好きとか嫌いとかとは別の次元 1
望が久しぶりに机の右側、鍵付の引き出しを開けたのは、芳音から贈られたリングをそこへしまおうと思ったからだ。
いつのころからかはもう覚えていないが、鍵付の引き出しは、“捨てるに捨てられず、だが視界には入れたくないもの”が詰まった封印の小箱と化していた。
これまでもそうして来たように、引き出しに封じて鍵を掛けてしまえば、心の封も閉じられる。恋愛にあとさきはない。取った取られたの醜く稚拙な修羅場の話は、女子高時代にいやというほど聞いている。そこまで惨めな自分になるくらいなら、封印してしまえばいいと思った。
「あ」
すっかり湿気てしまった開封済みの煙草。確実に使い物にならなくなっているだろう、こすれて外装がボロボロになっているスキンのアルミシート。それらと一緒に、一度はゴミ箱へ放り込んだ中学時代の日記が存在を主張していた。
幼稚な発想だと今でも思う。でも、この日記を読み返した一年前、そのすぐあとで偶然芳音と再会出来た。この日記が芳音を呼び寄せてくれた気がして、慌ててゴミ箱からここに収め直したのだ。
まだ綺麗だったころの自分に会いたくて、そのころの自分を思い出したくて開くだけ。
望は自分にそう言い聞かせ、懐かしい日記の扉をめくった。
――芳音、私、もう中学生だよ。あれから七年も経つんだよ? どうしてなんにも言って来てくれないの?
もう忘れちゃったのかな、私のこと。
芳音、「好き」って言って。これ以上私が私のことを嫌いになる前に、会いに来て――。
そこには、綺麗でも純粋でもない、ただの甘えた幼稚な少女がいた。望は日記をぱたりと閉じた。開けっ放しになっている引き出しの中に置いたリングをもう一度手に取り、しげしげと眺める。
「……」
片翼の彫刻が思い出させる。約束を、今度こそ忘れないこと。
「私、もっと真剣に向き合わないと」
芳音に、置いていかれてしまう。店を持つという夢に続く階段は、とても急勾配で長い道のりだ。そして誰かに引っ張り上げてもらうモノではなく、自分の足で昇るべき階段だ。
ネックレスを外し、リングをチェーンに通し直した。それをまた身につける。翠のエメラルドと芳音のくれた片翼を包むように、リングがそれらをひとつに束ねた。
「今日中に実習のレポートをまとめちゃおう。この休日に作り直してみて改善策を書き足さなくちゃ」
五年前と何も変わっていない他力本願な自分に気づくと、望はテキストを開いてペンを握った。
翌朝、早々に軽い朝食を済ませてキッチンに立つ。生クリームは常備している。休日は泰江のサロンが予約でびっしり埋まるので、茶請けを兼ねて実習で今ひとつの出来だったケーキスポンジを作り直した。
「やっぱり、おしゃべりしながらよそ見していたせいかしら」
バターと薄力粉を切り混ぜていた同じ班の子の手つきを思い返す。種がやたらベタついているように見えたのだ。今作っているこれからは、そんな抵抗感が伝わって来ない。
種をケーキ型に流し、オーブンに入れる。粗熱を取ってデコレートすれば、午後には間に合いそうだ。
「お母さんに、午後のお客さまへのお茶請けは要らないって伝えて来よう」
エプロンを外して携帯電話を握る。
(あ)
新着メールの表示にどきりとした。玄関を出て鍵を閉めてから、もどかしげな手つきでメールを開封した。
『Sub:昨日はお疲れさんでした。』
件名は、別人であることを告げていた。
『早速メールを送ってみるなど(笑)
今、望ちゃんちの最寄駅前のスタバにいるんだけれど。
時間を気にしなくていいので、ちょっとだけ出て来れるかな。
先制攻撃は、スタバのあとにゴチ、で許せ(笑)』
メールの送信者は、芳音ではなく君塚だった。
