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夏夜の夢  作者: 十月十日
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2

「葵、着いたよ」

母に肩を揺すられて、葵は目を開けた。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。急いで荷物をまとめ、両親の後から新幹線を下りる。

 冷房の効いた車内から出ると、質量を伴っていそうなほど湿度の多い熱風が頬を叩いた。冷えていた肌が、あっという間に汗ばんでいく。住み慣れた土地とは全く異なるそれに、違和感と共に僅かな懐かしさを覚えた。

 駅前にたむろしているタクシーの一台を呼び寄せながら、父が嬉しそうに笑う。それが少し寂しげに見えるのは、葵の気のせいだろうか。

「懐かしいなぁ、この感じ」

 生まれ故郷に帰った父の目には、彼女とは違う景色が見えているのかもしれない。



 タクシーに乗って、目的地へ向かう。

 車窓の外を眺めてぼんやりとしていた彼女の頬に、ひやりと冷たいものが当てられた。

 不意打ちに驚いて振り返ると、母がミネラルウォーターを差し出していた。

「暑いんだから、水分摂りなさいよ」

「……うん」

 受け取って、少し口をつける。喉を下りていく感覚に頭が冴えるような気がした。

「……ねぇお父さん、あれ何?」

「ん? ああ……あれは千本鳥居だよ。あの山の麓に神社があって、そこから山頂までずっと続いてるんだ」

「そうなんだ」

 お母さん知ってた?

 尋ねると、母は頷いた。

「確か一回、お祭りに行ったはずよ。葵も一緒に行ったじゃない」

「まあ随分昔のことだからな、忘れてても仕方ないさ」

 そうなのだろうか。よく覚えていない。



 父がインターホンを押すと、玄関の向こうで足音がした。ほどなく引き戸が開いて、祖母が現れる。

「あらあら、お帰りなさい」

「ただいま、母さん」

「お久しぶりです、お義母さん」

 にこにこと笑う祖母は、昔の朧な記憶と比べると随分小さくなってしまった気がした。それはそうだろう、葵が最後にここに来たのは十年以上も前のことだ。

「大きくなったわね、葵」

「……久しぶり、お祖母ちゃん」

 それでも、柔和な笑みは記憶にあるものと全く変わらない。そのことに少しだけ安堵する。

「早く上がって。西瓜が冷えてるのよ」

 ほらほらと急かされて、三人は慌てて中に入る。



 陽の当たる縁側に座って、気持ちよく冷えた西瓜を齧る。

 燦々と降り注ぐ日差しも空気を焦がす蝉の声も、西瓜の冷たさが和らげていくようだ。

「……あ」

 密集する家同士を隔てる塀の向こうに、タクシーの中から見た鳥居が見えた。ここからはさして遠くないらしく、思ったよりも大きい。

「ねえ、お母さん」

「なに?」

「私、明日夏祭りに行こうと思ってるの」

「…………」

「もう大きくなったんだから、前みたいに迷子になったりしないって」

「……そうね」



 そう。思い出した。


 私は十二年前の夏祭りの日、あの神社で迷子になったのだ。


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