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第6話「戦争と飢饉~領民を守れ~」

 ヴァルド伯爵との一件が片付いてからしばらく、ローレンツ領には穏やかな日々が続いていた。魔導稲の成功で、我が領地の食糧生産能力は異次元のレベルに達していた。その富は領民に還元され、誰もが笑って暮らせる、理想郷のような場所になりつつあった。

 だが、そんな平和は、突如として終わりを告げる。


「速報!西の隣国、ガルニア帝国が我が王国に宣戦布告!国境付近で、大規模な戦闘が開始された模様!」


 王都から届けられた急報に、屋敷は緊張に包まれた。ガルニア帝国は、好戦的で知られる軍事大国だ。王国全土が、戦争の渦に巻き込まれようとしていた。

 戦争が始まってすぐに、王国から各領地へ通達が出された。それは「食糧徴発令」。戦争を遂行するため、各領地は保有する食糧の七割を軍に供出しろという、過酷な命令だった。


「七割だと……!?そんなことをすれば、領民たちが冬を越せずに飢え死にしてしまう!」


 ガレンが怒りに声を震わせる。他の領地も、似たような状況だろう。今年の収穫だけで、自分たちの分と軍に供出する分の両方をまかなうのは、ほぼ不可能だ。

 王国の上層部は、兵士たちの食糧を確保するため、国民の犠牲もやむなしと考えているのだ。


「ケンイチ様、どうしますか?このままでは……」


 シルヴィアが、不安そうな顔で俺を見る。領民たちも、自分たちの食糧が奪われるのではないかと怯えていた。


 俺は、一晩考え抜いた。そして、決断した。


「国への供出は、行う。だが、領民は一人たりとも飢えさせない」


「しかし、どうやって……?」


 俺は、領地の地図を広げ、ある一点を指さした。それは、領地の外れにある、古くから使われていない大洞窟だった。


「ここに、『隠し倉庫』を作るんだ」


 俺の計画はこうだ。まず、魔導稲の圧倒的な生産力をフル活用し、短期間で追加の収穫を行う。表向きの倉庫には、徴発令に従うだけの食糧を置き、残りの大部分を、あの洞窟に運び込んで隠すのだ。

 幸い、魔導稲は二期作、三期作が容易だ。今から急げば、冬が来る前に十分な量を確保できる。


「それは、国を欺く行為です。もし見つかれば、反逆罪に問われますぞ!」


 ガレンが懸念を示す。確かに、リスクの高い賭けだった。


「分かっている。だが、俺は領主だ。国に忠誠を誓う前に、まず領民の命を守る義務がある。それに、腹が減っては戦はできぬ、だろ?兵士たちを飢えさせるわけにもいかない。だから、両方救うんだよ」


 俺の覚悟に、シルヴィアもガレンも、そして領民たちも頷いてくれた。

 計画は、極秘裏に進められた。昼間は皆で追加の収穫作業に汗を流し、夜になると、収穫した米や野菜を密かに洞窟へと運び込む。洞窟の入り口は、巧妙に偽装され、外からはただの岩壁にしか見えないようにした。


 数週間後、国の徴発官がローレンツ領にやってきた。彼は、俺たちが差し出した食糧の量を見て、満足げに頷いた。


「うむ。ローレンツ子爵領は、実に協力的でよろしい。他の領地は、渋るばかりで困っていたところだ」


 徴発官は、ローレンツ領の『表向きの』備蓄に全く疑いを抱かなかった。まさか、その何倍もの食糧がすぐ近くの洞窟に隠されているとは、夢にも思わなかっただろう。


 戦争は、長引いた。

 王国軍は善戦するも、帝国軍の物量に苦戦を強いられる。そして、懸念していた事態が起きた。国内の食糧不足だ。

 多くの領地が、備蓄のほとんどを徴発されたせいで、深刻な飢饉に見舞われたのだ。餓死者が出たという悲しい知らせが、次々と舞い込んでくる。王都ですら、食糧価格が高騰し、貧しい人々はパン一つ買うのもままならない状況だった。


 そんな中、ローレンツ領だけは、まるで別世界だった。

 隠し倉庫のおかげで、俺たちの食卓からは笑顔が消えることはなかった。それどころか、俺たちは余剰分の食糧を使って、近隣の飢えに苦しむ村へ、密かに支援まで行っていた。

 もちろん、公になれば問題になる。俺たちは、カールの協力のもと、行商人を装って、食糧を困っている人々に届けたのだ。


 やがて、長い冬が終わり、春が訪れる頃、戦争は終結した。アルフォンス王太子の巧みな外交手腕により、王国はガルニア帝国と有利な条件で和議を結ぶことに成功したのだ。


 戦争は終わった。しかし、王国が受けた傷跡は深かった。特に、飢饉による被害は甚大だった。

 そんな中で、一つの噂が王国中に広まり始めた。

「ローレンツ子爵領では、餓死者が一人も出なかったらしい」

「それどころか、周辺の村を助けていたそうだ」


 初めは誰もが信じなかった。だが、事実だと分かると、賞賛の声が巻き起こった。

 戦争と飢饉という国難において、自らの危険を顧みず、民を守り抜いた領主がいる。その名は、ケンイチ・ローレンツ。「耕作貴族」の名は、今や英雄譚として、吟遊詩人によって歌われるまでになっていた。


 この一件で、ローレンツ領の名声は、不動のものとなった。

 そして、アルフォンス王太子は、この未曾有の危機を乗り越えた俺の「農業技術」と「指導力」に、改めて注目することになる。

 王太子からの呼び出し。それは、俺を新たなステージへと導く、大きな転機の前触れだった。

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