泰江にお茶請けのことを伝えがてら、友人を上の部屋へ招待する意向も伝える。
「昨日のんちゃんを送ってくれた子ね。うん、わかった。合間を見て御挨拶に顔を出すから」
泰江の判断で少しだけ胸を撫で下ろす。彼女も望同様、君塚の印象は悪くないようだ。ぶしつけなメールは、ナンパというよりも、きっと昨夜のことを気遣って何らかのアクションを起こそうとしている気がした。あまり外で話したい話題ではなかった。
『Re:早速送られてみるなど(笑)
昨日はありがとう。君塚くんこそ、お疲れさまでした。
今、母のお客さまへ出すケーキを作っているところなので、よかったら味見をしに来ませんか。
部屋番号は一四〇三です。』
癖で『non』と打ち込みそうになったところを、『望』と入れ直した。
送信してから一分も経たないうちに、インターホンが来客を告げる。
「スタバとか、うそつき」
気遣っているように見せずに気を遣う。君塚がなぜ芳音と気が合うのか、少しだけ解った気がした。
改めて、思う。君塚と我が家全体のかもし出す雰囲気が、ものすごくミスマッチだ。襟の大きく開いた長袖のTシャツに、薄手のパーカーを軽く羽織っている服装までは許容範囲だが、今どき珍しい角刈りは、どうしても彼を職人に見せる。確か父親が寿司職人だと言っていた。表情は柔らかいのにどこかいかつく見せる彼の外見は、きっと親の影響だろう。それが企業に属する親を持つ我が家とのミスマッチを感じさせるのかも知れない、と思い至った。
「す……っげ」
恐る恐るといった様子で辺りを見回す君塚は、見るもの触れるものに対していちいち感嘆の声を上げた。
「うわ、すげっ! 天窓? 天窓っていうのでしょ、これ! 部屋ン中から空見える、空!」
「父が星とか森とか、自然の好きな人だからつけてもらったんですって。遊んでみる?」
目ざとく天窓のリモコンを見つけたらしい。物欲しげな目を見たら、そう言いたくなった。
「え、いいの? ありがとうです。つけてもらったとか、なんかすごいなあ」
君塚はそう言って、おもちゃをいじるように開閉リモコンを操作していた。
(類は友を呼ぶのね)
彼の見せる子どものような素直な反応は、懐かしい種類のものだった。ついには笑いを堪え切れなくなった望の肩が、小刻みに小さく揺れた。
「うちって、三代続いてるふっるーい家だからさ。こういう今風っていうのかな。しゃれた感じって、なんか新鮮」
「っていうよりも落ち着かないんでしょう」
「何故ばれたし」
「目が泳いでる」
「う」
カウンター席へ君塚を案内し、ぎこちなくスツールに腰掛ける彼を見て、また小さく噴き出してしまった。
「笑うなって」
「だって。今どき珍しいリアクションする人なんだもの」
くつくつと笑いながら、コーヒーを沸かす手を進めた。
「あ。お気遣いなく。ケーキ作ってたんだよね?」
「今焼いているところなの。焼きあがったら粗熱を取って、そのあとデコ」
「そう言えば、昨日の実習はケーキスポンジの比較だかなんだか、って言ってたっけ」
「ええ。メーカーの差はさておき、材料の配合だけじゃなくて、作業工程に掛ける時間やほかの原因からも仕上がりに差が出るんじゃないかと思って、レポートに追記出来るといいかな、と」
「熱心だねえ」
「今までマニュアルどおりに作ることしかしてなかったから。置いてけぼり食らわないよう、これでも必死なの」
そんな他愛のない話は、楽しかった。
淹れたてのコーヒーに砂糖を小さじ一杯。所望されたミルクがないので、生クリームを泡立てウィンナコーヒー風で妥協してもらう。
カウンターにそれをついと滑らせて、引こうとした手を掴まれた。ざわりと寒気が走り、全身が粟立つ。
「昨日、俺にウソついたでしょ」
