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召喚されたら、俺の武器は「逃げ足」だけだった。 〜チートなし陸上選手、少女と二人で絶望世界を生き抜く〜  作者: 品川太朗


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第7話:生贄の秘密

塔での「偽りの平穏」に、笑顔を取り戻し始めたエララ。 しかし、海斗の疑念は、日に日に深まっていきます。


なぜ、食料は尽きないのか? なぜ、「見えない敵」は、この塔だけを襲わないのか?


今夜、海斗は、その「不自然な平和」の秘密を暴くため、 リーダーたちの後を追います。 彼がそこで目にする、「生存者の掟」とは――。


※注:今回の内容は、少しショッキングな描写を含みます。

塔での生活が数日過ぎ、エララは少しずつ、地下聖堂で失っていたはずの笑顔を取り戻し始めていた。

自分と年の近い子供を見つけては、拙い会話を交わし、炊き出しを手伝う女たちからお下がりの干し果物を分けてもらう。

その光景は、海斗の心を、針の先ほどではあるが和ませた。だが同時に、彼が抱く違和感を、より一層濃く、不吉な輪郭で縁取ってもいた。

おかしい。何もかもが、整いすぎている。

この飢えた廃墟で、なぜこれだけの食料が安定して存在する?

傷を負った者たちが使う包帯は、なぜあんなにも清潔で、使い古されていないのか。

そして何より、あれほど執拗に街を蹂躙していた「見えない敵」の気配が、この塔の周囲からだけ、まるで清められたかのように綺麗に消え去っているのは、なぜだ。

海斗の疑念は、リーダーの男が指揮する、定期的な「物資調達」へと収斂しゅうれんしていった。

選抜された数人の部下を率いて外へ出ていくが、彼らは常に、誰一人欠けることなく、そして疲弊した様子もなく帰還する。

まるで、安全が約束された隣町へ、散歩にでも行くかのように。

「あなたは、皆さんのことを信じていないのですね」

ある時、スープを運んできたエララが、不満そうな声で言った。

彼女は、海斗がコミュニティの輪に入ろうとせず、常に壁際でリーダーたちの動向を、獲物を観察する獣のように見つめていることに気づいていた。

「せっかく、皆さん親切にしてくださるのに……失礼ですわ」

「……」

「もう隠れたり、逃げたりするのは嫌です。私は、ここにいたいです」

エララの言葉は、海斗の耳を通り抜け、冷たい壁に吸い込まれて消えた。

彼女の笑顔を守っている「平穏」が、あまりにも脆い、いびつな硝子細工である予感がしたからだ。

彼は、ただ生き延びるため――そして、この少女を本当に守るため――に、この偽りの安息に隠された秘密を暴くことを決意していた。

その夜、海斗は息を殺して闇に紛れていた。

リーダーの男と老兵を含む数人が、いつものように「物資の散策」へと出ていく。

海斗は彼らの後を、まるで影が剥がれたかのように、音もなく追跡した。

街灯一つない廃墟の街を、彼らはなぜか、松明も持たずに正確な、迷いのない足取りで進んでいく。

まるで、目的地と安全なルートが、あらかじめ地図に記されているかのように。

彼らが向かったのは、塔からかなり離れた、廃工場の区画だった。

物資を漁る様子はない。

彼らは、何かを引きずるようにして工場の一角へ入ると、わずか数分で、今度は手ぶらで出てきた。そして、一言も交わさず、来た道を引き返していく。

(何をしている……?)

海斗は、彼らの足音が完全に消えるのを待ち、さらに5分、息を殺した。

罠の可能性を最大限に警戒しながら、慎重に、まるでスプリントの直前のように筋肉を制御し、工場へと侵入する。

そして――凍りついた。

工場の奥、剥き出しの鉄骨に、一人の男が縛り付けられていた。

口は汚れた布で猿轡さるぐつわを噛まされ、恐怖に限界まで見開かれた目で、暗闇の中の海斗を捉え、必死に何かを訴えている。

その服装は、塔の住人のものではない。

おそらく、あの狼煙を見てやってきた、海斗たちと同じ「生存者」なのだろう。

助けるべきか。いや、罠だ。

海斗の思考が、助命と警戒の間で激しく火花を散らした、その時だった。

空気が、陽炎のように揺らめいた。

ゆっくりと、しかし抗いようもなく、空間の歪みから姿を現す、既視感のある蜘蛛クモのような多脚のシルエット。

その中心で、赤黒い単眼が、縛られた男を、まるで皿の上のご馳走でも見るかのように冷たく捉える。

男が声にならない絶叫を上げ、全身を痙攣けいれんさせた。

スペクターは、何の躊躇も、何の感情も見せず、光線を放った。

閃光。オゾンと肉の焼ける匂い。そして、沈黙。

殺戮――いや、食事――を終えたスペクターは、満足したかのように、再びその姿を光学迷彩の奥へと溶かし、どこかへと去っていった。

海斗はその場で、ただ立ち尽くすしかなかった。

全身から、血の気が引いていく。

全てを、理解した。

このコミュニティは、スペクターと戦っているのではない。隠れているのでもない。

取引を、しているのだ。

希望の狼煙で他の生存者をおびき寄せ、捕らえ、定期的に「生贄」として捧げる。

その見返りに、塔への攻撃を免除してもらう。

それが、あのリーダーが語った「生存者の掟」。

エララが取り戻した笑顔も、あの温かいスープも、清潔な包帯も、すべて。

他の生存者の、絶望的な死の上に成り立っていたのだ。

第7話「生贄の秘密」、お読みいただきありがとうございました。


全て、繋がりました。 狼煙は、生存者を集めるための「餌」。 定期的な物資調달(調達)とは、捕らえた生存者を「生贄」として捧げる儀式。 その対価として得られる、限定的な「安全」。


それが、この塔の「平穏」の正体でした。 エララの笑顔も、温かいスープも、全てが他の誰かの犠牲の上に成り立っていたのです。


真実を知ってしまった海斗。 そして、何も知らずに塔での暮らしを信じているエララ。 彼らの運命は、どうなってしまうのか。


次回、逃げ場のない塔で、海斗は絶体絶命の窮地に立たされます。


もし「嘘だろ…」「海斗、早く逃げて!」と息を呑んでいただけましたら、 【ブックマーク】や【★★★★★】での応援、どうぞよろしくお願いいたします! (皆様の応援が、海斗の次の「逃走」の力になります!)

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