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鐵のクラッカーズ  作者: イーグル・プラス
10/15

雪獄 10

戦術魔術師

二等魔術師は、原則として魔導院所属である。戦術二等魔術師の場合、そこから軍へと出向している形になり、命令権は軍指揮官に帰属する。しかし、軍より上位の組織である魔導院に嘆願や相談を行うことで、軍令に間接的に抵抗することが出来るため、軍隊においてはやや扱いの難しい存在となる。

我々の世界で言うところの「派遣社員」が最も近い形態であるが、その派遣元の権限が非常に強力であるのだと考えるとイメージしやすいだろうか。

「捜索連隊の生き残り?」

「はい。交戦中に合流しました。二二名であります」

「早くないか? まあ、生き残りは他の部隊でも次々拾っているが、戦闘中に見つけたんだろう?」

「はい。念のため現在、司令部に照会を要請しております」

「おう」


 天野大尉は炒り豆を囓りながら呑気に応えた。


 既に戦闘が終了して三時間ほどが経過している。


 帝国は樹林帯の入り口に布陣していた連邦軍主力を撃退。ただし、捜索連隊の壊滅を教訓とし、樹林帯の攻略は今のところ見合わせている状態だ。


 戦線を押し上げ、眼前の樹木を伐採して視界を確保するなどの事後処理が現在行われており、哨戒任務も継続実行中である。


 まだ戦闘の緊張感が軍全体に継続しているが、各隊は既に野営の準備を始めている。天野大尉は設置された温熱管の前に陣取って暖を取りながら、報告書の類に目を通していた。

 最先任上級曹長から、生存者についての口頭での報告を受けた天野は、軽く唸った。


「ふむ」

「ただ、先導していた軍曹については、我々の大隊に知己がおりました。彼が身分の保証を」

「ふうん。鷹栖たかす先任曹長、その軍曹、こっちに呼べるか」


 よいしょの声と共に立ち上がり、天野は軽く伸びをした。

 この古馴染みの上級曹長の前では、天野はあまり態度に拘らない。彼は実家に仕える一族の三男であり、便宜によって天野と同じ部隊に配属されている。


「まだ照会までは済んでおりませんが、よろしくありますか?」

「いいよ。こんなところで狼藉は起こさんだろう。だいたい、俺にその価値があるのか?」


 笑う。天野家は美男美女の家系としても知られるが、天野諒平にもその素養は受け継がれている。中肉中背だが顔立ちは端正で、やや皮肉アイロニーのある表情が瑕ではあるものの、それが三〇近い年齢より、彼を若く見せているのも事実だ。もともとやや童顔ではあるのだが。


「それは分かりかねますが。すぐに呼びます」


 従卒を呼びつけて飲み物を用意させる。


 すぐに天幕に入ってきた軍曹は、一見して凡俗と評したくなる容貌の少年だった。天野よりも小柄である。否、強化兵であるのだから、少年ということはあるまい。眼鏡こそ掛けていないが、どこかの学舎で級長でも務めそうな面構えだ。美男でも醜男でもないが、柔らかい表情から女子供には好かれそうだ。

 しかしその印象は、軍曹の体から発せられる血と硝煙の臭いで打ち消される。最低限の身支度のみ整えてこちらに来たらしい。天野は顔色ひとつ変えずに彼を出迎えた。


「第八〇四捜索大隊所属、有木柾義軍曹であります」


 名乗りと共に敬礼する姿は様になっており、軍歴が長いことが窺えた。


 軍隊手帳によると、有木は天野とたいして年齢が違わない。入隊から十二年、つまり実戦に出て十年程になる計算だ。

 出身は北西部。戦地からも遠く、空気が良い。魔術師や富裕層には静養地として使われる場所だ。逆に言えばそれ以外の収入源は少なく、景観を保護するために農業や林業も制限されている。彼が口減らしのために軍に入ったことくらいは想像出来る。


「まあ、座れ」


 床几を勧めて、天野もまた腰を下ろす。温熱管を挟んで座った軍曹に、有木は紙の包装を差し出した。


「煙草は?」

「よろしくありますか?」

「俺が許可する」

「では一本、いただきます」


 包装は上ではなく、下が破られており、煙草の先端を摘まんで抜き取る。戦場に長くいるとこういう癖が身に付く。

 燧火マッチで火を点けてやり、自分も一本取り出す。有木が懐を探るのを制して自分で着火。鷹栖が気を利かせて、吸い殻用の水桶を側に置く。従卒ではなく先任曹長を残したのは、万が一の場合の保険だ。天野は身体強化を受けていないので、並みの兵士にも負ける。


「さて、何から聞こうかな。とりあえずはご苦労だった。よく生き残ったな」

「運が良くありました」

「そうか。俺が貴様を呼びつけた理由は何だと思う?」

「分かりません」


 ふふん、と天野は鼻を鳴らす。上官の顔をあまり見つめると無礼であると、新兵は教わる。だから返事をするときは天井を睨み付けるものだ。しかし長年兵隊を続けていると、その習慣を失う者が出てくる。有木はそちらの人間だ。


 つまり、俺は観察されているわけだ。この下士官に。


「話そのものはすぐ終わる。しゃっちょこばらなくていい。楽にしろ」

「はっ」

「まずは礼を言おうか。貴様ら生き残りの兵が、敵の散兵線を後背から急襲したために、俺の大隊が前進できた。まあ、それ以前に左右の大隊が攻撃を間断なく続けてくれていたからこそだが。それでも切り崩しのきっかけは貴様らだ」

