雪獄 02
戦列歩兵 crackers
密集陣形を組んで運用される兵科。我々の世界においては「マスケティーア」と呼ばれる、マスケット銃の最盛期に一般的に使用されていた兵科と同種のものである。
後に戦術が変化していく中で、この呼称は咆で武装した歩兵全体を示すものとして定着した。
二〇分ほども歩き続けた頃だろうか、有木は集団に停止を命じる。聴覚系の強化を受けた兵士の一人が声を挙げたからだ。靴音が止むと、有木の聴覚でも捉えられた。
金属音。それも連続している。戦闘だ。
「友軍かもしれない。行くぞ」
一声掛けて、しかし有木は全員に着剣させるかどうか最後まで迷った。
妙なのはその前に咆声が聞こえなかったことだ。
これが連邦兵による残党狩りであるならば、咆声が聞こえて然るべきだ。そしてそれは、幾ら何でも気づかぬわけのない音声のはずだ。
嫌な予感しかせず、そして程なくしてその予感は的中することになる。
五対一、その前は、八対一から五対四の間だったと思われる。
帝国兵同士が、鋭剣と咆剣とで泥仕合を演じていた。
有木はうめく。
「何をしているんだ」
囲まれている一人は、兎に角素早い。かなり高い調整を受けている証拠だ。鋭剣を巧みに操り、数と範囲で勝る、咆剣で武装した帝国兵相手に、その帝国兵は善戦していた。
しかし戦力差は如何ともし難く、徐々に後退している。争いの後が延びていることから、それなりの時間斬り合っていたのは明白だ。そしてその途中に三人の死体がある。
動きを見る限り、孤軍奮闘しているのは強化兵で、対する五人は強化を受けていない。しかし得物の長さと人数の差はそれを補って余りある。
有木は即座に全員に前進を命じて、口布を下げて声を挙げる。あまり大きな声では連邦兵に気づかれる心配があったが、戦闘中の人間の聴覚は、意外な程にその範囲を狭くしている。
「何をしているんだ、ばかやろう!」
割り込んできた声に気づいたのか、追い詰めていた五人のほうが手を止める。対峙していた一人は油断なく鋭剣を構えたままだった。髪が長く、眼帯をしている。有木は少し感心する。単独であるばかりか、隻眼で五人以上と渡り合っていたのか。相当な技量だ。
五人は明確に狼狽えていた。
「武器を降ろせ」
有木は出来る限り冷静に告げる。
興奮した五人の中の一人が、何を勘違いしたのか、咆剣をこちらに向けて突進してきた。有木は刺突を、半身を回す少し大きめの動作で躱すと、男の腕を取る。相手は成人男性の体格を持つが、有木のそれは少年期のものだ。おまけに咆を固く保持していたので、関節は取れなかった。だが構わず有木は、確保した腕に肘をかち上げた。
枯れ木の折れるような音がして、兵士の腕が容易くへし折れる。それも関節ではなく、前腕の真ん中から。
有木の強化された骨密度と膂力で蹴りを入れれば、こうなる。
砲を取り落とし、悲鳴を上げてのたうち回る兵士の顔面を踏みつけ、口を地面に押しつけて黙らせる。それから、冷徹な一瞥を兵どもに向ける。
鋭剣を持つ眼帯の兵士は即座にそれを足下に置き、気ヲツケの姿勢を取った。訓練された兵士の動きだ。
残りの四人は明らかに武器を捨てることを渋った。見れば白外套の下の軍服が明らかに着崩れている。胸に略綬の類は一つもない。この戦が初陣である者達ばかりだ。
そしてその目つきですぐに悟る。
この時代の戦列歩兵は死傷率が極めて高く、正規の軍人ばかりを使っていたのでは、訓練の時間と費用がまるで無駄になる。そのため多くの軍隊は、傭兵や犯罪者などを戦列に起くのが主流であった。犯罪者に関しては二~三週間で咆の使い方だけ覚え込ませ、戦場に出される。かれらはその類であることが明白だった。
彼らが咆を下に置かないのを見て、再度有木は告げる。
「武器を、降ろせ。聞こえなかったか?」
背後に目配せすると、牧野が慌てて咆を掲げた。気づいた他の兵卒も倣う。金属音が森の中に響いた。
それに気圧されて、おずおずと咆を降ろす兵士。
有木は周辺警戒を何人かに命じた。あまり時間を掛けられない。というより今すぐにでも皆殺しにして移動したい気分だった。しかし利用価値はありそうだ。
「第八〇四捜索大隊所属、有木柾義軍曹だ。この馬鹿げた騒ぎの事情を説明して貰おう。この中で最も階級の高い者は」
「自分が兵長であります」
孤軍奮闘していた隻眼の兵士が告げた。声が高い。それに体格も華奢だ。女だった。
それ自体は別段驚くようなことではない。帝国において女性兵士は、その比率こそ低いものの確固たる地位を既に築いており、戦場の各所にて存在を示していた。
