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召喚されたら、俺の武器は「逃げ足」だけだった。 〜チートなし陸上選手、少女と二人で絶望世界を生き抜く〜  作者: 品川太朗


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第16話:廃坑の勝負

前回、たった一体のスペクターによる、絶望的な「鬼ごっこ」が始まりました。 体力も精神も限界。このまま走り続けても、二人に待っているのは「死」だけです。


「逃げる」だけでは、もう生き残れない。 追い詰められた海斗が、ついに決断します。


彼が持つ唯一の武器――陸上競技で培った「身体能力」と「思考」を使い、 「鋼鉄の怪物」を相手に、「勝つ」ための賭けに出る。 決死の勝負が始まります。

夜の闇が、二人に束の間の、しかし冷え切った休息を与えた。

川辺の洞窟に身を隠し、追跡者の赤い単眼が、サーチライトのように規則的なパターンで遠くの平原を捜索しているのを、息を殺して見つめる。あの無機質な光が、二人の恐怖をじりじりとあぶり出していた。

「川を下れば、匂いを消せるかもしれません」

エララのかつての知識が、凍てつく水の中に、か細い活路を指し示した。二人は、骨まで染みるような冷たい川水に体を浸し、体温と足音の両方を殺しながら、下流へと向かって慎重に移動を再開した。

だが、夜が明け、二人の体力は限界に達していた。

川から上がった後も、スペクターは正確に彼らの移動方向を予測し、その距離を、まるで獲物を弄ぶかのように再び詰めてきている。

あの単眼は、熱源を探知しているのか。あるいは、もっと別の、彼らの恐怖そのものを感知しているのか。

(このままじゃ、ジリ貧だ……!)

高槻海斗は、逃げ続けることは不可能だと判断した。アスリートとしての本能が、このままでは体力が尽きて「狩られる」だけだと、冷酷な結論を弾き出していた。

最後の賭けに出る。

ただ逃げるのではない。相手を「嵌める」ための場所へ、誘い込む。

その時、彼の目に、丘の中腹にぽっかりと暗い口を開けた、古い鉱山の廃坑が映った。

あれだ。あそこしかない。

「エララ、あの中に隠れて、絶対に動くな」

海斗は、息も絶え絶えのエララを、廃坑の入り口脇の、闇に沈む茂みへと乱暴に押し込んだ。

「俺が合図するまで、何があっても絶対に声を出すなよ」

「カイト…? 一人で何を…」

その不安に震える声を、海斗は非情なまでに強く遮る。

「いいから、行け!」

エララを無理やり隠させると、海斗は一人、わざと開けた場所に姿を晒した。

そして、数瞬の間、鋼鉄の追跡者に自分を認識させたことを確認すると、挑発するように、その身を翻して廃坑の中へと駆け込んでいく。

彼自身が、完璧な「囮」となったのだ。

スペクターは、獲物が罠にかかったとでも判断したのか、あるいは自らの知能を過信したのか、躊躇なくその鋼鉄の巨体を、暗い坑道へと滑り込ませた。

暗く、黴と粉塵の匂いが充満した坑道の中を、海斗は全力で駆ける。

腐った枕木を跳び越え、崩落しかけた天井の下を、まるでパルクールのようにすり抜ける。

狭く、足場の悪い、入り組んだ坑道は、巨大なスペクターにとっても最悪の地形のはずだ。

『Gzz…!』

背後で、鋼鉄の脚が岩壁にぶつかり、火花を散らす不快な音が響く。

海斗の、鍛え上げられた肉体と空間認識能力だけが、かろうじて、迫り来る鋼鉄の鉤爪との致命的な距離を保っていた。

そして、目指す場所へたどり着く。

坑道の奥、脆くなった岩盤を、たった一本の、今にも朽ち果てそうな木製の支柱が、かろうじて支えている空間。

彼は、ここへ逃げ込む途中、一瞬でここを最後の勝負の場所だと見定めていた。

スペクターが、その空間に足を踏み入れた、その瞬間だった。

海斗は、奥へは逃げない。

壁際を、三角跳びの要領で駆け上がると、その腐りかけた支柱に向かって、全身全霊をかけて跳びかかった。

「―――ッッ!!」

アスリートの全瞬発力を込めた、渾身のタックル。

ミシミシ、と、支えていた木が限界を超えて軋む、耳障りな音。

海斗の体重と、速度が生み出した衝撃で、古びた支柱が、スローモーションのように、真ん中から砕け散った。

次の瞬間、轟音と共に、天井が崩落した。

海斗は、かろうじて崩落の範囲外へと、泥にまみれて転がり込む。

視界を奪う土煙と、岩石がぶつかり合う凄まじい音、そして、その中で響き渡る、鋼鉄が圧し潰される甲高い断末魔。

やがて、全てが静寂に包まれた。

充満していた土煙が、ゆっくりと晴れていく。

咳き込む海斗の目の前には、大量の岩石の下敷きになり、無惨な残骸と化した、スペクターの姿があった。

あの忌まわしい赤い単眼の光は、もうどこにもない。

海斗は、全身泥と傷だらけになりながら、痛む肺を押さえて、ゆっくりと立ち上がった。

勝った。

「カイト!」

合図を待たず、茂みから飛び出してきたエララが、泣きながら彼に駆け寄ってくる。

二人は、静寂が戻った坑道で、疲労困憊のまま、互いの命を確かめ合うように、固く抱き合った。

自分たちの力だけで、あの理不尽な鋼鉄の怪物を、一体、退けた。

剣も魔法も使わずに。知恵と、鍛え上げた肉体だけで。

それは、これから始まるであろう壮大な戦争の中では、誰にも知られることのない、あまりにも小さな、二人だけの個人的な勝利だった。

傷つき、疲れ果てた二人は、坑道の出口から、再びイージスのある西の山脈を、静かに見つめた。

彼らの旅は、まだ、終わらない。

第16話「廃坑の勝負」、お読みいただきありがとうございました。


やりました。 剣も魔法も持たない海斗が、己の機転と身体能力だけで、 初めて、あのスペクターを「撃破」しました。 これこそが、高槻海斗の「戦い方」です。


壮大な戦争の中では、誰にも知られることのない、あまりにも小さな、個人的な勝利。 しかし、絶望的な逃避行を続けてきた二人にとって、これ以上に価値のある勝利はありません。


……さて。 自分たちの力で「一体」を退けた二人。 彼らは、ついに人類最後の砦「イージス」の目前まで迫ります。


次回より、【第七章:イージスの咆哮】が始まります。 二人が目にするのは、これまでの「個」の逃走劇とは比較にならない、 「人類」と「AI軍団」による、壮大な「戦争」そのものです。


もし「海斗ナイス!」「ついにイージスに着くのか!」と興奮していただけましたら、 【ブックマーク】や【★★★★★】での応援、どうぞよろしくお願いいたします! (皆様の応援が、二人の旅路の、最後の後押しとなります!)

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