雪獄 06
雷鳥石 らいちょうせき
粘性のある合金であり、魔力を通すことで火花を散らす特徴がある。光沢がなく、見た目は石のようであるため、金属ではあるが石と呼称される。
消耗品であり、歩兵咆に使用されているものは、およそ300回ほど使用すると摩耗し、使用できない大きさになるため、定期的な交換が必要。
物自体は非常に安価で大量に生産出来るので、民間でも火打ち箱(我々の世界におけるライターと同等の物)の着火機構に使用され、後年、咆の機構としての役割を終えた後も、需要は続いている。
当然ながら遮蔽の多い寒川班のほうが被害は少ない。そのはずだ、としか言えないのは、既に黒色火薬の煙で、ほとんど彼らの様子は見えないからだ。だが背後で待ち伏せているこちらから、連邦軍の青い服は見えた。
有木もまた叫ぶ。今の射撃によって、誰が隊長か分かっていたからだ。
「目標、騎兵! 追射、撃ち方始め!」
有木の叫びは敵兵にはほとんど聞こえなかったはずだ。だが声と違い、弾丸は届く。有木は指示と同時に、自らも引き金に指を掛けた。
弩と違い、この引き金は歩兵咆の構造に何ら接続されていない。言ってしまえばただの飾りだ、事実、発条こそ仕掛けられてはいるものの、強く引けば取れてしまうほど柔い部品である。だがそれでも、咆にはこの部品が必要とされた。
(つまりね、衆民が魔術を使うというのは、有木)
不意に、有木の脳裏に、懐かしい声が蘇る。物知りで知りたがりの少女の声だ。
(盲人が木盤に彫られた溝に沿って、墨を流しているのと同じなんだ。君達は自分が何を描いているのか理解していない。でも、何度も溝をなぞることを繰り返せば、同じ形だけは描けるようになる)
魔術師でない者が魔術を使うとは、つまりそういうことなのだ。
回想は刹那より短いものだった。
術式を展開。
有木は訓練で教わった通りの構成を一瞬で組み上げる。
衆民は本来魔術を使えないが、魔力は持っている。全ての生物がそうだ。
だから訓練次第、つまり条件付けによって、簡素な魔術を無理からに使わせることは可能なのだ。
何かが繋がる。
自分の中にある力の源泉と、組み立てたはずの術式が干渉し合うのが分かる。引っ張られるような、僅かな抵抗を感じるのだ。
それを自覚した時点で、有木は引き金を引いた。
その動作に紐付けて術式が発動する。
引き金動作なしで術式を発動することも可能だが、そうすると今度は命令通りに発咆出来ない兵が出てくる。暴発も起きる。意識だけで発射するのは危険だし不安定なのだ。射撃の機会を揃えるためには、こういった分かりやすい発射を思わせる動作が必要だった。
引き金はそのために取り付けられている。
有木の魔力は、鉄を伝達し、咆身最奥部に収められた雷鳥石に伝わり、そこから火花が発生する。
突き固められた黒色火薬に着火。燃焼した空気が膨張し、転がり落ちないように詰め込まれた紙製薬莢を一瞬で燃やし尽くし、鉛玉を撃ち出す。
弾丸は空を切り裂きながら飛び、連邦兵の小隊長の頭を粉砕した。血と脳漿が飛び散る。
新兵達の放った弾丸も、大なり小なり被害を与えた。雪と土を散らしただけのものもあったようだが、この際、目を瞑る。即座に命じる。
「再装填! 目標、敵中段!」
すぐさま槊杖で咆身内を掃除し、薬莢を取り出す兵士達。有木は再装填せず、腰から軍刀を抜き放つ。指揮官が射撃に集中しすぎるのは危険なのだ。全体を見なければ。
当然ながら敵は、後方両翼に陣取る自分達に気づいた。だが煙に遮られ、数までは把握出来ていないはず。正確な位置も。敵が体勢を立て直す前にもう一撃を加える。
