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鐵のクラッカーズ  作者: イーグル・プラス
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雪獄 01

クラッカー cracker

この世界における銃器の総称。用途や形状により、歩兵咆、騎兵咆(騎咆)、長咆など分類される。

我々の世界における銃火器とは構造が違い、より単純で生産性に優れることが特徴。

 僅かでも気配を漏らせば、たちまち文字通りの八つ裂きにされるだろう。


 その小集団は、雪面に深々と伏せりながら、寒さと恐怖の両方から鳴りそうになる奥歯を強く噛み締めていた。


 赤茶色の軍服の上に、迷彩となる白外套を頭からすっぽりと被り、背嚢の上には雪を入念に被せた徹底ぶり。一見してまず見つからぬ様相ではあるが、くしゃみひとつでこの敗残兵の集団の運命が決まると思うと、外套下の軍服すらもっと目立たないものにしたい気持ちが止められない。


 有木ありきは、頭の上の雪を落とさないように注意しながら、小さな崖下、僅か十数 メートル程先の隘路を進む青服の集団を観察した。


 兵の数というのは、見た目より多く見えるものだと言うが、しかしどう考えても二六名の敗残兵でどうにかなる物量ではない。正確な数こそ把握していないが、小隊だの中隊だのの規模でないことだけは確かだ。

 馬車の数は多く、これが恐らく連邦軍の輜重隊であることが見て取れる。兵の練度もさして高くはなかろう。連邦産の糧秣には些か心惹かれるが、手を出す気はもちろんない。

 それより、こうしている間にも別の針路を取った敵兵が横合いから現れるのではないかと、気が気ではない。それにも増して気がかりなのが――


「軍曹どの――」


 不安に耐えきれず喋ろうとした兵卒の頭を掴み、出来るだけゆっくりと雪の中に突っ込む。口元を布で覆って呼気を隠してはいるものの、何の拍子で湯気が上がって気づかれるか。それを分かっていない。いや、分かってはいるが、不安がそれを忘れさせるのだ。

 うんざりとしながら、有木は息を潜める自分の――とりあえずのだが――部下達を見遣る。いずれも指示通り顔を隠してはいるが、露出した肌は青ざめ、目が泳いでいる。幼い目と、隠しきれない稚気が見て取れた。


 全く、嫌になる。


 国境線であるこの針葉樹林帯に複数先遣された帝国軍連隊は準備不足もあり、連邦軍の迎撃に遭って潰走した。


 この針葉樹林帯は元々、かなり昔の戦争以降に国境の目印と称して連邦側が植林したものだ。こうして、森の中での奇襲戦法に利用されれば、成る程最初から全ては計算尽くであったかと納得も出来る。


 所属していた大隊の指揮官が、今際の際に撤退を発令してくれたのが最後の幸運だった。遠目にしか見たことがない指揮官だがそこだけは感謝していいだろう。

 だが逃げる途中で待ち伏せに遭い、やむを得ず崖を滑り落ちることで難を逃れる羽目になった。そのせいで部隊からは当然離脱。かれらが生き残っていれば、自分は落伍兵として扱われるだろう。恐らく生き残ってはいまいが。


 その後、出来る限りの生き残りを連れて帰還しようなどと、余計なことを考えたのが失敗だったのだ。


 次々拾ったのは、まだ軍に入って基本的な訓練過程を終えたばかりの二年兵、つまり一等兵ばかりだった。上等兵が一名いるが、腕を負傷しているため実質足手纏い。そして下士官は自分一人と来た。

 有木は、分隊指揮経験はあるが、今率いているのは二個半分隊。そして今の二年兵は練兵不足と評判の上に、大半が初陣だ。


 頭を掻き毟りたくなるのを必死に堪えて、兎に角頭を下げ、潜伏するように合図で示す。


 後はひたすら忍耐との勝負だ。

 体の温みで溶けた雪が軍服を濡らすが、強化手術を受けた兵士は寒暖に強く、この程度ならば耐えることが出来る。だが体が感覚に慣れていない数名が身じろぎする気配を感じて、有木はまた舌打ちを堪える羽目になる。


