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召喚されたら、俺の武器は「逃げ足」だけだった。 〜チートなし陸上選手、少女と二人で絶望世界を生き抜く〜  作者: 品川太朗


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第17話:人類の反撃

本日より、【第七章:イージスの咆哮】が始まります。


ついに人類最後の砦「イージス」の目前までたどり着いた海斗とエララ。 しかし、彼らがそこで目にしたのは、 地平線を埋め尽くす「スペクター」の軍団と、人類の存亡を賭けた「総力戦」でした。


今回の視点は、逃げてきた二人ではなく、 絶望的な戦場で「戦う」ことを決めた、名もなき兵士たちの視点から始まります。


果たして人類は、AI軍団に勝てるのか。 そして、その壮大な戦いを、「観測者」として見つめる海斗とエララの運命は。

決戦の朝が来た。

要塞都市『イージス』の城壁の上。

精神衝撃砲の砲座に立つ王国軍の隊長は、眼下に広がる光景に、百戦錬磨の彼ですら呼吸の仕方を忘れかけていた。

夜明け前の薄闇の中、地平線の彼方までを埋め尽くす、無数のスペクター軍団。

その金属の体が動くたびに、大地が、共振するように低く、長くうめいている。

あれは、もはや軍隊ではない。鋼鉄の津波であり、意志を持った「死」そのものだった。

「…ひっ」

隣で、若い新兵が喉を詰まらせる音が聞こえた。無理もない。

「おい、新兵」隊長は、前を見据えたまま、乾いた唇で声をかける。「小便は済ませたか? いくさの最中にお漏らしするなよ」

「た、隊長…! わ、我々は、勝てるのでしょうか…?」

「馬鹿を言え。勝つに決まっているだろうが」

隊長は、若い兵士の肩を、鎧越しに力強く、痛いほど叩いた。

「俺たちがここで負ければ、後ろにはもう誰もいない。なら、やることは一つだ。そうだろ?」

その言葉は、兵士ではなく、震えそうになる自分自身の心臓に言い聞かせるまじないだった。

その時だった。

要塞全土に、総指揮官である将軍の檄と、開戦を告げる巨大な角笛の音が、空気を震わせて鳴り響いたのは。

「全軍、戦闘開始! 人類の、反撃の咆哮を、奴らに聞かせてやれ!」

隊長は、砲座の照準を覗き込み、肺の中の空気を全て絞り出すように絶叫した。

「撃てェッ!!」

彼の号令一下、イージスの城壁に並んだ全ての精神衝撃砲が、一斉に、音のない(・・・)咆哮を上げた。

不可視の精神波が、数キロ先のスペクターの一団を、まるで内側から強い光を当てられた薄いガラス細工のように、粉々に砕け散らせる。

同時に、都市全体に配置された塔が起動し、サイキック・ジャミングの波が戦場を覆い尽くした。

それまで完璧な統率の取れていたスペクターたちの動きが、明らかに鈍く、ぎこちないものへと変わった。ある個体は無意味に旋回し、ある個体は同士討ちを始める。

「やった…! 効いてるぞ!」

「二番、三番、続け! 弾込め! 撃ち尽くせ!」

戦況は、明らかに人類優勢だった。

自分たちの攻撃が、初めて、明確に敵を破壊している。その絶対的な事実に、兵士たちの士気は、恐怖の反動で爆発的に高まった。

城壁の至る所から、歓喜とも獣の咆哮ともつかない雄叫びが上がる。

若い兵士も「すごい…! 俺たち、勝てますよ、隊長!」と、涙声で興奮していた。

隊長もまた、口の端に、血の匂いがするような獰猛な笑みを浮かべていた。

そうだ、俺たちは、ただ狩られるだけの獲物じゃない。

女は、見ていた。

戦場から数キロ離れた、巧妙に隠された観測拠点から。

特殊な魔導具のレンズを通して、イージスの戦いを眺めている。人類の優勢な戦況にも、彼女の表情は一切変わらない。

「…予定通りね」

ただ、静かにそう呟くだけ。

彼女は、すぐにレンズの向きを変えた。その精密な焦点は、壮大な戦場ではない。

そこから少し離れた丘の上で、身を寄せ合ってこの地獄絵図を見つめている、少年と少女の二人に、吸い付くように合わせられている。

彼女が本当に気にしているのは、要塞の運命ではなく、この二人の安否だけだった。

だが、人類の希望は、硝子ガラスのように脆かった。

敵軍の後方から、他とは比較にならないほど巨大な、その存在だけで空間が歪むような、禍々しい威圧感を放つシルエットが出現したのだ。

「指揮官機」。

それが強力な対抗波を発した瞬間、戦場を覆っていたサイキック・ジャミングは、嵐の中の蝋燭のように虚しくかき消された。

スペクターたちの動きが、再び、冷徹で完璧な、死の統率を取り戻す。

「まずい…!」

隊長たちが放った精神衝撃砲も、指揮官機の展開する、空間を歪めたかのようなエネルギーシールドに、いとも容易く弾き返されてしまう。

