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25:犯人


「セラ、こっちで合ってるのか?」

「早く早く! 刑事さんたち待たせてるんだから!」


 宮原妃麻の部屋を出てセラと合流した慧斗は、彼女に導かれるまま住宅街の奥へと進んでいた。

 外に出た慧斗を迎えたのはセラだけだったのを不思議に思ったのだが、どうやら同行した刑事たちはこの先に拠点を構えていたらしい。


 見えてきたのは明らかに人の住む場所ではないことがわかる朽ちかけたマンションで、踏み込むのに躊躇してしまう外観だが、セラがどんどん進んでいくので慧斗も渋々だが後を追いかける。


「拳銃持ってる相手だと人のいる場所は危ないから、加苅さんが来たら廃墟に誘導しようってことになってたの」


 静かな室内には時折どこか遠くから車の走る音が流れ込んでくる程度で、複数の人間がこの場所で待機をしているような気配は感じられない。

 階段を上がりきったところで、舞い上がる砂埃をうっかり吸い込んで激しい咳が出る。


「そうなのか……けど、もうその必要ないよな」


 開かれたままの扉を潜って進んだ先は2LDKほどの広めの居室で、家具が置かれていないせいか、廊下を抜けるとぽっかりと広がる空間が二人を出迎える。

 慧斗が何気なく振り返った先には、砂で白くなった床に真新しい二人分の足跡が残っているのが見えた。


「うん。だけど撤収作業があるとかで、こっちに連れてきてほしいって言われたんだ。あたしが一番フリーで動けるし」

「そういうのって、一般人に頼むもんじゃ……」

「けどさ、危なかったよね!」


 不自然さを感じた慧斗は続けて疑問を重ねるのだが、それを遮るセラの声に言葉を途切れさせるしかなくなる。


「ん?」

「まさか死の配達が早まるなんてさ、料理ならともかくいい迷惑だよね」


 慧斗の足が止まったのは、ぼんやりとしていた違和感がその瞬間にはっきりと輪郭を表したからだ。見慣れたはずの腐れ縁の背中が、見知らぬ誰かのように見えてしまうのはなぜなのだろうか?


「……お前、どうして知ってるんだ?」

「え、なにが?」

「配達が早まったこと、俺は來としか話してない」


 はっきりと指摘をした次の瞬間。まだ真昼間だというのに、まるで夕立の直前のように周囲が薄闇に包まれていく。

 続き間のリビングとダイニングを支える形で、部屋の中央にぽつんと残された太い柱。よく見ればそこに小さな人形が括りつけられている。

 そのことに気がついた慧斗は、その人形が瞬く間に膨れ上がり巨大な影に変化していくのを見て、愕然とした。


「う、そ……だろ……っ」


<豈泌�縺輔s縲√d縺」縺ィ荳€縺、縺ォ縺ェ繧後k>


 聞き取ることのできない言語を発するその影は、先ほど確かに來がとどめを刺したはずの、宮原妃麻の姿だったのだ。

 慧斗を見てニタリと笑う口元が、長い髪の隙間から覗いているのがわかる。”そう”と認識するまで見知らぬ女だったその霊は、間違いなく宮原妃麻の顔をしていた。

 風に(なび)いた黒髪の先端が、突如として慧斗目掛けて襲い掛かってくる。


「ダメ……っ!!!!」


 それを見ていたセラが横から全身で体当たりをしてきたことで、弾かれた慧斗の身体が壁にぶつかる。

 何が起こったのかを理解できていなかった慧斗の視界に、太い束となった髪が貫通したセラの太腿が飛び込む。


「せ、セラ……ッ大丈夫か!?」


 彼女は身を挺して慧斗のことを庇ったのだ。数秒前まで感じていたセラに対する違和感と、目の前の光景が慧斗の頭を混乱させる。

 一瞬でも疑いを抱いたことがそもそもの間違いで、やはり彼女は自分のよく知る腐れ縁なのだろうか?