不意を突かれた望の瞳には、素の表情が宿っていた。それを逃すまいと、君塚がまっすぐ望の瞳を射抜く。望は握られた手を固く握り、拳に代えることで手の震えを抑えつけた。
「いい度胸ね、相手の家でナンパとか」
君塚の表情に変化がないのを見てどうにかごまかせたと判り、売られた喧嘩を安価で買う。途端、君塚の鋭い視線が和らいだ。
「美人は例外なく自信家ってホントだね。そういう目算があったんならさ、用件も解らないのに家族の人がいない家の中に男を上げるかな、フツー」
「!」
言われてみれば、道理だ。自分の迂闊さに今更気づく。望は一瞬怯んで目を逸らし掛けたが、辛うじて踏みとどまった。
「見た目についての自信はともかく、人を見る目には自信があったつもりだから」
わざと過去完了形で言い放つ。「あったつもり」の部分にアクセントを置いた。
「芳音の友達でもあるし、昨夜の私を気に掛けてくれた、という親切心だとばかり思っていたの。でも、勘が外れたみたいで残念だわ」
負けじと反駁する口調が自然と尖った。二度しかまともに話したことのない君塚に、自分を見切ったような上目線をされる筋合いはない。
「例えばもし芳音がこのシチュで入って来たとしても、あいつならきっと“姉弟に彼氏が出来たときのショック”みたいなことは吐かないと思うんだ。で、多分俺がボコられる」
掴まれた右手が予想外に早く解放され、代わりに君塚の言葉が望を捕縛した。
「そのときは、芳音から君を守ってってことかしら」
これみよがしに手を洗い出す望に、彼は意味の解らない問いを投げて来た。
「鈍いなあ、違うよ。このくらいのアドバイスと昨夜の送る時間で、こっちのお願いと相殺してくれないかな、ってこと」
「お願い?」
「俺、ついこの間彼女と喧嘩してそれっきりなんだけど、それをどうにか修復したいわけ。でも、俺には女友達なんてほとんどいないし、兄弟は弟しかいないし、おふくろに相談なんてのは問題外じゃん? 彼女とおんなじ目をしてる今の望ちゃんが、俺的にドストライクな相談相手だ、っていう話」
きゅ、とカランの閉まる音がキッチンに零れ落ちた。望の視線はシンクに落ちたままだ。
「喧嘩の原因を訊いてもいいの?」
自意識過剰の勘違いに対する、望なりの精一杯の謝罪だ。可愛げのない望の対応を謝罪と受け取ってくれたのか、君塚は「ありがとう」と前置きをしてから相談内容を語り始めた。
「合コンには行くのにデートの時間は作れないのか、って。辻本の忙しさは前から話してあって、彼女も納得してたんだけどね。つき合い出したのは高校からなんだけど、知り合った中学のときから元々甘ったれなコでさ」
そんな切り出しで語られた君塚の彼女は、同性の望が聞けば羨ましいほど素直な、女の子らしい女の子だ。ふと高校時代の親友、“恋愛神”と持ち上げられていた七海を思い出させる雰囲気の子だと感じられた。
「でも、確かに彼女の言い分も一理あるんじゃない? 合コンにつき合う余裕があるなら、彼女と過ごす時間を作ってあげればいいのに」
「んー……」
君塚はそれまでの饒舌と打って変わり、言葉を濁してカウンターを見つめた。
「あ、冷めないうちに、どうぞ」
彼の視線の先にウィンナコーヒーが待っているのを思い出し、改めて促す。
「あ。いただきます」
礼儀正しい挨拶は、同い年なのに丁寧だな、と望を照れくさい気にさせる。コーヒーをすする小さな音。「うま」という短くも心のこもった賛美の言葉。それらは少しずつ望の警戒心を溶かしていった。
「芳音って、親の反対を押し切ってこの道に進んだんだってね。俺と似たパターンだな、って、思った」
しばしの沈黙のあと、君塚が切り出したそれは、どう考えても別の話題だと思う。望は内心で小首を傾げた。
