エピローグ「耕作貴族」
それから、数年の月日が流れた。
ローレンツ農業連合国の首都――かつて俺の屋敷があった場所にほど近い丘の上に、一つの壮大な学び舎が建てられた。
『王立ローレンツ農業学院』。
ここは、世界で初めての、農業を専門に教える最高学府だ。俺が体系化した「魔法と科学の融合農業」を学ぶため、世界中から様々な種族の若者たちが集まってきていた。肌の色も、耳の形も、話す言葉も違う彼らが、同じ教室で土の成り立ちを学び、同じ実習農場で汗を流している。
「学院長、本日の講義の準備ができました」
「ああ、ありがとう」
学院長室で、俺は助手に声をかけられ、分厚い教科書から顔を上げた。そう、何を間違ったのか、俺はこの学院の初代学院長に就任してしまったのだ。まあ、名誉職みたいなもので、実際の運営は優秀なスタッフに任せきりなのだが。
講義の時間まで、まだ少しある。俺は、窓から学院の広大な農場を見下ろした。
そこには、学生たちに混じって、楽しそうにクワを振るうシルヴィアやガレンの姿があった。カールは、収穫された野菜を品定めしながら、商売の極意を学生たちに説いている。みんな、この場所が大好きなのだ。
俺は、こっそりと学院長室を抜け出し、いつもの麦わら帽子を被って、自分の「秘密の畑」へと向かった。学院の裏手にある、小さな小さな畑だ。ここで新作物の品種改良をこっそり行うのが、俺の最近の楽しみだった。
「んー、今年のトマトは甘みが強いな。よし、この株から種を採ろう」
土の匂いを嗅ぎ、作物の成長に一喜一憂する。やっぱり、俺はこれが一番だ。
国の代表だとか、学院長だとか、そんな肩書はどうでもいい。
「貴族も百姓も、食べることは一緒だ。なら、良い作物を作ろうじゃないか」
俺はそうつぶやくと、真っ赤に実ったトマトを一つもぎ取り、ガブリと齧った。
太陽の味がした。
俺の「耕作貴族」としての日々は、これからも、この豊かな大地と共に続いていく。




