第14話:原因不明
本日より、【第五章:原因不明のエラー】が始まります。 そして、この章は、この第14話のみで完結する特別な章となります。
今回の視点は、海斗でも、エララでも、謎の女性でもありません。 彼らにとっての「敵」――あのスペクターを運用する、「彼ら」の視点から描かれます。
なぜ、スペクターは海斗を前に「エラー」を起こしたのか。 「U.N.F.」とは何なのか。 彼らの正体と目的とは。
この世界の「謎」の答え合わせと、新たな「謎」の提示。 物語の根幹を揺る conversation、重要な回となります。
その場所は、絶対的な静寂と、管理された青白い光、そして摂氏二十二度に保たれた無機質な空気で満たされている。
移民船団、先進隊所属、一番艦『ホープレイ』。
その中枢、記録管理室。
七代目記録員である私は、ホロディスプレイに映し出される、緑がかった青い惑星の戦術マップを監視していた。
AI兵器群による「浄化作戦」は、開始より十年が経過。
現地の知的生命体――我々が「プリミティブ」と分類した種族の組織的抵抗は、ほぼ壊滅状態にある。
作戦は最終段階を前に、各地で残存勢力の掃討を行っている。
全ては、シミュレーション通りだった。
その時だった。
コンソールの片隅で、一つの戦闘ログが、マスターAIによって最重要分析対象を示す、深紅のフラグを立てられたのは。
「なんだ……?」
私は、そのログを開いた。
【戦闘記録:スペクター734号機】
【状況:渓谷地帯にてプリミティブ二名(成人男性と推定される少年A、及び幼女B)と接触。狙撃により、目標Aを無力化、生命活動の危機的低下を確認。目標Bの排除は容易】
【エラー:直後、原因不明の『因果律汚染(Causality Contamination)』を探知。自己の存在座標に致命的矛盾が発生。システムが連鎖的エラー。命令権を放棄し、自己防衛プロトコルに従い撤退】
「命令権を……放棄?」
ありえない。
AI兵器が、マスターの命令系統から離脱し、自らの判断で戦闘を中断し、撤退する。
それは、あってはならない、プログラムの根幹に関わる反逆行為に等しかった。
マスターAIからの指令は簡潔だった。
『原因を特定せよ』
私は、AIの基幹プログラムが設計された、数百年前に封印された始祖データアーカイブへのアクセスを開始した。
この異常を理解するためには、我々の計画の原点にまで遡る必要があった。
◇
アーカイブの第一階層には、我々の全てが詰まっていた。
モニターに、懐かしくも、そして我々が見捨てた故郷の姿が映し出される。人口五百億を超え、大気は淀み、大地は枯渇し、緩慢な死を待つだけだった星、地球。
我々は、その星に見切りをつけた人類の末裔。
次に見つけたのは、移民計画のきっかけとなった、一枚の画像ファイル。
個人用の観測ドームで、人の良さそうな笑みを浮かべている、東洋人の老人。
【惑星発見者:高槻 海斗(アマチュア天文学者)】
この老人が見つけた希望の星が、我々一億の先進隊を十五年という長いコールドスリープの旅に駆り立て、そして今、彼の同名の星の子孫たちを、絶滅の淵へと追いやっている。
皮肉なものだ。
AIの論理思考基盤の脆弱性を探るため、私は検索深度をさらに下げていく。
そして、アーカイブの最も深い場所で、ほとんど神話として扱われている、一つのシミュレーションデータを発見した。
【ファイル名:警告:0.001%の確率で発生する因果律パラドックスについて】
【概要:本計画は、発見者『高槻 海斗』の観測結果に起因する。対象惑星への大規模な因果干渉は、その起点である『高槻 海斗』の時空的な写し身を、量子的な偶然性のもと、現地に発生させる可能性がある】