「芳音は自分のことをあまりしゃべらないからさ、俺はあいつの超えたい相手が誰なのかは知らないけど。好きとか嫌いとかとは別の次元で、とにかく最優先なんだな、コレが」
コレ――夢。それは君塚から注釈をつけられなくてもすぐに判った。
「安けりゃいい、っていう消費者に、“ここの飯ならこれだけ払ってでも食いたい”と思わせるような腕を持ちたいんだな、俺。彼女にその辺、どう伝えれば解ってもらえるのかな」
望ちゃんは芳音の夢を応援しているんだろう、と確信を持った口調で言われれば、後ろめたさに俯くしかない。
「そのつもりで、いたんだけど」
「けど?」
言葉を探しあぐね、また無言。少し冷めてしまったコーヒーをコンロに掛け、とろ火で少し温める。
「君塚くんのアドバイスで、ちょっと自覚しちゃった、かな。芳音はバイト先の先輩さんから色々教えてもらっている分、出来ることで恩返しをしているだけかも知れないのよね。でもやっぱり、気持ちのいいものじゃないって感覚は変わらない。それは応援出来てないってことと同義じゃないかしら」
こぽ。コーヒーがひとつ泡立った。もう酸化してしまってまずいコーヒーになっているだろう。望は自分のマグカップに熱したそれを注ぐと、味をごまかすために生クリームをたっぷり浮かべて掻き混ぜた。
「や、それは面白くなくて当然じゃないかな。だって、ただの幼馴染じゃないんでしょ、やっぱ」
君塚のその問い掛けに、首を縦にも横にも振れない、曖昧な自分がいた。
「あー、なんか、巧く伝えられなかったみたいだね。寛大になれって意味じゃなくてさ。本人に聞いてみないとわかんないことを決めつけるのはどーよ、って言いたかったんだけど」
それで、唐突に手を握ったのか。言葉よりも感覚で解れ、という意味で。
やっと君塚が取った挙動不審の内訳がわかり、改めて自分の自意識過剰に頬が熱くなった。
「直接本人に聞いてみれば、ってのは一案だし、そうしろって意味じゃないんだけどね。矛盾してるかも知れないけどさ、誤解は解いた方が気が楽と思いつつ、そっとしといてやって、とかも思ったり」
――それどころじゃないはずなのに、ウェイトをソッチに持ってかれちゃうんだよね。そこが、悩みどころ。
ぽつりと零された君塚のそれは、水面に広がる波紋のように望の中で幾重のも円を描いて広がっていった。
「……だから、彼女と仲直り出来ないままなの?」
コーヒーカップをもてあそびながら俯いたままの君塚は、耳まで赤くなっていた。俯いた頭が、さらに少しだけ下がった。多分肯定の意思表示だろう。
「電話にも出ないし、メールも返信なし。この間のバカ幹事とそっちの仕切り女が勝手に決めた話でも、一応俺が噛んでいたから、初っ端から合コンをふけるわけにいかないじゃん? ってのも言い訳にしか聞こえないだろうしさ」
どうしたら解ってくれるんだろう。解って欲しいというのが甘えなのかな。とつとつと零される君塚の本音が、望の耳には芳音の吐露にも聞こえていた。
「私に彼女を紹介してみない?」
「は?」
そこでようやく君塚の顔が上がった。助けて欲しそうだったくせに、こちらが乗り気になったら意外そうな顔をする。なかなかどうして、心外だ。
「親友に、何よりも彼氏が一番、って子がいるの。私は私で、夢と別件を天秤に掛けてゆらゆらしている状態でしょう。多分、適任だと思う」
「ええと……なんの?」
「君塚くんではなくて、彼女の相談役」
二度目の「は?」を聞くころには、望と君塚の立ち位置が完全に逆転していた。
「彼女は誰にでも甘ったれさんなわけじゃなくて、君塚くんだから素直に甘えられる人なんじゃないかしら。それだけに、ほかの人には甘えられないっていうか」
