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恋愛小説 【時の狭間】

作者: 虫松
掲載日:2026/02/09


挿絵(By みてみん)


夕暮れの駅前。

修二は、なぜか足を止めていた。


理由は分からない。

ただ、「ここで待たなければならない気がした」。


「……すみません」


背後から声がした。


振り向くと、見知らぬ女性が立っていた。

年の頃は同じくらい。だが、どこか浮世離れした佇まいだった。


「初めてお会いしますよね?」


修二がそう言うと、彼女は少し困ったように微笑んだ。


「ええ。でも……お久しぶりです、と言ったほうが正しいかもしれません」


「……?」


彼女は名を名乗った。


「恵と申します」


その瞬間、胸の奥が軋んだ。

理由のない懐かしさ。

ずっと呼び続けていた名前を、ようやく思い出したような感覚。


「前にも……会ったこと、あります?」


修二が尋ねると、恵は首を振る。


「いいえ。この時代では、今日が初めてです」


「この時代?」


修二は笑ったつもりだったが、声が少し震えた。


「変な言い方ですね」


「そうですね。でも、私にとっては大切な言い方なんです」


二人は自然に会話を重ね、何度も会うようになった。

だが、恵の言葉は時折、時代からずれていた。


「それ、今は普通そう言いますよ」


修二がそう言うと、恵は驚いた顔をする。


「……そうでしたか。すみません。癖でかたじけない。」


「江戸時代みたいな言い回し、しますよね」


冗談半分で言うと、恵は一瞬、遠くを見る目をした。


「……懐かしいですから」


「え?」


「いえ、何でもありません」


ある夜、修二は思い切って聞いた。


「恵さんって……何者なんですか?」


沈黙。

風が木々を揺らす音だけが流れた。


「修二さんは、運命を信じますか?」


「信じてないですね。偶然の積み重ねだと思ってます」


「では……二百年待ち続けた想いは?」


修二は息を呑んだ。


「待ちに待った二百年越しの恋が、やっと成就するんです」


「……冗談ですよね?」


恵は首を振った。


「私は、過去に江戸で生きていました。あなたと私は、江戸の町で、火に包まれて手を繋ぎ死にました。」


「……やめてください」


「でも、名だけは残った。想いと一緒に」


修二は、信じられない話を聞いているはずなのに、

不思議と否定する言葉が出なかった。


やがて二人は結婚を決める。


式の前夜、修二はもう一度問いただした。


「全部……話してくれますか」


恵は白無垢の袖を整えながら、静かに語り始めた。


「私は、江戸の大火で亡くなった祖先の“名”です。

 炎の中で、愛する人に想いを伝えられなかった」


「それが……俺?」


「ええ。あなたの祖先です」


修二は立ち上がった。


「じゃあ……その火事は?」


「起こしたのは、私の親友でした。矢代という名の人です」


その名を聞いた瞬間、修二の背筋が凍った。


「……矢代は、俺の家の古い記録にも残ってる」


「そうでしょうね。だから、時は歪んだ」


二百年の憎しみ。

二百年の後悔。

二百年の想い。


それらが、修二と恵を再び引き合わせた。


式の日、恵は修二の手を強く握った。


「怖いですか?」


「正直……少し」


「それでも、越えてくれますか」


修二は答えた。


「二百年待ったなら……

 これからは一緒に生きよう」


その瞬間、どこか遠くで火の音が消え、

鈴の音が鳴った。


過去は赦され、未来は静かに動き出す。


そして時の狭間は、ようやく閉じられた。



【時の狭間】完

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