装填完了の報告。有木は軍刀を振り、命じる。
「固定射、撃ち方始め!」
火薬の煙に遮られて目標はほとんど見えない。しかし軍服は目立つ。これは仕方のないことだ。それを目印に各個が撃ちまくる。
何人殺した? 分かるわけがない。有木は更に命じる。
「各個射撃、固定射始め!」
寒川班は事前の指示通り、継続射撃。指揮官を失った敵は、再装填をする者と着剣し、咆剣突撃する者とに別れたはずだ。だが川縁の窪に飛び込めば、寒川班の咆剣で串刺しにされる。有木達の元にも咆弾が飛ぶ風切り音が掠め、数名がこちらに向かってくる。
「迎撃は僕がやる! 各員射撃を止めるな!」
「了解!」
裏返った返答。恐らく牧野。
足場の悪い斜面を駆け上がってくる五人の兵士に向けて、有木は疾駆。下り坂と強化兵の脚力で、ひと呼吸で距離を詰める。慌てて突き出された咆剣を弾き、喉を刺し貫いた。血が飛沫を上げ、雪と有木の外套を赤く濡らす。
出来たての死体を敵の方に突き飛ばして、妨害とする。その間に踏み込み、二人目の兵士の腕を斬りつける。骨まで断ち切る技倆は有木にはないが、筋は斬れる。甲高い悲鳴が上がった。
三人目に対する胸部への刺突で有木はしくじる。深く刺しすぎて軍刀が骨に引っ掛かった。躊躇なく刀を手放し、倒れゆく敵兵の手から咆を奪い取ると、雄叫びと共に吶喊。
四人目の胴体を咆剣で貫通する。敵を巻き込んで倒れ込んだ。襟ぐりから雪が浸入して痛いほどの刺激。
五人目が覆い被さってくる。転がって刺突を辛うじて避けた有木は、腰元から短咆を抜きざま、引き金を引いた。どんな乱戦の中でも無意識に描けるように訓練された術式が発動し、咆弾が敵兵を撃ち抜いた。ぐらり敵が倒れるより先に、有木は短咆を元の場所に仕舞い込んだ。これは見られては拙いものだ。
転がりながら跳ね起きる。その頃には戦闘の趨勢は決していた。
五〇名の敵兵は既に一〇名余ほどにその数を減らしており、見れば義堂も、自分達に向かってきた数名を既に斬り伏せていた。
その腕は流石に凄まじく、帝国兵ほど強化されていない連邦の兵士ではまるで相手にならない。雪上という不安定な足場で、四肢で駆けているのかと見紛うほどの前傾姿勢から、相手の足、胴、そして急所へと斬撃を連続で繋ぐ。
白の世界に銀光が煌めくたび、きらきらしい破片を彩るように真紅の血が飛沫を上げる。洗練された剣の運びだった。
軍刀を敵の死体から引き抜こうとして、気づく。それは少年兵だった。有木は特別の感情を抱かないまま、その体に足を掛け、力任せに刀を引き抜く。そのまま駆け出し、指示を飛ばす。
「撃ち方やめ! 突撃!」
「撃ち方やめ! 突撃!」
命じたわけでもないのに、義堂が復唱。有木よりも遙かによく通る、背筋の伸びるような美声であった。
程なくして、射撃をやめた寒川班による咆剣突撃、有木と義堂による斬撃で、殲滅は成し遂げられた。
毎日更新してるとネタが続かねーよ。
すいません何か言います。
愛用しているライターはイムコ製です。ジッポは皆が持ってるので、何か違うのが使いたかったので、某所の煙草屋でお勧めを聞いたところ、これがいいと言われたので。
特徴としてはジッポと同じオイルと石を使うのですが、綿にオイルを染み込ませてアルコールランプと同じ要領で添加剤として使用します。
コツとして、使わない時は常に風防を閉じておくことが挙げられます。というのも、このオイルライター……
この蘊蓄、絶対誰も読んでないよね。
すいませんやめます。
許してください何でもしますから。