だが兵長、つまり下士官ではなく兵卒であるのに、鋭剣を持っているということは、別の驚きを有木にもたらした。
「君は抜剣突撃兵か」
「現在は第一〇〇捜索大隊所属であります」
「名は?」
「義堂晶兵長であります」
それであの動きか。納得を得て、諍いのもう片方に目を向ける。
「そちらの最高階級は誰だ」
ひそひそと話し合っていたが、最終的に歩み出てきたのは、大柄で目つきの据わった男だ。
「摂津宏隆一等兵であります。所属は、えー……」
後ろの兵が耳打ちし、頷く。
「軍曹どのと同じ、八〇四大隊所属であります」
その所作はどう見ても二年兵のものではなかったが、有木は既に大体の状況判断を終えていたので口を挟まない。時間の無駄だ。
ついでに言えば、同じ大隊というのもおおいに疑わしいところではあった。少しでも情を得るために知恵入れされたとしか思えない。
「それで、何が起きたのか説明してもらう」
「お、俺達は……」
「黙れ、一等兵。質問をするのは僕だ。まだ君に質問していない。義堂兵長、答えろ」
「はっ。その前に……伍長どの。もう出てきてよろしくあります」
伍長? 急に下士官が出てきたので有木は眉につばを付ける。厄介ごとが増えなければ良いが。
しかしそれは杞憂に終わる。木陰から出てきたのは、まだ小娘と呼んで良い年頃の女性だった。黒髪を伸ばし、後ろで束ねている。胸元の略綬で、彼女が術兵、つまり魔術師であることが見て取れた。
そしてその怯えきった顔を見て、今度こそ事情を把握する。
義堂がすぐに説明を始めるが、その内容は有木の想像を裏付けるものでしかなかった。義堂自身、直前まで不利な戦闘を行っていたにも関わらず、冷静極まりない、順序立てた説明だった。混乱している様子も一切ない。
つまり摂津達は敗走の中、このまま軍からの逃走を図り(ここは寒川の証言に拠る)、途中で見つけたこの術兵伍長を駄賃代わりに拐かそうとしていたのだという。そこに同じように森林内を彷徨っていた義堂が出くわし、乱闘になったと。
有木は説明を終えた義堂に頷く。
「兵長の言葉が事実ならば、これは軍規に明らかに違反する行為だ。摂津一等兵、君からの説明を聞こう」
「ち、違う、その女が勘違いして斬りかかって来たんだ。俺達は仕方なく……」
「説明をしろと言った。分かるか、説明だ。言い訳ではない」
有木は頭の中で時間を数えていた。彼らが理路整然とした説明をすれば時間を継ぎ足すつもりだったが、それもなく。
時間が過ぎたので、決断する。
「牧野一等兵、摂津一等兵らを拘束しろ」
「は、はいっ!」
こういう事態は珍しくない。犯罪者を軍列に加えれば、強力な統制下にある場合はいちおうの戦力となるが、それが崩れた時に厄介となる。似たような手合いが集落を襲ったり女性兵士を犯したりといった事例は枚挙に暇がない。
故に、正規兵と罪人からの徴用兵との諍いにおいては、原則としての処断はこうなるのが当然である。どちらが正しかろうと、だ。説明の機会を与えただけ、有木はまだ寛容と言える。
「待て、待ってくれ! 本当なんだ、俺達は悪くない!」
「それが真実だとしても、一等兵。僕達はもはや敵中だ。味方と斬り合うような馬鹿を拾っていくつもりはない」
「それなら、そこの女だって……!」
「彼女は少なくとも軍隊の礼儀は知っている。それだけで十分だ」
一息置いて、告げる。
「ついでに言うと、君達の一人は僕を害そうとした。これは上官に対する叛逆罪だ。僕にとってはそれで十分だ」
咄嗟に咆を拾おうと身を屈めた一人の顔面を蹴り上げる。すぐさま背後の兵士達が、有木が腕をへし折った男も含めた五人を取り押さえた。
有木は軍刀を抜き放つ。
「緊急時のため、僕が処断を指揮する。本来なら咆殺だが、ここは敵地だ。斬刑に処す。義堂兵長、手が足りない。手伝え」
「はい」
鋭剣を拾った隻眼の少女が有木の隣りに並ぶ。
「兵長、君の行動については、友軍と合流した後に然るべき稟議に掛ける。処分についてはそれまで保留とする」
「承知しています」
頷いた彼女に満足し、有木は軍刀を振り上げ、兵に命じた。
「頭を下げろ」
残念だったなあ、連投だよ。
最近、ボダブレは苦手マップがだいぶ克服出来てきました。高層サイトはいつも禿げていたのですが、麻でサーペント構えてアンブッシュにマ剣持つと私のクソエイムでも何とか戦えて、隠れてる相手にも「イヤーッ!」「グワーッ!」ゴウランガ! これぞ暗黒カラテ、マーシャル・ソードだ! 路地は吹っ飛ばされ転倒! 即座に体勢を立て直すが……ナムアミダブツ! その頃にはすでにイーグル・プラスはサーペントを構え直していた。「アバッ……」「ハイクを詠め!」◆◆◆