 慧斗の中に生まれた祈りにも似た淡い期待は、セラ自身によって一瞬で裏切られる。


「妃麻ちゃんっ、もう諦めてよ!! あたしが慧斗を殺すんだからッ!!」

「…………セラ?」


 己の聞き間違いを望んだ慧斗だが、こちらを振り向いたセラの瞳には紛れもない殺意が浮かんでいた。

 事前に用意していたのだろう。彼女は鞄から刃渡り15cmほどの包丁を取り出すと、迷いなく慧斗の首筋目掛けて振り下ろしてくる。

 寸でのところでセラの腕を掴むことができた慧斗だが、体勢を崩してしまうと彼女に馬乗りになられる不利な状況に追い込まれた。


「ッ、待てってセラ!! お前、自分が何やってるかわかってんのか!?」

「うるさいな! さっさと死んでよ慧斗!!」


 全体重をかけて突き刺そうとする包丁の先端が、慧斗の眼球へと迫ってくる。今のセラは加苅と同じで、宮原妃麻の霊に憑りつかれているのかもしれない。

 しかし、その可能性を否定したのは他でもない宮原妃麻の行動だった。


<豈泌�縺輔s縺ッ遘√�繧ゅ�縲�が鬲斐@縺ェ縺�〒��>


「ぎゃああっ!!」


 彼女の太腿を貫通したままの髪が、セラの身体を慧斗の上から強い力で引き剥がす。窓ガラスを突き破ってベランダへと放り出されたセラは、全身を傷だらけにしながらその場に身を横たえた。


「セラ……っ」

「慧斗さんっ!」


 身体を起こした慧斗が聞こえた声に入り口の方を振り返ると、駆け込んでくる來と加苅の姿を見つける。


「え、來……!? 加苅さんも、なんでここが……」

「彼女の気配がここに続いてたので……すみません、僕の力不足でした」


 慧斗が無事であることを確認した來は、眼鏡を外すと対峙するセラと宮原妃麻の方へ目を向けた。

 霊である宮原妃麻の周りには、黒いモヤのようなオーラが漂っている。一方でセラの身体もまた、赤黒く毒々しいオーラを纏っているのが視えた。


彼女(・・)を視なかった僕の責任です。こんなに近くにいたなんて」

「どういう、意味だよ……?」


 來の中にある答えは、恐らくは慧斗にももう察しがついている。それでもその可能性を信じたくなくて、慧斗は震える声で縋るように來を見た。


「宮原妃麻さんを殺害したのは、セラさんです」

「なんで……どうしてセラが……?」

「全部慧斗が悪いんだよ!!」


 気絶していると思われたセラは、二人の会話が聞こえていたのだろう。ぎこちない動きで倒れていた身体を起こしている。額から伝う血にまみれた表情はもはや狂気じみていて、慧斗の知る彼女はそこにはいない。


「あたしが先に好きになったのに、あたしの方が大事にできるのにっ!! なんで慧斗なの!? あたしが女だからダメなのッ!!?」

「……宮原妃麻と、知り合いだったのか?」

「あたしが最初に配達したの! 一目惚れでもっと妃麻ちゃんのこと知りたくてっ、でもどうしたら妃麻ちゃんと仲良くなれるかわかんなかったから……!」

「もしかして、盗聴器を?」

「えっ、盗聴器……!?」


 なにか思い当たることがあるかのように落とされた來の問いに、慧斗はぎょっとしてそちらを見るが、彼はふざけているわけではないと察する。

 來がポケットから取り出したのは桃色の宝石がついた小さなピアスで、彼はそれが盗聴器らしいと話す。


「慧斗さんのバッグに入ってました。おそらく彼女の家に仕掛けたのと同じものを、セラさんが入れたんですよね?」

「澄ましたツラして、とんでもねえ女だな……」


 呆れた様子でセラを見る加苅の横顔も、嘘をついているわけではない。未だに現実を受け入れられない慧斗だったが、これまでに違和感とすら名前のつかなかった何かが、点と点を結ぶように脳裏に蘇る。


