第4話「領地拡大~仲間と共に~」
大商人ギルドとの一件を乗り越え、ローレンツ領の評判は王都で確固たるものになっていた。直営店『耕作貴族の恵み』は連日大盛況で、領地には安定した収益がもたらされる。俺はその資金を元手に、次なる改革に着手した。領地の拡大だ。
具体的には、長年放置されていた廃村の再生と、新たな農地の開拓である。しかし、これには大きな問題があった。魔物の存在だ。
領地の周辺には森が広がっており、そこにはゴブリンやオークといった魔物が巣食っている。農地を広げるには森を切り開く必要があるが、それは魔物の縄張りを侵すことになり、危険が伴う。
「警備兵を雇うにしても、今の人数では開拓地の護衛まで手が回りません」
シルヴィアが懸念を口にする。彼女一人の力は絶大だが、四六時中、開拓民を守るわけにもいかない。専門の警備隊が必要だった。
そんな悩みを抱えていたある日、一人の男が領地を訪れた。年の頃は四十代半ば。鍛え上げられた体に、使い古された鎧を身に着けている。顔には深い傷跡があり、歴戦の強者であることをうかがわせた。
男はガレンと名乗った。元王国騎士団の所属で、ある事情で騎士団を辞め、今は流れ者の傭兵をしているという。
「ローレンツ男爵様。腕の立つ警備兵をお探しと伺い、参上した。俺を雇っていただけないだろうか」
ガレンの目は、真剣そのものだった。俺は彼を屋敷に招き入れ、話を聞くことにした。
「なぜ、こんな辺境の領地に?あんたほどの腕があれば、もっと稼げる場所はいくらでもあるだろう」
「……金のために剣を振るうのは、もうこりごりなのだ」
ガレンは、ポツリと過去を語り始めた。彼は騎士団の中でも屈指の剣士だったが、上官の理不尽な命令に逆らったことで騎士団を追われたのだという。その命令とは、不正な税の取り立てに抵抗した村人たちを、力で鎮圧しろというものだった。
「俺は、民を守るために騎士になった。民を傷つける剣など、持ちたくはなかった」
以来、彼は正義を見失い、ただ日銭を稼ぐためだけに剣を振るってきた。しかし、ローレンツ領の噂を聞き、心を動かされたのだという。貴族でありながら民と共に汗を流し、領地を豊かにしようとする「耕作貴族」がいる。その領地でなら、もう一度、自分の信じるもののために剣を振るえるかもしれない、と。
俺は、彼の話を聞き終えると、即決した。
「ガレンさん。あなたを、このローレンツ領の警備隊長として迎えたい。俺の、俺たちの仲間になってくれないか」
「……よろしいのですか?俺は、国から追われた身だ」
「過去は関係ない。俺は、あなたのそのまっすぐな瞳を信じる」
ガレンは深く頭を下げ、俺への忠誠を誓った。こうして、俺は頼もしい二人目の仲間を得た。冷静沈着な頭脳と戦闘力を持つシルヴィア。そして、実直で圧倒的な武力を持つガレン。彼らがいれば、百人力だ。
ガレンが警備隊長に就任すると、領地の治安は劇的に改善した。彼は村の若者たちに訓練を施し、規律ある警備隊を組織。彼の指揮のもと、警備隊は効率的に魔物を討伐し、開拓作業の安全を確保した。
ガレン自身も、非番の日にはクワを握り、俺や村人たちと共に農作業を手伝った。
「騎士の剣も、農民のクワも、民の暮らしを守るという意味では同じこと。俺は、剣とクワの両方を振るえることを誇りに思う」
そう言って笑う彼の姿は、多くの領民から尊敬を集めた。
安全が確保されたことで、廃村の再生と農地開拓は驚くべき速さで進んだ。廃村には、ローレンツ領の噂を聞きつけた他の領地からの移住者が住み着き、新たな活気が生まれる。開拓された農地には、次々と新しい作物が植えられ、領地の生産力は飛躍的に向上した。
そんなローレンツ領の目覚ましい発展は、ついに王都の中枢にも届くことになった。
ある晴れた日、王家からの紋章を掲げた豪華な馬車の一団が、ローレンツ領に到着した。
現れたのは、宰相をはじめとする王国の重鎮たち。彼らは「農業視察団」として、この辺境の奇跡をその目に確かめに来たのだ。
「こ、これが本当にあのローレンツ領なのか……?」
宰相は、地平線まで広がる緑豊かな畑を見て、絶句していた。彼らの知るローレンツ領は、痩せた土地と貧しい村があるだけの、忘れ去られた辺境だったはずだ。
俺は視察団を案内し、これまでの取り組み――堆肥作り、輪作、三ツ刃クワ、用水路の整備――を丁寧に説明した。貴族たちは、俺が語る科学的で合理的な農法に、ただただ驚きの表情を浮かべるばかりだった。
「素晴らしい……実に素晴らしい、ローレンツ男爵!そなたの知識と実践は、我が国の農業を根底から変えるやもしれん!」
宰相は俺の手を取り、興奮気味にそう言った。
視察団の報告は、すぐに国王と王太子の耳にも入った。ローレンツ領の農業技術は、王国全体にとって計り知れない価値がある。そう判断した王家は、俺に「男爵」から「子爵」への昇爵を決定した。辺境の貧乏貴族だった俺が、一代で爵位を上げたのだ。異例の大出世だった。
領地は広がり、仲間も増え、爵位も上がった。全てが順調に進んでいるように見えた。
だが、光が強くなれば、影もまた濃くなる。
この急すぎる成功が、新たな敵意を呼び覚ましていることに、この時の俺はまだ気づいていなかった。その敵は、すぐ隣で、俺たちの領地を涎を垂らしながら狙っていたのだ。




