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第5話「貴族の陰謀~狙われる領地~」

 ローレンツ領が王国から注目され、俺が子爵に叙せられたという報せは、瞬く間に近隣の領主たちの間に広まった。ほとんどの領主は祝福や称賛の言葉を寄せてくれたが、一人だけ、露骨な敵意を向けてくる者がいた。

 我が領地の西隣を治める、ヴァルド伯爵だ。


 ヴァルド伯爵は、古くからの名門貴族であることを鼻にかける、傲慢で強欲な男だった。彼は、貧乏貴族だったはずの俺が自分よりも注目されていることが、我慢ならなかったのだ。それ以上に、彼はローレンツ領が生み出す莫大な富、つまり、俺の「農業技術」そのものを欲していた。


 最初の異変は、些細なことだった。新しく開拓した農地が、夜間に何者かによって荒らされるという事件が立て続けに起きたのだ。ガレン率いる警備隊が警戒を強めるが、犯人は巧妙で、なかなか尻尾を掴ませない。


「これは単なる魔物の仕業ではない。明らかに、我々の農法を妨害しようとする人間の手によるものだ」


 ガレンは、現場に残された足跡を指し示しながら、悔しそうに言った。


 次に、王都の直営店『耕作貴族の恵み』で、悪い噂が流され始めた。「ローレンツ野菜を食べると腹を壊す」「あの野菜には毒が使われている」など、根も葉もないデマばかりだ。カールが火消しに奔走するが、一度ついた悪いイメージを払拭するのは容易ではなかった。


「ケンイチ様、これは間違いなくヴァルド伯爵の差し金です。彼の領地に雇われている『影』と呼ばれる連中の仕業でしょう」


 シルヴィアが、元冒険者の情報網から得た情報をもたらした。ヴァルド伯爵は、裏で汚れ仕事専門の傭兵団を抱えているらしい。


「あいつ、俺たちの技術が欲しいんだ。だが、正攻法では手に入らないから、嫌がらせで俺たちを潰し、その上で技術者を奪うつもりなんだろう」


 やり方が汚い。貴族のやることとは到底思えなかった。だが、こちらもやられてばかりいるわけにはいかない。直接的な証拠がない以上、王家に訴え出ることもできない。ならば、力で、いや、俺たちらしいやり方で黙らせるしかない。


「――圧倒的な生産力で、格の違いを見せつけてやる」


 俺は、密かに研究を進めていた新しい技術を、実用化する決意を固めた。それは、この世界の「魔法」と、俺の「農業知識」を、真に融合させた究極の農法だった。


 この世界には、マナと呼ばれる魔法の源が満ちている。そして、特定の植物は、そのマナを吸収して成長する性質を持っていた。俺はそれに着目し、品種改良を重ねて、特にマナとの親和性が高い稲の品種を作り出すことに成功していた。

 問題は、どうやって効率的にマナを供給するかだ。そこで俺は、シルヴィアに協力を仰いだ。


「シルヴィア、畑に魔法陣を描いてほしいんだ。作物の成長を促進させる系統の魔法陣を」


「魔法陣、ですか?確かにそのような魔法は存在しますが、広大な畑に効果を及ぼすとなると、膨大な魔力が必要になります。私一人では……」


「いや、君に魔力を注いでもらう必要はない。魔法陣は、あくまで触媒だ。自然界に満ちているマナを、効率よく稲に集めるためのアンテナのようなものだと思ってくれ」


 俺の理論は、こうだ。特殊な鉱物を含んだインクで畑に巨大な魔法陣を描き、そのエネルギーライン上にマナ親和性の高い稲を植える。そうすれば、稲は自ら周囲のマナを吸収し、驚異的なスピードで成長するはずだ。いわば、自然エネルギーを利用した促成栽培システムである。

 俺たちは、この新しい稲を「魔導稲」と名付けた。


 シルヴィアは半信半疑ながらも、俺の設計図通りに、領地で最も日当たりの良い一角に、複雑な幾何学模様の魔法陣を描いてくれた。

 そして、そこに魔導稲の苗を植える。すると、信じられない光景が広がった。

 植えられた苗が、淡い光を放ち始めたのだ。そして、本来なら収穫まで数ヶ月かかるはずの稲が、ぐんぐんと目に見える速さで成長していく。数日が経つ頃には、立派な穂を垂らし、黄金色に輝いていた。


「……信じられない。これが、ケンイチ様の言っていた『魔法と科学の融合』……」


 シルヴィアは、目の前の奇跡に言葉を失っていた。


 魔導稲の収穫量は、従来の稲の十倍以上。しかも、味も香りも格段に良かった。

 俺はこの魔導稲の存在を、あえてヴァルド伯爵の密偵にリークさせた。案の定、ヴァルド伯爵は食いついてきた。彼はついに我慢の限界に達し、ローレンツ領の農業技術者を力ずくで奪おうと、私兵を差し向けてきたのだ。


 だが、それも全て俺の計算通りだった。


「来たか……。ガレン、頼む!」


「お任せを!我がクワの錆にしてくれる!」


 ガレン率いる警備隊が、万全の態勢でヴァルド伯爵の私兵を待ち構えていた。農民上がりの警備隊だと侮っていた私兵たちは、元王国騎士団長に鍛えられた精鋭たちの前に、なすすべもなく打ち破られた。


 この一件は、ついに王家の知るところとなった。私兵を動かして他領に侵攻するなど、許されざる暴挙だ。ヴァルド伯爵は王都に召喚され、厳しい尋問を受けることになった。

 仲裁に入ったのは、聡明さで知られるアルフォンス王太子だった。

 王太子は、ヴァルド伯爵の罪を認めさせつつも、貴族同士の決定的な対立が国益を損なうことを懸念し、俺にある提案を持ちかけた。


「ローレンツ子爵。そなたの怒りはもっともだ。しかし、ここは穏便に収めてはくれぬか。ヴァルド伯爵には、今回の損害の全てを賠償させ、二度とそなたの領地に手を出さないと誓わせよう」


 俺は、その提案を受け入れた。ここでヴァルド伯爵を追い詰めすぎても、新たな火種を生むだけだ。賠償金で領地はさらに潤うし、何より、王太子に恩を売ることができたのは大きい。

 ヴァルド伯爵は、王太子の前で屈辱に顔を歪ませながらも、撤退を約束した。

 だが、去り際に俺に向けられたその目は、決して敗北を認めたものではなかった。それは、より深く、暗い憎悪に満ちた光を宿していた。


 この一件で、ヴァルド伯爵との敵対関係は、もはや誰の目にも明らかとなった。

 平和な農業ライフは、どうやらまだ遠いらしい。俺は、黄金色に輝く魔導稲の畑を見ながら、静かに気を引き締めるのだった。

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