第12話「そして、未来へ~ローレンツ領の明日~」
邪神との戦いから、一年が過ぎた。
あの最終決戦の後、王国は驚異的な速さで復興を遂げていた。その原動力となったのは、言うまでもなく「農業」だ。
俺たちが守り抜いた月光麦の種は、王国全土に配布された。その浄化の力で、瘴気に汚染された大地は次々と蘇り、大旱魃で失われた緑が、再び王国を覆い尽くしていった。
俺が提唱した「魔法と科学の融合農業」は、もはや誰も反対する者はおらず、国家プロジェクトとして力強く推進された。改心したヴァルド伯爵も、今では一番の推進役として、俺の右腕となって働いてくれている。人は、変われるものらしい。
そして、俺たちのローレンツ領。ここはもはや、ただの一貴族の領地ではなかった。
「ローレンツ農業連合国」
いつしか、人々はそう呼ぶようになっていた。邪神との戦いの中で受け入れた多くの難民たちは、そのまま領地に定住することを選んだ。ドワーフの鉱山都市、エルフが暮らす森の集落、獣人たちの牧草地帯。様々な種族が、それぞれの文化を尊重しながら、農業という共通の目的のもとに共存する、新しい国家の形がそこにはあった。
俺は、その連合国の初代代表に選ばれたが、そんな仰々しい肩書は性に合わない。相変わらず、皆からは「ケンイチ様」とか、「耕作貴族様」と呼ばれている。
王国からの独立という形になったが、アルフォンス王太子――今や国王陛下となった彼との友好関係は揺らいでいない。ローレンツ農業連合国は、王国にとって最も重要な食糧供給地であり、不可欠なパートナーとして、新しい関係を築いていた。
シルヴィアは、神殿騎士団の再編を国王から依頼されたが、それを固辞し、俺の側に残ることを選んだ。「私の守るべきものは、この土地にありますから」と、はにかみながら言う彼女の頬は、少し赤かった。
ガレンは、連合国の警備隊総長として、多種族が暮らすこの国の治安維持に奔走している。彼の剣もクワも、今やこの国を守るために振るわれている。
カールは、連合国の商務長官だ。彼の商才は、俺たちの作る農作物を世界中に広め、連合国に莫大な富をもたらしていた。「いやあ、耕作貴族様と組んだのが、生涯で一番の儲け話でしたな!」と、彼は今日も笑っている。
俺たちの領地は、世界で最も豊かで、平和な国になった。
だが、そんな大きな変化の中でも、俺自身の生活は、ほとんど変わっていない。
「ケンイチ様、また畑ですか?今日は国王陛下との会談が……」
「ああ、シルヴィア、すまん。このカブの出来が気になってな。もうちょっとだけ」
俺は、新品種のカブの葉についた朝露を指で拭いながら、その成長具合を確かめる。ふかふかの黒い土の匂い、太陽の光、心地よい風。ここが、俺の原点であり、俺が一番落ち着ける場所だ。
貴族として国を動かすことよりも、百姓として土を耕している方が、どうにもしっくりくる。
俺は空を見上げた。どこまでも続く、青い空と緑の大地。
この世界に来て、絶望の淵から始まった俺の人生。
だが、たくさんの仲間と出会い、領民たちと力を合わせることで、こんなにも素晴らしい未来を築くことができた。
俺は、これからも「耕作貴族」として生きていく。
この愛すべき土地で、最高の作物を作り、大切な人たちと笑いながら。
「さて、と。今日の会談が終わったら、あそこの畑に新しい堆肥を入れないとだな」
俺はクワを肩に担ぎ、未来へと続く道を、力強く歩き始めた。




