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絶望の器  作者: 北上ユキ
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灰の街、涙が還る場所

 第15章 灰の街、涙が還る場所


 灰は夜になると白く光る。

 まるで世界が、過去を照らそうとしているようだった。

 灰に反射した光は優しいけど、見えるのはたいてい後悔だ。


 霧ヶ原北区はまだ封鎖中だった。

 昨日の戦闘の跡がそのまま残り、崩れた壁の隙間から焦げた匂いが漂ってくる。

 政府の広報は繰り返している――「感染ではない」。

 だが、その言葉が響くたびに、人の心に不安が堆積していく気がした。


「被害者の数があっていません。かならず生存者はいます」

 ラグナが地下道の地図を見ながら言った。

「まだ探索していない場所は……」

 その時、光さんが虚空を見つめながら

「昨日の現場……地下になにかいるわ」

「なにか……まだ敵がいるのか?」

 執念深い奴らだな。


 光の声が、まるで風の止まる音に混じったように聞こえた。

「誰かがまだ、泣いてる」

 そう言われると、灰の匂いが少し重くなった気がした。


「……兄貴」

 護がぼそりと呟いた。

「昨日助けたあのガキ……まだ見つかってねぇんすよね」

「ああ」

「病院も警備も探してるけど、影も形もないっす」

「犠牲者にはいませんでした」

 ラグナの声は冷静だったが、言葉の裏に焦りが滲む。

「なら生きている。かならず助けるぞ」

「……兄貴」


 その時だった。

「兄貴、誰か歩いてません?」

 灰の向こうで、小さな影が動いた

 汚れた制服。裸足。

 ……あの少年だった。


「おい!」

 俺たちが駆け寄るより早く、護が走り出した。

 包帯だらけの身体で、地面を蹴る音がやけに軽い。

「おーい! ガキ! 生きてたか!」


 少年はこちらを振り返った。

 けど、その顔は焦点が合っていなかった。

 目の奥が濁っている。

 肩のあたり――灰色の霧のようなものがまとわりついていた。


 護は息を詰めた。

「兄貴……ガキは大丈夫っすよね?」

「駄目でも……大丈夫にすりゃあ良い」

 霊体が取り憑いてる。

 けど、それには憎悪も狂気もなかった。ただ、泣いていた。


 光が近づいて言った。

「……怒ってない。悲しんでる」

 灰が震える。声が聞こえた。

 かすかに。少年の背から。

 ――たすけて。

 その声に、護が拳を握る。


「泣いてるのはガキじゃねぇっす。取り憑いてる奴らだ」

「何か見えるのか?」

「いや……感じるだけっす。助けられなかった奴らの声……」

 護はゆっくりと少年の前に膝をついた。

 拳を開いて、何かを抱くように言った。

「筋は通す。あんたらが悲しんでる理由は知らねぇけど……ガキが泣いてるのに、泣かせっぱなしは性に合わねぇ」

 少年の目が潤んだ。

 取り憑いていた灰が揺らめいて、わずかに形を変える。

 大人の輪郭。母親のような、優しい影。


 そこへ、風に乗って声が届いた。

「……優しい人ね。もう大丈夫よ」

 振り返ると、灰の向こうに女が立っていた。

 白髪に淡い青の瞳。灰を透かすような声。


「誰だ?」

「シグル。理を聴く者。神威の……死にぞこない」

 光が頷いた。

「あなたも優しい人ね」

「私は違う……でもこの子たちは助けてみせる。もう誰かが泣く声は聴きたくない」

 シグルは悲しげに呟く。

「ここにあるのは、誰かが、誰かを思う音」

 シグルは少年に近づいた。

 その足取りは音もなく、灰の中を歩くようだった。

 少年の頭に手を置く。

「泣いていいの。悲しいって気持ちは、ちゃんと生きた証だから」


 灰の霧が淡く光った。

 影が穏やかに溶けていく。

 取り憑いていた霊体が消えると同時に、少年の瞳が澄んだ。


 護が安堵の息を漏らした。

「……やっと会えたな」

 少年が小さく呟いた。

「ありがとう……おじさん」

「おじさんじゃねぇ。筋通しの護だ」

「筋……?」

「困ってる奴がいたら助ける。理由なんざ後回しだ。それが筋ってやつだ」


 少年が笑った。その笑いは泣き声みたいに震えてた。

 護がその頭を軽く叩いた。

「泣くのも悪くねぇ。だが泣く時に笑えるのは強えヤツだ」


 その後、シグルの協力で残留波は全て沈静化した。

 霊体は完全に消滅し、理波はゼロ。

 街にはようやく静けさが戻った。


 護がぼんやり空を見上げる。

「泣ける人間がまだいるなら、世界も捨てたもんじゃねぇっすね」

「そうだな。たいして知りもしないヤツのために動ける馬鹿もいるしな」

 俺は笑った。

 灰色の空を見上げながら、どこかでまだ、誰かが泣いてる気がした。

 だが誰かの涙を拭くために走りまわるヤツもいる。

 だから、この世界は――まだ終わっちゃいない。


 

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