非日常生活への片道切符
――ん……?」
視界に飛び込んできたのは、見慣れた自分の部屋の天井……のはずだった。しかし、何かがおかしい。いつもより天井が遠く感じる。ベッドから体を起こそうとした瞬間、強烈な違和感に襲われた。
(……体が、軽い? それに、なんか胸のあたりが重いような……)
「あ、起きた? おはよう、葵! うん、やっぱり私の見立て通り、めちゃくちゃ可愛い美少女になったね!」
パチパチパチ、と緊張感のない拍手とともに、ベッドの脇から一人の少女が顔を覗かせた。大久保 世界。僕の――いや、私か?……どっちかわからないが世界は僕の『彼女』である。
ふと、自分の体を見てみると、Tシャツの胸元が不自然に膨らんでいる。そこから伸びる手足は、昨日までの男らしいそれとは似ても似つかない。白く、細く、触れれば折れそうなほど華奢な、紛れもない「女の子」の体だった。
「いや……は……?せ、世界、、、?これ、どういうこと……?」
世界の右手には、怪しげな紫色の液体がこびりついた、空っぽのガラス瓶が握られていた。
「どういうことも何も、見ての通りだよ。寝ている葵の口に、私が特製の【TSポーション】を流し込みました!」
「なんでそんなことするんだよバカァ!!」
馬鹿だ、うん、間違いなく世界は馬鹿だ。
「うわ、怒った顔も超絶可愛い! 決定、今日から葵はVTuberデビューです!」
「話の飛躍がすぎるよ!?」
VTuber……?一体世界は何を言ってるんだ?するわけ無いだろ……
「……却下……!しないから……!!!」
「残念だったね、もうチャンネル作ったからね?ほら見て、アイコンも葵の寝顔をちょっと加工して、もうバズり散らかす準備は万端だよ!」
世界はスマホの画面を突きつけてくる。そこには確かに、見覚えのある(しかし明らかに美少女化した)自分の寝顔と、『新人VTuber・アオイ』の文字。
「ちょ!何勝手に作ってんのさ!!!」
怒鳴り散らしたはずの自分の声が、鈴を転がすような、ソプラノの甘い響きになって部屋に消える。叫べば叫ぶほど、自分が「女の子」であることを自覚させられて、顔がカッと熱くなる。
「はい、葵ちゃん?まずは現実を受け止めるために、これ見てみようねー、まだ自分の顔見てないでしょー?」
世界がにやにやしながら、ベッドの脇から姿見の鏡をずるずると引きずってきた。
「……っ!」
鏡の中にいたのは、潤んだ赤い瞳で顔を真っ赤にした頬、乱れた白い髪、大きすぎる自分のTシャツから覗く華奢な鎖骨。どこをどう見ても、昨日まで鏡の前にいた「俺」の面影は、パーツの配置くらいにしか残っていなかった。何回見ても知らない美少女だ……
「どう?その顔だとまだ現実を受け止めてない感じかな?私が葵を女の子にする、そして葵がVTuberをしてお金を稼ぐ、これぞWin-Win!」
「どこがだよ! 完全に僕の『Loss』しかねぇよ!」
一人で納得して頷いている世界に、私は枕を投げつけた。しかし、女の子の腕力では、枕は世界の足元に情けなくボトリと落ちるだけだった。
「あはは、枕の飛び方まで女の子になっちゃって。あ、ちなみにその薬、永久だからね。」
「は……?」
世界の口から出たあまりにも軽すぎる言葉に、私の思考が完全に停止する。
「え、じゃあ何、僕、ずっとこのままってこと、、、?」
「うん! だからさ、諦めてVTuberやろう? 幸いにも、機材は私のお金でちゃんとしたやつを揃えたからさ!」
「買い揃える前にまず戻す薬を作れ!バカ!」
もとに戻す薬がないのはおかしい、やっぱり世界は馬鹿なのか?
――どこで僕は判断をミスったのだろうか……
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