第3話「商人との契約、そして敵対勢力」
俺たちが作った堆肥が完成し、それを惜しみなく畑に鋤き込んだ頃、領地には小さな、しかし確実な変化が訪れていた。
痩せこけていた土は黒々とした輝きを取り戻し、そこに植えられたカブや麦の苗は、今までにないほど青々と、力強く育っていた。輪作の効果もてきめんで、病害虫の発生も明らかに少ない。
「すごい……こんなに大きなカブ、見たことがないです」
収穫の日、シルヴィアは赤ん坊の頭ほどもあるカブを抱えて、目を丸くしていた。村人たちも、自分たちの畑で取れた信じられないような大きさの野菜を手に、喜びの声を上げている。
俺が導入した農法――堆肥による土壌改良、輪作、そして品種改良(と言っても、大きく育った個体から種を採るという単純な選抜育種だが)――が、早くも結果を出したのだ。
収穫量は、去年の三倍以上に跳ね上がっていた。
「当主様!当主様のおかげだ!」
「これで冬が越せる……!」
領民たちが、俺の周りに集まってきて口々に感謝を述べる。以前の不審がるような視線はどこにもない。そこにあるのは、純粋な尊敬と信頼の眼差しだった。
「みんなの頑張りがあったからだ。俺は、少し手伝っただけだよ」
俺は照れ隠しにそう言うと、真っ白で瑞々しいカブを一つかじった。シャキッとした歯ごたえと共に、驚くほどの甘みが口いっぱいに広がる。
「――うまいっ!」
これは売れる。絶対に売れる。俺は確信した。
借金返済の期日が迫っていた。収穫祭の喜びもそこそこに、俺は次の一手を打つことにした。それは、収穫した作物の販路開拓だ。
そんな折、一人の行商人がローレンツ領に立ち寄った。名をカールという。痩せた体に抜け目のない瞳をしたいかにも商人らしい男だったが、他の商人たちのように高圧的な態度はとらなかった。
「これは見事なカブですな、男爵様。まさか、あの不毛のローレンツ領でこれほどのものが採れるとは」
カールは、俺たちのカブを手に取ると、専門家のような目つきで吟味し始めた。
「買い叩きに来たのなら、他を当たってくれ。このカブには、それだけの価値がある」
「滅相もございません。私はただ、良い品を適正な価格で取引したいだけです」
カールはそう言うと、驚くべき提案をしてきた。
「もしよろしければ、これらの作物を私が王都で販売させていただきたい。価格は、通常市場価格の三割増し。その代わり、この『ローレンツ野菜』の独占販売権を私にいただけませんか?」
三割増し。破格の条件だった。他の商人なら、足元を見て半値で買い叩こうとするのが関の山だろう。
「なぜだ?あんたに何の得がある?」
「商売の匂いがするからですよ」
カールはニヤリと笑った。
「辺境の貧乏領地が、突如として最高品質の野菜を作り始めた。この『物語』は、王都の食い道楽な貴族や金持ち共に高く売れます。味はもちろん、その背景にあるストーリーが、商品の付加価値になるのです」
こいつ、分かっている。俺がやろうとしていた「ブランディング」の本質を、一発で見抜いたのだ。
俺はカールと固い握手を交わし、専属契約を結んだ。借金取りのボル商会に支払う金貨三百枚は、カールが前金として即金で支払ってくれた。これで、当座の危機は乗り越えられた。
カールが王都で『ローレンツ野菜』の販売を始めると、その評判は瞬く間に広がった。
「奇跡の野菜」
「辺境の土が生んだ至高の味」
そんなキャッチコピーと共に、俺たちの作ったカブや麦は、王都の高級レストランや貴族の食卓を席巻した。特に、甘くて瑞々しいカブで作ったスープは、美食家の間で大流行となった。
ローレンツ領には、カールを通じて莫大な利益がもたらされ始めた。借金は順調に返済され、領地の財政は急速に改善していく。俺はその金で新たな農具を揃え、用水路を整備し、領民たちの生活を豊かにしていった。
だが、物事が順調に進みすぎると、必ずそれを妬む者が現れる。
ある日、カールが血相を変えて屋敷に駆け込んできた。
「男爵様、厄介なことになりました!大商人ギルドが我々の取引に圧力をかけてきました!」
大商人ギルド。王都の商業を牛耳る巨大組織だ。彼らは、新参者のカールと俺たちが市場を荒らすのを快く思わなかったらしい。
「ギルドに加盟している全ての商店、レストランに対し、『ローレンツ野菜』の取り扱いを禁止する通達が出されました。このままでは、我々の作物は王都で売れなくなってしまいます!」
カールの報告に、屋敷の空気は一気に重くなる。せっかく掴んだ成功が、巨大な権力によって潰されようとしていた。
「……分かった。こっちにも考えがある」
俺は冷静にそう告げた。ピンチはチャンスだ。ここで引き下がる俺ではない。
俺はカールに、ある計画を打ち明けた。
「こうなったら、俺たち自身で直接販売ルートを作る。ギルドに頼らない、新しい流通網をだ」
俺の計画はこうだ。まず、王都の外れに、ローレンツ領の直営店を出す。そこを拠点に、ギルドに加盟していない個人経営の小さなレストランや一般家庭に向けて、直接野菜を販売するのだ。
さらに、目玉商品として「野菜の詰め合わせボックス」を考案した。これは、旬のローレンツ野菜を数種類箱詰めにして、定期的に顧客の家まで配達する、いわゆる「野菜宅配サービス」だ。
「面白い!さすがは男爵様だ!」
カールは俺の計画に目を輝かせた。
「ギルドの締め付けが厳しい今だからこそ、逆に高品質な野菜を求める声は高まっています。我々が直接届けるとなれば、喜ぶ客は多いはず!」
計画はすぐに実行に移された。カールが王都で店舗と配達員の手配に走り回り、俺は領地で安定供給のための生産計画を練り直す。
直営店の名は『耕作貴族の恵み』。なんともまあ、そのまんまの名前だが、分かりやすさが一番だ。
開店初日。店の前には、ギルドの圧力にもかかわらず、『ローレンツ野菜』の味を忘れられない人々が長蛇の列を作った。
「野菜ボックス」の申し込みも殺到し、配達員たちは嬉しい悲鳴を上げた。
大商人ギルドの目論見は、完全に外れた。彼らが販路を塞げば塞ぐほど、『ローレンツ野菜』の希少価値は高まり、かえってブランド力を強化する結果となったのだ。
俺たちは、敵の妨害を逆手にとって、より強固な地盤を築き上げることに成功した。
しかし、この一件で、俺は甘い考えを捨てなければならないことを痛感した。
俺たちの成功を妬み、潰そうとする敵は、大商人ギルドだけではないだろう。
これから先、もっと大きな権力を持つ敵――そう、他の貴族たちが、この豊かな土地に目をつけないはずがなかった。




