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第11話「最終決戦~耕作貴族、王都を救う~」

「逃げろ!」


 ガレンの絶叫が、崩れ落ちる遺跡に響き渡った。俺たちの目の前に現れた邪神の眷属は、この遺跡そのものが本体であるかのように、圧倒的な力で襲いかかってきた。

 ガレンが盾となり、シルヴィアが稲妻のような剣で応戦するが、相手は実体を持たない瘴気の塊。物理攻撃も魔法も、決定的なダメージにはならない。


「ケンイチ様、種を!種だけは必ず!」


 シルヴィアが叫ぶ。彼女の瞳には、かつて仲間を守れなかった後悔と、今度こそ守り抜くという強い決意が宿っていた。


 俺は、カールに肩を貸されながら、必死に出口を目指した。背後で響く轟音と、仲間たちの苦悶の声に、何度も振り返りそうになる。だが、今は進むしかない。この『月光麦』の種を、光のもとへ届けるために。

 命からがら遺跡を脱出した俺たちを待っていたのは、さらに絶望的な光景だった。

 邪神の活動が、本格的に始まったのだ。

 ローレンツ領だけでなく、王国全土の空が、どす黒い雲に覆われ始めていた。大地は次々とその生命力を失い、王都からも悲鳴が聞こえてくる。


「時間がない……!」


 俺は、領地で最も清浄な土壌が残っている一角――シルヴィアが最初に魔法陣を描いた、あの魔導稲の畑――に、月光麦の種を蒔いた。

 だが、種は芽吹かない。瘴気が強すぎるのだ。


「くそっ、どうすれば……」


 焦る俺の耳に、シルヴィアの声が届いた。


「……ケンイチ様、私の血を」


 傷だらけの体で遺跡から戻ってきた彼女は、自らの腕をナイフで切りつけ、その血を大地に滴らせた。


「神殿騎士の血には、聖なる力が宿っています。わずかですが、邪神の呪いを和らげるはず……」


 彼女の血が染み込んだ大地で、月光麦の種が、かすかに銀色の光を放った。

 芽が出る!

 だが、成長が遅すぎる。邪神が世界を完全に蝕む方が早いだろう。


「もっと、もっと聖なる力が必要なんだ……」


 俺がつぶやいた、その時。


「ならば、我らの祈りを捧げよう」


 声の主は、領民たちだった。俺たちが戦っている間に、彼らは皆、この畑に集まっていたのだ。難民たちも、ヴァルド伯爵の領地から逃れてきた人々も、みんな。


「当主様は、我らを救ってくれた」


「今度は、我らがこの世界を救う番だ」


 人々は、月光麦が植えられた畑の周りで、輪になって祈りを捧げ始めた。一人一人の祈りは小さい。だが、何千、何万という人々の、純粋な感謝と希望の祈りが一つになった時、奇跡が起きた。


 畑全体が、温かい光に包まれた。人々の祈りが、聖なるエネルギーとなって、月光麦に注がれていく。

 銀色の芽は、ぐんぐんと天に向かって伸びていき、瞬く間に美しい穂を実らせた。その穂から放たれる清らかな光は、天を覆う黒い雲を貫き、瘴気を浄化していく。


「オオオオ……!我ガ力ガ……!」


 邪神の苦しむ声が、世界中に響き渡った。

 だが、邪神も最後の抵抗を試みる。瘴気を一点に集中させ、巨大な化身となって王都を直接破壊しようとしたのだ。


「行かせるか!」


 俺は、収穫した月光麦の穂を手に、馬を走らせた。ガレン、シルヴィア、カールも、ボロボロの体で後に続く。

 王都の城壁の上には、アルフォンス王太子と、そして意外な人物――ヴァルド伯爵の姿もあった。彼は、自らの領地が壊滅していく様を目の当たりにし、ようやく己の過ちに気づいたのだろう。


「ローレンツ子爵!この国を、頼む!」


 王太子の声援を受け、俺は月光麦の穂を高く掲げた。


「俺は、剣も魔法も使えない、ただの百姓だ!でもな、知ってるんだよ!この世界で、本当に強い力ってやつを!」


 俺は、麦の穂から種を一粒取り、それを天に向かって投げた。


「それはな、土の力だ!生命を育む、この大地の力なんだよ!」


 俺の言葉に呼応するように、王都中の人々が、家から、店から、食料庫から、ありったけの種――麦を、豆を、野菜の種を持ち寄って、天に投げ始めた。

 一つ一つの種は小さい。だが、何百万、何千万という種が、人々の祈りと共に舞い上がる。

 その無数の種が、月光麦の聖なる光と共鳴し、巨大な光の渦となった。


「農業の力こそ、世界を救う!」


 俺は、そう叫んだ。

 光の渦は、邪神の化身を飲み込み、その邪悪な存在を、塵一つ残さず浄化し尽くした。


 黒い雲は消え去り、空には久しぶりの青空が広がった。

 大地からは瘴気が消え、乾いた土には潤いが戻り始めていた。

 人々は、空を見上げ、涙を流し、そして、抱き合った。

 貴族も、平民も、商人も、騎士も、関係ない。みんなで、力を合わせて、世界を救ったのだ。

 俺は、仲間たちと顔を見合わせ、泥だらけの顔で、ただ笑いあった。

「耕作貴族」、王都を救う。いや、世界を救う。長くて短い戦いが、ようやく終わりを告げた瞬間だった。

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