雪獄 11
帝国という国家
大陸における最大の軍事国家である。国土は広く、北と南とで気温差が激しく、西と東とで太陽の位置が異なる。
「帝国はあまねく全てを持つ」と豪語される通り、第一次から第三次産業に至るまでおよそ帝国内で手に入らないものはなく、あったとしても海外との交流で可能となる。しかし都市部と辺境とで貧富の差が激しく、都市部においても一部がスラム化するなど、課題は多い。
帝国議会を中心とし、《統帝》を頂とした立憲君主制国家である。帝国議会は十三名の一等魔術師によって寡占されており、実質的に魔術師優越の寡頭制であることは明白であった。
《統帝》は世界唯一の特等魔術師であるとされているが、実際のところがどうであったのかは、今以て不明である。
有木は嘆息を隠そうとしなかった。眉間を揉むその仕草に、この男は自分とたいして歳が違わないのだ、と初めて実感する。
「単に逃げ隠れている側が、それを待ち伏せとは言わないよな?」
「はあ、まあ」
「言えよ。そうしたら酒を出してやるぞ」
「ああ……ああ、はい、分かりました。はい、確かに待ち伏せしました。その通りであります」
半分自棄になったように、口調が先程までより荒くなっている。地金が出たようだ。天野は愉快になる。
「相手が一個小隊だったから良かったようなものを。もう一個でも来たら、その時点で終わりだよな」
「ええ、その通りであります」
「貴様くらいの戦歴があるなら、普通はそんな賭はしない。なぜそこで待ち伏せを選んだのか。なぜ、殲滅出来ると思ったのか?」
「あー……」
懊悩する軍曹の姿に、天野はますます上機嫌になり、煙草をもう一本咥えた。
「当ててやろうか。貴様は一個小隊だけが来るように、仕向けたな?」
有木は目を泳がせたが、やがて諦めて、降参とばかりに両手を挙げた。
「はい。いいえ、はい。その通りであります。確実に撃破出来るのは一個小隊までだと思いました。しかし、ばったりと遭遇した場合において、敵の数は事前に予測が付きません。ならば、自分達を探しに来る担当の数を制限したほうが良いと思ったまでです」
軍隊言葉まで崩れだした。いいぞ、本音のほうが俺は楽しい。
「方法は?」
「糧食と便所です」
「そうだよな。野営をして、その痕跡が見つかったなら、調べられるのはその二つだ」
どちらも、そこにいた兵隊の数を見極めるのに、極めて重要な因子となる。
「雪が降ったし、足跡は偽装が利くものな」
野営地のそれに関しては、天幕の雪を落とせばそれだけで正確な人数は掴めなくなる。行軍中の足跡であるなら尚更。雪上では特にそれが顕著であるため、互いが追跡を承知している場合においては、ちょっとした工夫でいくらでも人数を誤魔化せる。例えば予備の雪沓を使えば、人数を二倍に偽装するのは容易である。減らすのもまた然りだ。
そのため、連邦軍が足跡から人数を割り出す可能性は低かった。正確には「明らかに偽装してある」と見せておくだけで、「足跡は信頼性が低い情報である」と判断させることが出来るのだ。
もちろん、時間を掛ければ正確な人数を割り出すことは可能だろう。足の大きさ、雪の踏み固められた度合いなど。だが、戦地においてそれをやるのはよほどの間抜けだけだ。そんなことをしている間に、対象はさっさと逃げおおせてしまう。
「食料に関しては、缶詰の空き缶は、自分で持ち歩かせました」
もちろんこの時代、環境保護の観点など存在しない。
「ただし、ほんの数人分だけ、雪に埋めて放置しました」
連邦兵はそれをすぐ見つけただろう。
「便所というのは?」
「便所は三つ、掘らせました」
有木は憂うつそうにうめく。何がその表情の原因なのか、天野にはいまいち分からなかったが、そこは興味がない。
「男用と女用、そして男用がもう一つだな」
「よくお分かりですね。もうよろしくありますか?」
「最後まで言えよ。そうじゃなきゃ酒は出さんぞ」
舌打ちを堪える表情、というのを、天野は覚えることにしている。有木の表情はまさにそれだった。
「三つとも全て、離れて掘らせました。兵達には夜の間に用を足すように告げ、深夜になってから兵の一人に命じて一つを埋めました。これで二つ。朝になってからする奴もいますから、自分はその二つを見比べて、残す缶詰の数と合うようにしました」
「穴を一つだけ残した?」
「いいえ。全部埋めました。要するに、その……空き缶の量と合うだけの中身を穴の外にほっぽり出して、全部埋めたんです。そのほうが、便所を掘る余裕もない集団だと思わせられるので」
天野は堪えきれずに大笑した。有木がげんなりとこちらを睨んでいたが気にしない。
目尻に泪が浮かぶほど、たっぷり笑ってから、天野はようやく息を整えた。
「それなら一つの便所から、必要分取り出せば良かったんじゃないか?」
「円匙で抉った後が残るのが嫌だったんです。だから全部掻き出しても良い量にする必要がありました」
「いやいや……」
まだ笑いの残滓がある声で、天野。
「それで、最終的に何人に偽装した?」
「多くて十人。それくらいに敵は誤解したはずです。それならば、一個小隊しか差し向けて来ないでしょう。そしてその小隊が捜索する地点は、他の部隊がわざわざ捜索しない」
「後はそいつらを殲滅すれば、それなりの時間が稼げ、開戦まで森に潜伏することが可能というわけだ」
天野は満足したので、鷹栖には命じず、手ずから壜と枡を取り出し、有木に手渡して注いだ。
「面白い話を聞かせて貰った礼だ」
「ありがたくあります」
「それで、あまり興味ないが、敵小隊を殲滅した戦法は?」
本当に何も期待せず、天野は問うた。
有木も淡々とした口調で応える。
「待ち伏せからの包囲殲滅です」
「だよな。まあ、堅苦しい話は以上だ。改めてご苦労だった。詳細な報告書は明日中に出せ」
「はい。正直綱渡りもいいところでした」
「確かに、他の敵に見つからなかったのは運だな。だが、その中で出来る限り遭遇する敵を減らした結果が、生還に繋がった」
清酒を一気に呷る。まろやかな中にも辛味の利いた、帝国産の酒だ。天野は酒飲みではない。飲む銘柄はこれだけだった。有木も同様に枡を空にするのを見てから、
「いいな、そういう下世話な策略は大好きだ。兵達には教えてあったのか?」
「必要がありませんでしたので」
「成る程な。うん、もう一本煙草をやるか?」
「はい。いいえ、もう十分です。ありがたくあります」
「酒は?」
「頂きます。……もう一杯くらい飲まないと、今夜は眠れそうにないので」
最後に酒を呷って、天野はふと声を落とした。
「で、だ。最後の質問だが、有木軍曹」
「はあ」
「掘り出したのは男のか、女のか?」
「黙秘してもよろしくありますか」
有木は憮然とし、天野は腹を抱えて笑い転げた。鷹栖先任曹長だけが鉄面皮のまま、そんな二人を見ていた。
お楽しみ頂けたでしょうか?
オチがこんなんですいません。
さて、ここでひと段落とします。tipsを書いていたことからご想像頂ける通り、それなりに設定を決めた上で書きだしておりますので、またある程度書き進めた段階で連続投稿を行います。
ひとまず一ヶ月と自分に期限を定めておきます。申し訳ありませんが、しばらくお待ちください。
それでは、ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。
評価、ブクマなど、とても励みになりました。
ではまた、出来るだけ近いうちに!
何でこのタイミングでトラザなんだよ!!!!!!!