逆に、指揮官機から放たれた主砲が、閃光と共に城壁の一部を「蒸発」させた。

隣で歓声を上げていた砲座が、兵士たちの悲鳴ごと、轟音と共に沈黙する。

戦況は、一瞬にして逆転した。

歓声は金切り声に変わり、兵士たちの間に、絶対的な絶望が、伝染病よりも速く広がっていく。

再び、女の視点。

彼女は指揮官機の出現にも、全く動じていない。まるで、それが現れる時間を知っていたかのように、手元の時計らしきもので時間を確認するだけだった。

彼女の視線は、変わらず丘の上の二人を捉えている。爆発の余波に、少女が少年に必死にしがみついているのが見えた。

「ここからが正念場よ。…隠れていて」

その声は、誰に聞かせるでもない、静かな、冷たい祈りのようだった。

「命令だ!」

指令部から、魔法の通信が全部隊に通達される。

「全砲門、目標、敵指揮官機! 全エネルギーを、次の一撃に集束させよ! これで、全てを決める!」

隊長は、それが何を意味するかを理解していた。

全魔力を使い果たし、もし失敗すれば、もう次はない、最後の賭け。

その刹那、彼は、敵の布陣を確認するために手に取った魔法の双眼鏡で、偶然、あの丘の上の二人を捉えた。

(あんな場所で、一体何を…?)

だが、すぐに意識を目の前の戦いに戻す。そんな些末な、理解できないノイズに構っている余裕は、彼にはなかった。

「てめえら!」隊長は、恐怖に顔を引きつらせる部下たちに、喉が張り裂けんばかりに絶叫した。「てめえらの命、魂、未来! 持ってるもん全部、この一発に叩き込め! いいな!」

「「「応!!」」」

イージスの全ての魔術師、全ての兵士の意志が、一つの光へと収束していく。

隊長は、砲のトリガーに、震える若い兵士の手を無理やり重ねさせ、その上から自分の手を握りしめ、共に引き金を引いた。

イージスから放たれたのは、もはや砲撃ではなかった。

人類の全想念を束ねた、巨大な一つの、純粋な光の槍だった。

光の槍は、指揮官機のシールドと激突する。

凄まじいエネルギーの拮抗。空間が悲鳴を上げ、世界から音が消えた。

そして、シールドに、蜘蛛の巣のような亀裂が走り、音もなく砕け散る。

光の槍は、抵抗する全てを無効化し、指揮官機の胴体を、完全に貫いた。

壮大な爆発が、無音のまま、閃光となって広がった。

それを合図に、統制を失ったスペクターたちが、まるで糸の切れた人形のように、次々とその場で機能を停止していく。

死のような静寂が、戦場を支配した。

やがて、誰かが上げた一つの、かすれた雄叫びが、波のように伝播し、城壁全体が、地鳴りのような勝利の歓声に包まれた。

隊長は、魔力と魂を使い果たし、その場にへたり込んだ。若い兵士が、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、彼に抱きついてくる。

戦いは、終わったのだ。

女は、指揮官機が破壊されるのを確認すると、観測に使っていた魔導レンズへの魔力供給を断ち、その輝きを失わせると、静かに撤収の準備を始めた。

彼女にとって、戦いは終わったのではなく、「予定されていたイベントが、滞りなく終了した」に過ぎない。

彼女は、最後に一度だけ、丘の上の二人の方へ視線を向ける。

二人が、安堵したように抱き合っているのが見えた。

女は、誰に聞かせるでもなく、静かに、そしてどこか、耐え忍ぶように悲しげに、そう呟いた。

「さあ、行きなさい。あなたの終着点へ」

そして、彼女は、誰にも知られることなく、静かにその場を立ち去っていった。

勝ちました。 人類は、持てる力の全てを結集し、AI軍団の指揮官機を破壊。 地鳴りのような、勝利の歓声。 息を詰めて戦況を見守っていた読者の皆様も、あの隊長たちと一緒に叫びたくなったのではないでしょうか。


……しかし。 あの「謎の女性」は、この勝利すらも「予定通り」と呟き、冷徹に観測していました。 そして、丘の上で安堵する海斗たちを見つめ、彼女は告げます。


「さあ、行きなさい。あなたの終着点へ」


「終着点」とは、何を意味するのか。 そして、人類が勝利したこの「安全になった」戦場で、 海斗とエララは、ついに「逃避行」を終えることができるのでしょうか。


次回、ついに最終章、【第八章:終着点】が始まります。 二人の旅の、本当の結末とは。


もし「人類、勝ったー!」「終着点って不穏すぎる…」と少しでも思っていただけましたら、 【ブックマーク】や【★★★★★】での応援、どうぞよろしくお願いいたします! (物語の結末まで、どうかお付き合いください!)

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