in the moment
「泣かれると困る」
自販機の光が滲んでいった。
[涙は見せないようにしてきた]
気晴らしのつもりだった。
財布と携帯だけ持って自販機に向かう。いつものジャスミン茶を買って、戻ろうとした。
「あ、」
聞き慣れた声に顔を上げる。
胸が締め付けられた。会いたくない人だったから。
だけどそんなこと表に出さずに、笑って応える。
「久しぶり」
ちょっとお馬鹿な後輩。
彼の真面目な横顔を見たときから、私は彼に惹かれていった。
会う機会も多くはなくて、敢えて作ることもせず。ただ片想いしていた。
それでいいと思っていた。
だって彼の隣にはいつも女子がいて。私は"先輩"の立ち位置から動けそうになかった。
「先輩、彼氏出来たんですか?」
「え、なんで?」
「噂で聞いたんですけど」
そんな勝手な噂、私は必死で否定する。
「ですよね」なんて、おちょくってるのか何なのか分からない返事をされた。
覗き見た顔はちょっぴり笑顔で可愛かった。
好きだけど、気持ちが溢れてきてしまいそうだけど、好きじゃないふり。
「そういうアンタは?いつも違う女の子連れてるけど」
「いませんよ。あれは向こうが一方的に……ちがっ、こっちだって迷惑してるんすから!」
私がちょっと呆れた目をしているのに気付いたのか、彼は慌てて弁解した。
その様子が、いつも彼が他の女子に見せるクールな表情とかけ離れすぎて、私は吹き出してしまう。
「せんぱーい……」
しゅん、と大きい身体を縮こませる。私は半笑いのまま「ごめんごめん」と謝った。
彼は嬉しそうだった。
その笑顔を見てるだけで良い、それ以上望んで壊すなんて私には無理だ。ちょっぴり胸を刺した。
「先輩彼氏作らないんですか?告白されてるとこ見ちゃったんですけど」
「うーん、私は好きじゃないし」
「俺も好きじゃない子と一緒にいるの面倒だし」
好きな子、いるし。
かろうじて聞き取れるレベルの声で言った彼は、遠くを見るような目で愛しそうにしていた。
唇を噛む。カッコ悪い姿なんて見せたくないから、目を伏せ顔を反らした。
泣いたら、他の重い女子と同じになってしまう。
「先輩は居ないの?」
自販機の前に戻りながら、彼は聞いてきた。
私は声が震えないように答えた。
「居るよ」
「告白しないの?」
ガタン、と音がする。
「しない。だって怖いじゃん」
「先輩も乙女だね!」
「アンタは?しないの?」
「俺もしない。怖いもん」
「ヘタレ」
「酷い!」
プシュ、と炭酸の抜ける音。だけど私は彼の方を向けなかった。
一時の彼女か、一生の友達か。彼女じゃなくていいから傍に居たいなんて、もう末期だと思う。
「先輩どうしたんすか?」
彼は少し屈みながら私を覗き見た。すぐにそっぽを向いて、「何でもないよ」って言う。
だけど控えめに彼の手が伸びてきた。
「先輩?」
目尻を拭う指に気付いて、余計に涙が零れた。
私は顔を見ないまま告げる。
「ごめんっ、気にしないで」
立ち去ろうとした私の腕を、強く引かれる。
「何?」
思わず口調が強くなってしまったけど、彼は私の顔を見ないようにしながら頭を撫でた。
何でこんなときだけ、そんなに空気が読めるの?もっと胸が痛くなる。
「片想い、辛い?」
「……」
「俺も辛いです」
「……」
「胸貸しましょうか」
「……ちょっとだけ」
くすりと小さく笑った声がして、私は抱き寄せられた。苦しいくらいに抱き締められる。でもそれが彼なりの優しさだと分かったから、嬉しかった。
「泣かれると困る」
暫くそのままでいたけど、不意に小さく、でも強く呟かれた声に、私は震えた。その言葉が恐ろしくて、私は「もういい」と腕の中から抜け出そうとした。
「違う、迷惑とかじゃなくて……」
「いいって。変な所見せてごめん」
「誰が先輩を泣かせるのか、その相手がむかつくんですよ」
焦ったように言う彼に、私は涙を拭いて笑った。
「なにそれ」
「本気ですって」
「知らなくていいよ」
「でも!」
強く手を握られる。
私はびっくりして彼の目をじっと見つめた。
「好きです、先輩」
自販機の光が滲んでいく。だけど今度は零すまいと堪えた。
「アンタは私を泣かせすぎだ」
「えっ?」
しっかりと視界に彼を入れて告げる。
「私も好き」
みるみるうちに笑顔になる表情に、私も頬を緩める。
「嬉しい」と弾んだ声で言いながら、私を抱き締める。
さっきは回せなかった腕を、今度は背中に回す。大きくて温かい。
「泣かせてごめんね」
優しい声で言う。
「いいよ」
「結果オーライ?」
「うん」
いつの間にか涙は乾いていて、彼の顔を見て笑いかけた。
大好きな笑顔が返ってくる。その笑顔は、いつまでも傍に。