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召喚されたら、俺の武器は「逃げ足」だけだった。 〜チートなし陸上選手、少女と二人で絶望世界を生き抜く〜  作者: 品川太朗


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第3話:生存者の哲学

「見えない敵」による一方的な殺戮から、間一髪、地下聖堂へと逃げ込んだ二人。 ようやく一息つけるかと思われた、その時。


海斗に向けられたのは、感謝の言葉ではありませんでした。 絶望的な現実を突きつけられた少女が、最後に残った「希望(勇者)」にぶつける、悲痛な叫び。


二人の関係が、ここで決まります。

広場を支配していた不可視の気配が、潮が引くように遠ざかるまで、どれだけの時間が経っただろうか。

それは、永遠のようにも、あるいはほんの数瞬のようにも感じられた。

海斗は、エララの小さな口を押さえつけていた自分の手を、ゆっくりと離した。汗で湿った手のひらに、少女のか細い呼吸の熱が残っている。

腕の中で、エララは恐怖に凍りついたまま、小刻みに体を震わせていた。

だが、感傷に浸る余裕はない。あの兵士たちの最期が、網膜に焼き付いている。安全な場所を確保するのが最優先だった。

「行くぞ」

海斗は、陸上競技のスタート前に似た、低く抑えた声で告げる。

再びエララの手を掴む。その指先は氷のように冷え切っていた。

海斗は音を殺しながら、あの惨劇の広場から最も遠ざかる方角へ、崩れた建物の影から影へと縫うように移動を再開した。

幸い、というべきか、あの「見えない敵」は、生存者の掃討よりも、街そのものの破壊に執心しているようだった。破壊の痕跡は凄まじいが、執拗な捜索の気配はない。

潜伏場所を見つけるまで、そう時間はかからなかった。

海斗は、かつて王都の地下に張り巡されていたという下水道の入り口――鉄格子の割れた暗い穴――を見つけると、一瞬の躊躇もなくそこへ滑り降りた。

腐敗した水の悪臭と、肌を舐める湿気が二人を迎える。

暗闇の中を、壁伝いに慎重に進む。やがて、その先の、おそらくは古い教会の地下聖堂と思われる空間に出た。

分厚い石壁が、地上の絶望的な物音を完全に遮断している。入り組んだ構造は、万が一の際にも時間を稼げるだろう。

ここならば、しばらくは見つからない。

張り詰めていた緊張の糸が、わずかに緩む。

海斗が壁に背を預け、トラックを走り終えた後のように荒い息を整えていると、それまで人形のように感情を失っていたエララが、初めて口を開いた。

「……なぜ、戦わないのですか」

それは、地下の冷気の中で震える、か細く、けれど芯の通った声だった。

海斗が顔を上げると、エララは暗闇に慣れた目で、真っ直ぐにこちらを見つめていた。その小さな瞳には、恐怖や悲しみではなく、燃え残りの熾火おきびのような、静かな非難の色が浮かんでいる。

「あなたは、『勇者』なのでしょう?」

勇者。

その言葉が、棘のように海斗の胸の奥に突き刺さる。

そうだ、彼女の両親は、自らの命を燃料にして、この異世界から「鍵」だか「特異点」だかを召喚したのだ。それはきっと、あの見えない理不尽な敵を打ち払い、世界を救うための、最後の希望だったに違いない。

だというのに、今、目の前にいるのは、武器一つ持たず、ただ瓦礫の陰に隠れ、汚水の中に逃げ込むことしかしない、異様な服を着た少年。

「お父様と、お母様の覚悟を……無駄にする気ですか」

エララの声が震える。その瞳から、堰を切ったように、堪えていた大粒の涙が再び溢れ出した。

海斗は、しばらく黙ってその涙を見ていた。その感情の奔流を、まるで対岸の火事のように、冷静に観察していた。

やがて、静かに、そして冷徹なほど落ち着いた声で答える。

「俺に、特別な力はない」

「……え?」

「魔法も使えない。剣なんて、体育の授業で竹刀を振ったことがあるだけだ。俺にあるのは、お前より少しだけ速く走れる足と、そのための体力だけだ。それだけだ」

海斗はゆっくりと立ち上がり、暗闇の中で涙に濡れる小さなエララを、冷たく見下ろした。体格差が、絶望的なまでの力の差を象徴しているかのようだ。

「いいか、よく聞け」

「戦えば、死ぬ。俺もお前も、あの広場の兵士たちのようにな。一瞬で、挽肉みたいに殺される」

その言葉は、地下聖堂の石壁に反響することなく、重く冷たく二人の間に落ちた。

「生き残りたければ、黙って俺の言うことを聞け」

「それが嫌なら、一人でどこへでも行けばいい。あの『勇者』とやらを探しにでも行くんだな」

突き放すような、残酷なまでの現実だった。

エララは唇を強く噛みしめ、悔しそうに顔を歪める。

だが、何も言い返せなかった。

この死の世界で、たった一人で生きていけないことなど、幼い彼女にも痛いほど分かっていたからだ。

沈黙が、冷たい地下室に満ちた。

それはもはや、隠れ潜む者の静けさではなかった。

二人の間に、決して交わることのない価値観が引いた、深く暗い亀裂の音だった。


第3話「生存者の哲学」、お読みいただきありがとうございました。


「戦えば、死ぬ。嫌なら一人で行け」


これは、チート能力を持たない高槻海斗が、アスリートとしての分析眼で導き出した、あまりにも現実的な答えです。 エララが期待した「勇者」の姿ではなく、極限状況を生き抜く「生存者サバイバー」の冷徹な宣告でした。


この言葉が、二人の間に決定的な亀裂を生みます。


信じるものが何もかも違う二人は、この死の世界で、どうやって「共生」していくのか。 そして、このまま隠れていても、二人は飢えと渇きで死んでしまいます。


次回、沈黙が支配する地下室で、海斗が「生きる」ために、最初の行動を起こします。


もし「この二人の関係、どうなっちゃうの?」「続きが気になる」と思っていただけましたら、 【ブックマーク】や【★★★★★】での応援、どうぞよろしくお願いいたします! (皆様の応援が、海斗を走らせる原動力です!)

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