雪獄 05
この時期の軍服について
帝国は赤茶、連邦は青、正統王国は緑というように、この時代の軍服は極めて派手で目立つ色であり、隠密行動には向いていない。
これは当時の咆歩兵による会戦と関係があり、当時、咆に使用されていた黒色火薬は、燃焼時に極めて多量の煙を出し、視界をかなり遮るという問題点があった。射撃の後、咆剣を装着して突撃し、混戦に突入した場合、即座に国旗章などで敵味方を識別するのは非常に困難であった。
そのため、同士討ちを避けるために互いの軍服を派手にするというのが、世界的な主流だったのである。
「連邦は勝つ気かな、有木軍曹どの」
義堂は配置に就く直前、そう言ってきた。
敬語が崩れていることについては指摘せず、有木はあっさりと答えた。
「勝てないさ。でもやるしかない。向こうも必死なんだ」
「可哀想なもんだ」
「可哀想なのはこっちだよ。僕達を捜索してる連中は、最低でも中隊規模だろう。それを何が悲しくて二八名で相手しなければいけないのだか」
尤も、中隊がまるまる移動してくるわけではない。小隊か分隊かは知らないが、小分けにして各個撃破に回るはずだ。士気も落ち数も減っている敗残兵相手に一〇〇人規模で襲いかかる意味はない。現段階では、そこまで本腰を入れての捜索はないと有木は予測していた。
「それでも勝算はある。だから配置させてるんだろう?」
「半分、賭けだよ。外れたら君達、道連れだ。下士官風情に奇跡を期待されても困る」
「全くだ。おっと、失礼しました。全くであります」
わざとらしく言い直した義堂に有木は笑う。
「いいよ、君は特別にしておく」
義堂の目には僅かに観察の色がある。
「それは自分へのお誘いでありますか?」
慎重で硬質の声色だった。
「いや、君は口調が乱れても規律は乱さないと思った」
「ふむ。では、自分は配置に就きます」
「頼むよ」
有木は四人の部下を連れて反対方面に歩いて行く兵長を見送りながら、さて、僕は合格したのかな、と考える。
いずれの社会でも同じことだが、上司が部下を観察しているのと同様、部下も上司を常に観察している。それを常に意識することで組織というのは成長していくが、忘れるだけならまだしも、上司を観察するなど無礼だ等と言い出す奴輩が、往々にして組織を腐敗させていく。時には致命的な崩壊の発端ともなるのだ。
先程から宮嶋や寒川に対して理を尽くして説得を試みているのもそれが理由だし、有木が普段から怒鳴る殴るを好まないのも同様だ。階級に縋ってそんなことをしていては、いざ混戦となったら背後から流れ弾が飛んでこないとも限らない。
班に指示を飛ばしながら、義堂の質問を反芻する。
勝つのは帝国。それで間違いないだろうか? もし帝国が再度の敗走を強いられた場合、自分達の帰還は絶望的となる。逆に言えば連邦側に降伏する算段がつくとも言える。大丈夫だ。
しかし、そもそも最初の時点で、帝国の捜索連隊を完全に撃滅出来なかったのが、連邦の限界を示している。有利な土地で待ち伏せを行ってその程度の戦果であるならば、戦力の余裕はないと見て良いだろう。自分が生きていること。それがそのまま、これからの脱出への希望があることを意味している。
ここまでは良い。では次に、今この場で戦闘が起きた場合はどうか?
地形は緩やかな傾斜になっており、自然と出来たものと思しき獣道以外は木々に阻まれている。森や山というのは――特に雨雪によって足場が不安定になっている時は――、踏み固められた場所以外を歩くと、行軍速度を落とすだけでなく、兵が足を挫くなどして余計な怪我人を増やす原因になる。騎兵となれば尚更だ。
そのため、有木達が注意を払うのは獣道だけで良い。
小川の窪地は遮蔽に使える。ここに一〇人以上の兵を配置。ここからひたすら、獣道に咆を向けさせるのだ。警戒と奇襲を想定して、左右に五人ずつの班を配置。
敵は大量には来ない。そのはずだ。
これ以上出来ることはない。
咆把を握りしめた。後は敵が来たら撃滅するのみだ。
背嚢は既に棄てさせ、咆剣も装着済み。
それにしても、と有木は吐息。
支援なしの分隊行動をこれほど長く続けたのは、帝国では自分が初めてかもしれない。
過去、分隊を率いて偵察したことは何度もあったが、それらは索敵魔術を始めとした支援があってこその行動だ。今回のように、何もかも自分の知識で動かなければならないという状況は、他の連中からも聞いたことがない。
そもそも今の時代においては、発令者が中隊長、個々の兵士の監視が分隊長などの下士官の仕事であり、小隊長はそれらの命令の中継者に過ぎない。
よって有木は、指揮下にある人数こそ少ないが、下士官の分際で中隊長級の仕事をやらされている計算になる。
今、自分は誰もやらされたことのない無茶をやらされているのだと、うんざりする。
よしんば生き残って報告したところで、何らかの禄が入るとも思えない。さっさと単独で逃げ延びるべきだったな、と後悔する。
とはいえ。
自分のすぐ側で、緊張と恐怖に顔を強張らせている牧野一等兵の横顔を見ると、どうにも見捨てるという方向に思考が動かない。これは性分だろうか、それとも職業病だろうか?