 ファミレスでセラにも宮原妃麻の姿が視えていたのは、呪いの関係者どころか、彼女が命を奪った張本人だったから。

 あの時、慧斗ですら”女の霊”としか認識できなかった彼女のことを、セラは『女の子』と言っていた。

 セラの目にはそれが見知らぬ女の霊ではなく、宮原妃麻だとはっきり映っていたからだ。


「知りたかったの! あたしだけのものになってほしかったの!!」

「だから……殺したのか?」

「そうだよっ! あたしのことだけを好きになるおまじないをして、もう一回蘇らせてあげようと思ったの!!」


 まるで恋占いでも試そうかという口振りで告げられるセラの狂気は、慧斗たちにはどう足掻いても理解をすることができない。

 けれど、柱に括りつけられていた人形がおそらくはそのまじないの形跡で、宮原妃麻の霊を呼び出すということ自体は成功していたのかもしれない。


「じゃあ、どうして俺のことを殺そうとしたんだよ?」

「は? そんなこともわかんないの? 妃麻ちゃんの前で慧斗を殺せば、妃麻ちゃんはあたしのものになるじゃない!」


 楽しげにケラケラと笑っているセラの姿を前に、慧斗は眩暈と吐き気すら覚えて浅い呼吸を繰り返す。


「…………イカレてる」


 いつも隣にいた腐れ縁で、大切な友人だと思っていたセラの内側に、これほどまでに狂った感情が潜んでいるとは思いもしなかった。


「どうかしてるぞ。雨月セラ、宮原妃麻殺害の容疑で逮捕する」

「邪魔しないでよ! あんたがさっさと來を殺してたらもっと早く慧斗を殺せてたのに!!」


 金切り声で喚き散らすセラはどこから力が出てくるのか、彼女を捕らえようと近づいた加苅を突き飛ばし、慧斗のもとへ駆け寄ってくる。


「慧斗さん、っ!」

「來!!」


 反射的に前に出た來がセラと揉み合いになると、手元から弾き飛ばされた眼鏡が地面に叩きつけられる。

 包丁を握り締めた片手が來の頭を目掛けて振り下ろされるのを見て、慧斗は咄嗟に素手で刃を掴み止めた。


「ッ痛……! セラ、いい加減にしろ馬鹿野郎!!」

「いーから死ねって言ってんだろ!! 死ねよ慧斗死ね死ね死ね死ね!!!!」

「ンな歪んだ気持ちがっ、相手に受け入れられるわけねーだろうが!!」


 痛みに気を回している余裕などなく、力任せに包丁を取り上げた慧斗はセラを思いきり蹴り飛ばす。

 握っていることができずに包丁を床に落とすと、その上に伝い落ちていく血液が瞬く間に床を染めた。怪我の状態を自分の目で確認したくはなくて、慧斗は前だけを見ることにする。

 地面を転がった彼女は黒い影の足元で(うずくま)り、宮原妃麻のスカートの裾を掴む。


「っ……ふふ、妃麻ちゃん……待ってね、すぐに慧斗を殺すから」


 妃麻を見上げる表情は恍惚としていて、もはやセラに理性的な言葉が届かないことはわかりきっている。


<豈泌�縺輔s縺ィ縺ョ驍ェ鬲斐r縺吶k縺ェ繧峨b縺�カ医∴縺ヲ>


 宮原妃麻が言葉を発すると、自身に話しかけられていることに気がついたセラは、純真無垢な少女のようにその瞳を輝かせた。


「妃麻ちゃん……? 妃麻ちゃんっ!!」


 長い腕がセラに向かって伸ばされると、セラはようやく彼女が自分に興味を示してくれたのだと歓喜する。

 抱き締めてくれるのを待つように両腕を伸ばしたセラは、次の瞬間、猛獣のごとく牙を剥いた宮原妃麻によって胴体を真っ二つに切り裂かれていた。


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