君塚は思い返すように視線を左から右へと動かした。
「そうだな。天然キャラで通ってるし。悩みなんてなさそうとか言われてもヘラヘラっとしてる」
「身近な人だと却って相談ってしづらいんだと思う。だから君塚くんも私に話してくれたんでしょう?」
望が繰り出した最後の一手に、君塚は観念の苦笑を浮かべた。
「だね。でも、余計に誤解されないかな。女紹介って」
「映画のチケットを三枚用意しておくわ。芳音や佐藤君と行く予定にしていたけれど、実習で行けなくなった、ってことにしたらどう? 残り二枚はさばけたけれど、って。彼女が釣れそうな作品を探っておいて」
彼氏ドノの夢に嫉妬している、彼女の同胞だ、という注釈も忘れないように。そう言ったら腹を抱えて笑われた。
泰江が二階から上の部屋を訪ねて来るのを待ち、彼女と顔を合わせてから最寄り駅まで彼を送った。
「お母さんを心配させちゃったみたいだね。悪いことした」
と、謝罪のことづてを口にした君塚に、望は小さく首を横に振った。
「君塚くんのせいじゃなくて、私の事情からだと思うの。気にしないで」
そう思い至ったのは、ふたりが笑って泰江を出迎えた途端、彼女の瞳が潤んだからだ。目の前で毎日顔を合わせている娘に母親が抱きついて「よかった」などと言っている光景を見せられたら、いくらそのあとで泰江が弁解しても、きっと君塚は居心地悪く感じたはずだ。
「こっちこそ、君塚くんに嫌な思いをさせてごめんなさい」
うち、一人っ子だから過保護なの。そう言って親をこき下ろす望の声が少しだけ震えた。
「……いろいろ、あるんだね。聞かないけど」
やっぱり君塚はいい人だ。ほとんど同じ高さで肩が並ぶ人なのに、自分よりも大きな人に見えた。
改札をくぐる間際に別れの挨拶を交わす。
「じゃ、彼女に私の連絡先を伝えておいてね。連絡が来たら君塚くんにも伝えるから」
「よろしくっす」
じゃあ、と言ったものの、彼は望に背を向けない。
「なに?」
怪訝な表情で小首を傾げた望に、君塚が口ごもりつつもぼそりと呟いた。
「あくまでも、俺の意見なんだけどさ」
――どっちかしか選べない心境に芳音を追い込まないでやってくれると嬉しい、かな。
ことん、と派手に心臓が脈打ち、望から表情が抜け落ちた。
「彼女さんへの伝言は、言葉のあやよ。芳音とは姉弟みたいに育ったから」
「それ、ウソってばればれ」
「嘘じゃないわ」
抗ってみたものの、君塚の意地悪な笑みが墓穴だと伝えている。望は渋々口を閉ざし、抵抗を諦めた。
「あいつさ、君のことを俺たちに頼むとき、一瞬だけすごく悔しそうな顔をしたんだ。普段のあいつって感情を顔に出さないヤツだから、ちょっと意外だと思ったのと……ごめん、変な意味じゃなくって、君に興味が湧いた」
君塚はそう言って、照れくさそうに頭を掻いた。
「ちょっとは信用してくれたのかな、って、嬉しかった。芳音は俺のいい刺激剤なんだよね。アンフェアな勝負したくないから、ここでつまずいて欲しくないんだ」
構内のアナウンスが、君塚の乗る電車の到着を予告した。
「君塚くん、伝言を頼まれてくれる?」
合コンのときに預かったことにすれば、不自然ではないという気がした。
「うん」
「私も、父の顔色を窺いながら夢を目指すのはやめるから、そっちもがんばって、って」
そのことづてのあとに、自分も親の反対を説得して今があるということだけを君塚に話した。
「そっか、ここにももうひとり、レジスタンスな同志がいたのか」
彼は深く追求することなく、そう言って嬉しそうに笑った。
「確かに預かったよ。望ちゃんもがんばろうね」
「ええ。ありがとう」
芳音に巧く伝わることを願いながら、君塚を見送った。