに……」


 嘆息してから。


 面倒になって、牧野の胸倉を掴んで頬を張り飛ばした。


 拳でなく平手で殴ったのは、強化されている有木の拳で力加減を誤ると、最悪頸を折るからだ。

 二年兵は最新である八号強化手術を受けているが、これは咆の集団戦法が充実してから開発された術式であるため、格闘戦に必要な骨密度などはさして強化されていない。そのため、骨は有木より柔である。


 血と雪の斑に吹っ飛んだ牧野に冷たく言い放つ。


「立て。すぐに敵が来る。死にたいのか?」


 鼻血なのか地面の血なのか分からないものを拭い、半べそを掻きながら、のろのろと立ち上がった牧野を、有木はもう一度張り倒す。


「もたつくな。動くなら機敏に動け。死にたいならそこで寝ていろ」


 集団は凍り付いている。昨日、冗談で部下を笑わせ、先刻、理を尽くして部下を説得した軍曹が、今は表情を消して、友人を亡くした新兵を痛めつけている。彼らにはそう見えるし、実際その通りだ。


 有木は怒鳴る殴るは得意ではない。

 だが、のろまに隊列に参加されても困るし、この手の説得には時間が掛かる。今は先刻とは状況が違うのだ。


 泣きながら、しかし歯を食い縛って、牧野は立ち上がった。昨夜までの元気にはほど遠いが、それでも先刻よりは、しゃんと。

 有木はそれで妥協する。克己の姿勢を見捨てるほど、屑には成りきれない。


 自分を凝視している兵卒達に目を向けた。

 義堂だけが心得ていた。檄を飛ばす。


「何を見ている? 隊列はどうした」


 夢から醒めたように、兵士達は訓練所の最終試験の几帳面さで整列した。


 有木はその様子を苦々しく見守る。


 確かに急がねばならない現状において、理屈では、牧野を殴ったのは正しい。だが、年端もいかない子供を、自分の手と、そして命令とで殺したことが、自分を暴力へと動かしたのだと、それを自覚するくらいの羞恥心は持ち合わせていた。

すいません、うとうとしてて投稿遅れました。

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