【危険性:その『写し身』は、因果の起点でありながら、結果の世界に存在する、歩くタイムパラドックスとなる。AI兵器群の論理基盤である因果律そのものを汚染し、その存在は論理ウイルスのように振る舞う。当該存在との接触、あるいは近距離での観測は、AIのシステムに致命的なエラーを引き起こす可能性がある】
「……馬鹿な」
私は思わず呟いた。
数百年前のAIが弾き出した、オカルトめいた仮説。こんなものが、あのエラーの直接的な原因であるはずがない。
だが、可能性の一つとして、検証は必要だった。
私は、エラーを起こしたスペクター734号機が撮影した、戦闘時の映像記録を再生した。
モニターに、吊り橋の上で何かが爆発する光景が映し出される。揺れる視界。落下していく黒い人影。崖の上に取り残された、幼い少女の絶叫(音声データはミュートされている)。
そして、スペクターのシステムが「因果律汚染」を探知した、まさにその瞬間――
映像は、激しいノイズと共に、砂嵐のように乱れた。
『ジジッ、ザザザザ―――ッ!』
記録データそのものが、致命的に破損していた。
私が確認できたのは、落下した目標が、黒髪の少年であったらしいということだけ。
その顔も、体格も、身につけていた異様な服も、全てがノイズの向こうに消え、識別は不可能だった。
これでは、証拠にならない。
私には、天文学者の老人の、鮮明な肖像写真と。
正体不明の、ノイズまみれの少年の映像しか、残されなかった。
二つを結びつける論理的な(・・・)証拠は(・・)、何もない。
私は、公式報告書の作成に取り掛かった。
そこには、感情や仮説ではなく、論理と、データに基づいた事実のみを記述する必要がある。
【スペクター734号機のエラーに関する報告】
【結論:原因不明】
【考察:現地プリミティブが使用した何らかの未知の手段(魔法等)が、AIの精密機器に予測不能な影響を与えた可能性が最も高い。対象の識別情報が欠損しているため、これ以上の追跡調査は不可能。本件は、再現性の低い特異事例として記録する】
私は、こうして「高槻 海斗」という真実の可能性を、自らの手で「原因不明」として処理し、ファイルを閉じた。
これでいい。これで、全ては元の軌道に戻る。
私が報告書を提出すると、マスターAIから、全部隊へ新たな指令が転送された。
私の目の前のメインディスプレイに、次の作戦目標が、大きくハイライトされる。
【作戦フェーズIVへ移行】
【最終目標:プリミティブの抵抗拠点『イージス』の完全破壊】
AI軍団は、自分たちのシステムを内側から蝕む、最も危険な「エラー」の存在に気づかないまま、最後の決戦へと向かっていく。
そのエラーが、今この瞬間も、敵の中心で再び呼吸を始めたことなど、知る由もなく。
第14話「原因不明」、お読みいただきありがとうございました。 そして、これにて【第五章:原因不明のエラー】は完結です。
衝撃的な真実が明かされました。 敵の正体は、地球から来た人類の末裔、「移民船団」。 そして、彼らのAI兵器がエラーを起こす原因は……惑星発見者と 同じ名前を持つ少年、高槻海斗。 彼自身が、AIの因果律を汚染する「歩くタイムパラドックス」だったのです。
しかし、皮肉なことに、移民船団側はその「真実」の特定に失敗。 海斗の存在を「原因不明」の特異事例として処理してしまいました。
自分たちのシステムを内側から破壊する「エラー(海斗)」の存在に気づかないまま、 AI軍団は、次の作戦目標を定めます。
【最終目標:プリミティブの抵抗拠点『イージス』の完全破壊】
そう、奇しくも、海斗とエララが今まさに目指している、 人類最後の砦、その場所へ――。
次回より、【第六章:追跡者】が始まります。 視点は再び海斗とエララに戻ります。 自らが「エラー」であることなど知る由もない海斗と、 彼を「原因不明」として見逃したAI。 二つの運命が、「イージス」で交錯しようとしています。
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