 連邦兵が通り過ぎ、その足音が消えて、さらに新たな足音が聞こえてこないか、そこまで確認してから、やっと有木は、この何と称して良いか分からない集団に立ち上がることを許可した。雪を払い落としながら安堵の息を吐く兵士に、口布を外すなと改めて厳命してから装備を検めさせる。


 全員、赤茶色の軍服の上に厚手の防寒着、そして白外套。頭には耳を覆う垂れ付帽を被っているが、有木だけはその下に、前縁につばの付いた野戦帽を挟んでいる。かなり古く、つばの縁が解れているのが見て取れた。

 歩兵咆クラッカー(この世界における銃器のこと)、よし。といっても自分のものではない。自分のそれは先の戦場で鈍器として使ったため、捨ててきた。これは味方の死体から拝借してきたものだ。咆口内を湿らせないための被せも問題はないようだ。腰元の弾薬鞄の中を確かめる。紙製薬莢が十発並んでいて、いずれも湿気っている様子はない。背嚢の中に予備弾薬が、まだ二十発入っている。次いで腰元のもう一つの装備を、他の兵に悟られぬようにこっそりと確かめる。こちらも問題はない。最後に軍刀を確かめる。有木は軍曹であるが、元は輜重兵であったため、帯刀本分者に分類される(下士官用の軍刀は支給品だが、私費でより良いものを購入する者が多かったため、兵科が変わっても帯刀がなし崩しに許されていた)。


 有木は飛び上がって背嚢の雪を振り落とし、外套の袖も払うと、口布の位置を直し、点検の終わった兵から隊列を組ませる。

 連邦軍が森を進んでいったということは、あの背後に着いていけば、森を抜ければ味方の救出が望めるのだろう。もちろんその先には大量の連邦軍がいるであろうから、馬鹿正直にそんな真似はしない。


 とはいえ、方角は知れたので、行く先は決められる。もちろん希望的観測に過ぎないのだが、有木はそれを元に地図を広げた。兎角方針が欲しい。

 森は広大で、連邦が擁する小国ひとつの面積にも匹敵する。これは帝国軍の侵入を拒んだ一方で、連邦も部隊を分散せざるを得ない地形である。隠れやすく見つけにくい。少人数で行動する限りでは、敵の目を誤魔化せる希望はあった。


 ただ、衆兵しかいないというのが痛い。せめて念信兵の一人でもいればと思う。もちろん念信などさせぬ。傍受が出来れば幸い程度のものだ。


 今の輜重隊が通った道を、だいたいの目算をつけて地図に記す。木々の隙間から覗く星の位置から、有木はだいたいの時刻と現在位置を割り出す知恵を持っている。一等兵の中にもそういった技能を持つ者がおり(かれは猟師出身であった)、その意見とも合わせてほぼ正確な位置を算出出来た。


「後は時間だ」

「時間でありますか」


 猟師出身の一等兵が幼い顔を傾げて、聞いてくる。確か、牧野まきのとか言ったか。頭を撫でてやりたい心地を抑えながら頷く。


「僕達の敗走からまだ一日も経っていない。森の中にはかなりの味方が残っているはずだ。だから敵は、防衛の要であるこの森をかなり本格的に残党狩りするだろう」


 分かりやすくぶるりと身を震わせた牧野に、しかり飽くまで冷静に続ける。


「しかし上とて無能じゃない。今、輜重隊が帝国方面に向けて進軍していったのがその証拠だ。多分、国境では今頃、帝国と連邦が会戦か、もしくはその準備を始めてるんじゃないかな。そして兵力はその間、そちらに集中される」