「はい、恐縮であります。といっても、効力のない射撃を行っただけでありますが」

「音が聞こえれば、敵はびびる。背後に気を取られたら、前方からの火力の集中には耐え切れんよ」

「お役に立てたなら光栄であります」

「何らかの報奨は考えておく。場合によっては俺の私費ででも。で、だ。単刀直入に訊くが、戦死者六名、落伍者〇というのは事実であるか?」


 天野の言葉はごく平然と別の話題に移った。

 口頭ではあるが、既に彼らの逃避行についての概要は報告を受けていた。

 そして、天野の大隊と、敵を挟んだ反対側から後背を突いたということも。


 有木の目は真っ直ぐこちらを見ている。紫煙を吐き出してから返答。


「はい。六名は立派に戦って死にました。ご遺族にも、よろしくお願い致します」


 それはつまり、遺族年金などの問題をよろしく頼まれたことになる。全ての軍組織において最大にして永遠の課題であるそれについて、天野は請け合った。


「約束しよう。天野の名前で」

「ありがたくあります」


 突破のきっかけを作ったということももちろん、ある。


 だがそれ以上に、天野が有木に興味を持った訳は、落伍者がいなかったという点が第一。第二に、義堂兵長、寒川術兵伍長を救出した際に行われた処断。最後に、連邦兵との戦闘についての報告からだ。


 単に落伍者を出さないというだけなら、人望のある人間というだけで済む。いちおう、使える人間。それだけだ。だが他の二つは、事と次第によってはもう少し扱いが変わってくる。


「処断した兵達の身元は確認させた。いずれも罪人から徴用された兵士だな。まあ、基本的に問題にはならんから、安心しろ。何しろいずれも、弁護の効かない屑どもだ。殺人、強盗、強姦、まあその他諸々。こいつらを遊びで殺しても、刑務所の空きが増えただけだしな。ただ、訊きたい」

「はっ」

「なぜ即断出来た? 寒川伍長について、拐かそうとした証拠も特にない。現場を見たのは義堂兵長のみだな。すぐに処断した理由は何か」

「数が多かったというのが一つです」

「数か」

「五人は多くあります。拾うなら人数は少ないほうが良かったので」


 天野はきょとんとした。その間にも有木は続ける。


「第二に、彼らは五人で義堂兵長に敵いませんでした。強化されていないのだから、当然でありますが」

「ああ、いや、強化はされていたようだ。ただし四号手術だ」


 気を取り直して、軍人手帳を捲る。


「使い捨て用手術でありますね」


 罪人兵に施される、最低限だけの手術だ。痛覚の消去や筋力の制限除去などである。


 痛覚に関しては、兵士本人の意志で消去することが出来るのだが、そうすると触覚などまで消え去るいい加減な術式だ。当然、使われるのは負傷した時、安楽を得るためのみとなる。

 筋力に関しても、飽くまで素のままの人間としての範疇であるので、使いすぎると肉体が破壊されることになる。


 まさに即席の兵士に、死ぬことを前提に施される強化だと言える。有木が冷ややかに使い捨て用と呼ばわる所以だ。


「それで、義堂兵長に敵わないのが、なぜ処断に繋がった?」

「彼女のほうを連れていったほうが、数も少ない上に、戦力になると判断したからであります」


 そこで天野は吹き出した。


「いや、それで処断の理由にはならんだろう。根拠を言えと言ったんだ、根拠を」

「自分が生き残るために、義堂兵長には、自分に付いてきたほうが良いと思わせる必要がありました。彼女に実戦経験があり、腕利きだというのはすぐ分かりましたし」


 その言葉で得心する。確かに味方と諍いを起こし、殺し合いにまで発展した場合、上官、例えば軍曹の証言がなければ、兵卒としては何かと不安であろう。


 かといって、帝国への帰還を諦めて、連邦軍に投降しようとしても問題がある。女性兵士の捕虜は、協定上では扱いが定められている。だが、さんざん犯されてから殺され、最初からいなかったことにされるのが現実だ。慰安所のない最前線で敵軍の女を見つければ、飢えた兵がやることはひとつだ。これは帝国も連邦も変わらない。


 そして、刃を交えてまでの諍いを仲裁しようとするのも無理な話だ。即断で自分の言い分を信じた相手のほうを、実戦を経験した兵士は信用する。


 そんな義堂の身上まで看破した上での判断だと言うなら、天野としては言うことはなかった。


「分かった、分かった。そこについては俺からも、報告に口添えしてやる。実に納得出来る根拠だ」

「ありがたくあります」

「で、次なんだが。これが最後だ。疲れているだろうが付き合え。連邦の小隊との戦闘についてだが」

「はい」


 天野は短くなった煙草を水桶に棄てる。軍曹はとっくに吸い終わっていた。


「なぜ戦おうと思った?」


 有木はほんの半瞬、沈黙した。

 自分を見る目に慎重さが増すのを、天野は快く思った。


「開戦を待つ必要がありましたので」

「それなら隠れていればいいよな?」

「申し訳ありません、もしかして他の者から何か、聞いておられますか?」

「ああ、術兵伍長がな、一応魔術師なんで、そこの先任曹長に天幕まで案内させたんだ。その時に、寒川伍長はこう言ったそうだ。


 待ち伏せをしたのは初めてだ、とな」

アベナナは何ていうか、未だ夢を追いかけている大人達にとってクリティカルな存在なんですよね。ネタキャラなんだけど、シリアスでもあるという。

とても好きです。

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