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絶望の器  作者: 北上ユキ
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灰の街、智の崩壊

 第13章 灰の街、理の崩壊


 ニュースが終わった。画面には、まだ子供の名前と年齢が映っていた。

 押しつぶされそうな静寂の中、アナウンサーの声だけがやけに明るい。

 護が助けたあの少年が、霧ヶ原北区で行方不明。

 その下に流れる字幕には「周辺で動死体の反応あり」とある。


 霧ヶ原の街にゾンビ。

 今までなら誰も信じない話だったろう。だがこの報道が事実なら、それは世界の理が変わった証だろう。


 灰色の空気が室内まで入り込むような沈黙。

 ラグナが静かに端末を閉じた。

「……第六の件のあとから、理の乱れが増えてます。政府は想定外の事故で押し通す気でしょうけどね」

「隠したところで、現実は消えないさ」

 俺はカップを手にして呟く。冷めたコーヒーの味は分からない。

「剛焉という名前も、消えませんね」

 ラグナの声が低く響く。

 光がわずかに息を詰めた。

 一般には知られていない名。だが俺たちは知っている。

 あの夜、第六管理区で理がひとつ壊れたことを。そして、今の異常がそれに連なることを。


 動死体が、街に現れた。

 それだけで充分な異常事態だ。


「……護さん、病院を脱出したみたいです」

 光が端末を見ながら微笑んだ。

 あのチンピラは亜人なのに暗さがない。だから笑いが絶えないのかもな。

「静かにベッドで寝てるタイプじゃないな」

「医師が6時間で脱走したのは新記録だと言ってますね」

たしかに話題だけで笑える。

「根性だな、あいつ」

「医学的には理解不能です」

「理屈は根性の後について行くんだよ」

「論理的思考を放棄しましたね」

「いいじゃねぇか。筋通ってるなら」


 光がため息をつく。

「……放っておけません。あの子、また危険な場所にいるかもしれません」

 あの子とはどっちだ? 子供か根性か?

「任務外ですよ」

 ラグナの返しは冷静だった。

「そんなこと分かってます。でも見捨てたら、きっと眠れません」

 光の声がわずかに震えた。

「行くぞ」

 俺は声をかける。俺にも根性が移ったな。だが悪くない。

 ラグナが息を吐く。

「非公式任務になります。報酬もなしです」

 俺は立ち上がってコートを羽織る。

「構わねぇ。俺は筋の通らねぇことは嫌いなんだよ」


 窓の外では、粉塵が舞っていた。

 空の色がいつもより濃い。

 まるで理が揺れているような――そんな違和感。

「……嫌な感じだな」

 俺の呟きに光が頷く。

「灰が生きてるみたい」

 ラグナは黙って銃の点検を終える。

 その手際には無駄がない。

 強い奴らだ。俺は死んでから恐怖を感じなくなった。

 でも、それは勇気じゃない。ただもう守るものがないだけだ。

 だが2人は違うだろう。それでも行動するんだ。俺とは違う。あぁ羨ましいな。


 玄関を出た瞬間、風が止んだ。

 灰色の空が、わずかに波打つ。

 微かな何かが肌を撫でた。理の波か。

 誰かがこちらを見ている――そんな感覚だけが残る。


「……行こう」

 俺たちは歩き出した。

 静寂の中、三人の足音だけが響く。


 灰の街に、新しい兆しが満ちていた。

 それが希望か、絶望か。

 まだ、誰にも分からない。

 ただ、風の止んだこの瞬間だけは――世界が次に動く音を待っていた。

 

 

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