第7話「王都の陰謀~農業大臣の誘い~」
戦争が終結し、王国に一応の平和が戻った頃、俺はアルフォンス王太子から直々に王都へ呼び出された。謁見の間で向かい合った王太子は、労いの言葉とともに、驚くべき提案を口にした。
「ローレンツ子爵。そなたを、新たに新設する『王国農業改革官』に任命したい。王国全土の農業を指導し、この国を飢饉の恐怖から永遠に解放してほしいのだ」
王国農業改革官。事実上の、農業大臣に匹敵する地位だ。一代貴族、それも辺境の元貧乏貴族にすぎない俺には、あまりにも破格の待遇だった。
王太子は、先の戦争で露呈した王国の食糧問題の脆弱性を、本気で改善しようと考えていた。そして、その切り札として、ローレンツ領の奇跡的な成功を再現できる俺に白羽の矢を立てたのだ。
「身に余る光栄です。ですが、私のような若輩者に、そのような大役が務まるかどうか……」
「謙遜は不要だ。そなたの実績は、誰もが知るところ。私はそなたを信じている」
王太子のまっすぐな瞳に、俺は断ることができなかった。領地を離れるのは不安だったが、シルヴィアとガレンがいれば大丈夫だろう。俺は、この大役を引き受けることにした。
しかし、この人事は、王都の貴族社会に大きな波紋を広げた。
「なぜ、あのような成り上がりの田舎貴族が、国家の要職に就くのだ!」
「伝統も血筋も無視した、王太子殿下のご乱心だ!」
特に、保守的な考えを持つ古い大貴族たちは、俺の就任に猛反発した。彼らは、自分たちの既得権益が脅かされることを恐れたのだ。その反発勢力の中心にいたのは、やはりあの男だった。
「――ローレンツ子爵、いや、今は改革官殿、でしたかな?ご出世、おめでとうございます」
貴族たちが集まる会議の席で、嫌味たっぷりに声をかけてきたのは、ヴァルド伯爵だった。彼は先の戦争での失態にもかかわらず、巧みな政治工作でその地位を保っていた。彼は、俺が自分より上の立場になったことが、腹に据えかねていたのだ。
「ヴァルド伯爵。先日はどうも」
「ふん。貴様のような百姓上がりが、この国の農業を語るなど、片腹痛いわ。どうせ、まぐれ当たりであろう」
彼の言葉に、周囲の貴族たちから同調するような笑い声が上がる。完全にアウェーだった。
だが、俺はここで怯むわけにはいかない。俺は、持参した詳細な資料を広げ、王国全土の農業改革案をプレゼンテーションした。
「私が提唱するのは、『魔法と科学の融合農業』です。各領地の土壌や気候を科学的に分析し、最適な作物を選択する。そして、ローレンツ領で成功した『魔導稲』のように、魔法を補助的に利用して生産性を飛躍的に向上させるのです」
堆肥による土壌改良、輪作の徹底、病害虫に強い品種の開発。俺が語る具体的で論理的な改革案に、最初は馬鹿にしていた貴族たちも、次第に真剣に耳を傾け始めた。
しかし、ヴァルド伯爵だけは、腕を組んだまま冷笑を浮かべていた。
「机上の空論だな。そんなものが、本当に実現できるとでも?そもそも、その『魔導稲』とやらの技術、我が国だけで独占できる保証はどこにある?」
彼の指摘は、核心を突いていた。もし、この技術がガルニア帝国のような敵国に渡れば、それは王国の脅威となりかねない。
「その点は、厳格な管理体制を敷きます。技術の核となる魔法陣の描き方や、マナ親和性の高い種籾は、王家直轄で管理し、許可なく持ち出すことを禁じます」
「口で言うのは簡単だ。だが、貴様のような新参者に、そんな大それた管理ができるのか?」
ヴァルド伯爵は、執拗に俺の出自と経験の浅さを攻撃してくる。彼の狙いは、俺の信用を失墜させ、改革案そのものを潰すことだ。
議論は平行線を辿り、その日の会議は結論が出ないまま終わった。
「ケンイチ様、大丈夫ですか?あのヴァルド伯爵、何かを企んでいるような目をしていました」
王都の屋敷に戻ると、心配したシルヴィアが出迎えてくれた。彼女には、護衛として王都までついてきてもらっていたのだ。
「ああ、分かってる。あいつは、正攻法で俺を潰せないと分かると、また裏で汚い手を使ってくるだろうな」
俺の予想は、当たっていた。
数日後、俺が王家に提出したはずの『魔導稲』に関する極秘資料の一部が、何者かによって盗み出されるという事件が発生した。
そして、その数日後には、王都の裏社会で、その資料の写しが高値で取引されているという噂が流れ始めたのだ。
技術流出の危機。しかも、その嫌疑は、資料の管理者である俺に向けられた。
「ローレンツ改革官!いったいどういうことだ!まさか貴様、国の重要技術を売り飛ばして、私腹を肥やそうとしたのではあるまいな!」
ヴァルド伯爵は、貴族会議の場で、鬼の首を取ったかのように俺を糾弾した。
状況は、最悪だった。俺が犯人ではないと証明できなければ、改革官の地位を剥奪されるどころか、反逆者として断罪されかねない。
ヴァルド伯爵が仕掛けた、巧妙な罠。王都の陰謀に、俺はどっぷりと嵌められてしまっていた。絶体絶命のピンチの中、俺は逆転の一手を探して、必死に思考を巡らせるのだった。