「あ、成る程、つまり……」

「そう。その戦闘が一段落するまで、連邦は森の中を虱潰しにしている余裕はないわけだ」


 いくら森の中での迎撃により、帝国の第一陣を撃退したとは言え、森の直前に帝国が陣を張ればいつかは突破される。ある程度戦線を押し戻しておきたがるはずだ。

 有木は士官ではないが、ある程度戦術に関する知識を、戦歴から得ている。そうでなければ生き残れないと思ったから、積極的に学んだのだ。


「逆に言えば、この森に留まる時間が長ければ長い程、僕達が生き残る望みは薄くなる」

「軍曹どの、よろしくありますか」


 右腕を負傷した上等兵が声を掛けてくる。名前は確か、宮嶋みやじま


「何だい」

「その、考えたのでありますが、今、森の外で合戦をしているならば、われわれが後背を突くというのは出来るのではないでしょうか」

「人数がいればね」


 正論でさらりと切り捨て、黙り込む宮嶋に有木は続ける。


「もちろん、大勢の味方と合流し、然るべき地位の指揮官どのの元で部隊を再編出来たなら、それもありだ。ついでに敵の正確な位置が分かっていればね。でも僕は軍曹だから小隊の指揮すら出来ないし、今の人数はこの有様だ。さらに言うならば、奇襲には機会というものがある。味方との連絡が取れない今、それを間違えば獄卒の虎口に自ら飛び込むことになるわけだが、他に何か言うことはあるか、宮嶋上等兵」

「い、いいえ」

「じゃあ、生きて本陣に戻ることを最優先としよう」


 さっさと背を向けて歩き出す。

 しかし、その胸中では、何故宮嶋上等兵があのような発言をしたのか考え続けていた。


 職業倫理からではあるまい。ただの兵卒にそこまでの勇気があるとは思えない。強化手術を受けた兵卒であり、しかも上等兵であるならば、多少の損得勘定が身についている頃合いだ。ということはつまり、成る程。


 降伏したがっているわけか。


 肩を竦める。確かに敗残した後の兵士の気分としては正常だ。それを直接的に口にしなかったのは、仮にも有木が軍曹であるからだ。その場で処断されても仕方のない発言になってしまう。だからとりあえず連邦に近づいて、その後抜け駆けで降伏を叫ぶ算段だった。これならば筋は通る。

 もちろん全て想像に過ぎないが、この上等兵には注意を払っておく必要があるな、と有木は思った。


 愛国心からではない。先程、自身が口に出して言った通り、帝国は無能ではない。すぐさま連邦に対して逆襲に転じ、恐らくは勝利する。ことによると森まで制圧してしまうかもしれない。その時、連邦の軍門に降った裏切り者を軍がどう処理するか。想像する必要すらないことだ。


 国力でも軍の練度でも、帝国は未だ大陸最強の軍事大国だ。負けっ放しでいることなどあり得ない。有木は経験と知識の両面からそれを理解している。幸運かどうかは知らないが。


 ともあれ、背後に少し気を配る必要がありそうだった。自分が死んだ場合、最も階級が高いのが宮嶋である。この状況下では当然とも言える配慮だ。そのため、かれの配置は五人ほど兵士を挟んだ位置とする。名目は落伍者を出さないため。ここなら密談も聞こえるし、間にいる兵が異変に気づける。こんなことを延々考えているあたり、自分も長く軍人をやっているな、と思う。

陸戦が全然詳しくないのに書き始める無謀さ。

戦術とか出来る限り調べましたが、なにぶん戦記物自体、読んだ数少ないので、お手柔らかに願います。


お久しぶりでございます。

ふと思いついたら止まらなくなって、いろんな方からアイデア頂きつつ一気に書いてしまいました。

多分、こっちの執筆方法のほうが向いてるのかな。

あっちのほうどうなってんだよってご意見があると思います。

全く返す言葉もございません。

なろうは実験場っていうのはこちらの甘えた考えだと思います。

ただ、「灰鷹」については、一度、設定の根本から見直します。即興で考え考え書いていったら行き詰まったのであります。

え、もう一個あっただろ? 知らない子ですね……


とりあえず一通り書き終えてありますので、区切りまでコンスタントに。


最近のトレンド:

フミナ先輩、武内P、ミュース、ラベージでエイジェン狩り

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