そんな無体なことばかり考えているだけで、時間は過ぎていく。
やがて、寒川が川縁から顔を出し、予め取り決めてあった符牒で手を振る。
念信が活発化し出したのだ。それは当然、戦端が開かれるのが秒読みであることを意味する。
有木は手を振って答え、義堂・寒川両班に手振りで「撃ち方用意」と指示。戦闘音が聞こえるまで、このまま発見されずに脱出出来たなら幸いなのだが。そんなに上手く行くわけはあるまい。よって戦闘準備をさせる。
有木も自らの準備に取り掛かった。
八八式歩兵咆の咆口に被せられていた包装を取り去り、鞄から取り出した紙製薬莢、その端を噛み千切る。ざらざらとした玉薬を筒に流し込んでから、薬莢ごと鉛玉を咆口に詰め、槊杖で押し込む。
多少新兵がもたもたしていても、構造そのものは単純だ。装填作業はこれで完了(補足:この時期の歩兵咆には安全装置はついていないが、後述の理由により暴発の危険がない)。
有木達は砲を手にしたまま、咆口内に雪を入れないよう注意しながら、自らの体に雪を被せ、伏せた状態で待機する。またこれかよ、と誰かがぼやいた。仕方がないのだ。向こうはこちらを探して目を光らせている。つまり発見される確率は先日の輜重隊との遭遇よりも遙かに高い。こうでもしなければ絶対に発見される。
ややあって、義堂が「敵発見」の合図を送ってきたことで、ため息と共に腹を括る。義堂は眼帯を捲っていた。遠見の魔眼は成る程、便利なものだ。
見つからないように匍匐し、僅かに顔を出すと、雪化粧をした木々の中、目を凝らしてやっと見える距離に、連邦の青い軍服の集団が垣間見えた。自分達と似たような白外套を纏っているが、その色はどうしても目立つ。それはこちらの軍服にも同じことが言えるのだが。だからこそ伏せている。
相手をやり過ごすという選択肢はない。気づかれてからでは数で上回る相手に為す術がない。先手を仕掛け、殲滅せねばならない。
有木は口布を直しながら、敵の姿を再度確認。まだ遠い。
八八式歩兵咆の有効射程距離は五〇米ほど。有木達は出来るだけ引きつけてから撃たねば当たらない。
捜索部隊は五〇名ほど。うち、騎兵は一〇。予定通り一個小隊だ。これならば何とかなる。そのはずだ。
何とかならなければ? 死ぬだけだ。
距離が詰まってきた。既に有木班と義堂班の間に差し掛かっている。僅かにこちらが見下ろす傾斜。念のため後続を確認。見た限りではいないようだ。散開しての索敵網なのだろう。
部隊全てが自分達を素通りしたところで、有木はやっと班に対して「構え」の指示。寒川班が川縁から顔を出し、次々と咆身を連邦兵に向けた。気づいた連邦兵が慌ててその場で装填を始める。行軍中は普通、装填はしない。暴発の危険がない咆だが、移動中に雪を被るなどして咆身内が濡れた場合、厄介極まりないことになるからだ。
有木達も身を乗り出し、咆を構えた。こちらは気づかれていない。
照星と照門の間に敵兵を捉える。
だが、まだだ。他の兵達が耐えてくれることを祈りながら、待つ。
寒川はどうだ? まだ目印の距離に達していない。もし撃つのが早すぎれば、再装填までに距離を詰められ、次の射撃で勝負が決する。つまり敗北だ。
彼女は果敢にも川縁から顔を出し、敵を注視していた。表情までは分からないが、まだ叫んでいない。いいぞ。
装填を終えた連邦小隊が再び移動を開始。咆を縦に持ち、前進する。
目算で数える。
後、三、二、一……
「撃ェーッ!」
有木の内心と全く同じ機会で、寒川が絶叫した。絹を裂くような叫びが、雪の森に吸われるより早く。
雷鳴のような轟音が炸裂し、両軍の火蓋が切って落とされた。
ささやかで切迫した戦闘が開始されたのだ。
これ書いてる間、基本的に聴いてたのは「雪の進軍」です。ガルパンバージョンの。今更感激しいですけど、それ聴きながら読むと多少寒さが増すかも知れません。
那智さんまで改二になってしもうた。すまん、古鷹……重巡で一番育ってるんはお前だけなんや……何か「もう、仕方ないですね」とか呆れた顔されそうだけど、頑張ってレベリングするよ。
吹雪のレベリング終わったら……