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15:おタヌ


「先に行ってろ、オレもすぐ行く」

「加苅さーん、吸いすぎは良くないっスよ?」

「いいから行け」


 倉敷の運転で10分足らずの距離を移動した慧斗たちは、五階建てのマンションの敷地内にある駐車場に到着していた。助手席を降りた加苅はその場に留まるというので、先に行きましょうと促す倉敷に続いて歩き出す。

 何気なく振り返ると、ポケットから取り出した煙草を口に銜えているのが見える。加苅は喫煙者だったらしい。

 車体に凭れて煙を(くゆ)らせる彼を置いて、慧斗たちはマンションのエレベーターへと乗り込んだ。


 それなりの築年数がありそうな建物で、経年劣化によるひび割れやシミは見られるものの、こまめに手入れをされているのか清潔感はある。

 ただ、薄暗いカゴ内を照らす照明は不規則な明滅を繰り返していて、あんな経験をした後ではやたらと気味悪く感じられた。


「さっきは変なトコ見せちゃってすいませんでした」

「え?」


 急な謝罪の意味を理解できなかったのは慧斗だけだったようで、同乗している來は倉敷の方を見るわけでもなく、階数表示板を見つめている。


「加苅さんってああいう性格なんで、何かと問題起こしたり、敵を作りやすいんスよ」

「そうなんですか……?」


 その言い回しで、事件現場での刑事たちとのやり取りのことを指しているのだと察することができた。

 わざわざ謝罪をするようなことでもないと慧斗は感じるのだが、加苅が不在のこの場でそう口にした理由は、なんとなく理解できるような気がする。


「型破りっていうか、規則にとらわれない。頭は固いけど柔軟な人で」

「なんか……それ、真逆ですね」

「アハハ」


 自分でも矛盾していると感じているのだろう。眉尻を下げて笑う倉敷は、三階に到着したエレベーターを降りると一番手前にある扉に向かう。


「加苅さんの下の名前、(ほたる)さんっていうんですけど。あの人のこと気に入らない人たちは、今日みたいに嫌味ついでにからかうんスよ。ガキみたいですよね」


 穏やかな話し方をしているものの、「素敵なのに」とぼやく倉敷が憤りを感じているであろうことは、慧斗にも伝わってくる。

 慧斗ですらあの場の空気を不快に感じたのだから、彼を知る身近な人間であれば怒りを覚えるのはもっともな反応だ。


「……倉敷さんは、加苅さんのこと慕ってるんですね」

「それはもちろんっス!」


 思考する間すら必要としないほどにはっきりと向けられる倉敷の返答に、彼が加苅をどれほど信頼しているのかが窺える。

 始めは怖い刑事だと思っていた慧斗も、接する中で加苅が悪い人間ではないのだろうということを感じていた。


「あ、そういえば二人とも、動物のアレルギーとか無いっスか?」

「え?」


 * * *


 唐突な問い掛けの理由は、招かれた部屋の中ですぐに知ることができた。2LDKだという間取りの廊下を抜けた先にあるリビングには、入り口に後付けと思われる木製の柵が設置されている。

 その柵を解放して扉を開けた先から、焦げ茶色をした小さな毛玉――もとい子猫が飛び出してきたのだ。


 倉敷の住むマンションではペットの飼育が許可されているらしく、最近になって迎え入れたのだと教えてくれた。

 猫がいるからか、あるいは元々の家主の気質なのか、男の一人暮らしだというが室内はきちんと片付けられている。


 短い脚でちょこまかと動き回る毛玉は、まだ生後半年足らずの子猫だという。ミルクを混ぜ合わせる前のコーヒーのような不思議な毛色をした毛玉は、サビという種類の猫らしい。

 倉敷の足元に纏わりついていた子猫は、慧斗の顔を見るなり弾丸のような速度でリビングの方へと逃げ込んでしまった。


「……俺、嫌われてますかね?」

「ふ」

「來、いま笑ったか?」

「いえ、気のせいです」


 L字型のソファーに來と並んで腰掛けた慧斗は、束ねられたカーテンの裾から覗く小さな視線をひしひしと感じ続けている。


「いや、最初が人見知りなだけっスよ。おタヌ~、おいで」

「おタヌっていうんですか?」

「タヌキみたいでかわいくないっスか?」


 文字通りの猫撫で声で子猫を呼ぶ倉敷だが、飼い主が促したからといって犬のように駆けつけてはくれないらしい。お前は一体何者なのだと言わんばかりの瞳を、慧斗の方へ向け続けている。

 そうしておタヌとの無言の攻防戦を繰り広げながら、丁寧にも家主が淹れてくれたお茶がテーブルに並べられると、頃合いを見計らったように加苅が部屋に上がり込んできた。


「加苅さん、おかえりなさいっス!」

「オレの家じゃねえだろ。倉敷、資料はどこやった?」

「自分の鞄に入ってます!」


 言葉とは裏腹に勝手知ったる足取りで慧斗たちの斜め向かいに座った加苅は、自分用に置かれたマグカップに口を付けてから倉敷の鞄を漁る。

 警察署ではなく倉敷の家を選んだのは距離の問題だと言っていたが、あの状況を見た後では、こちらの方が落ち着くのだろうと慧斗は勝手な想像をしてしまう。

 目当てのそれを見つけたらしい加苅は、カップを脇に除けるとテーブルの上に資料の束を広げていく。


「え、これって捜査資料ってやつじゃ……?」

「ああ、普通は一般人にゃ見せねえもんだな」


 あっさり言ってのける加苅に倉敷が反応しないところを見ると、慧斗は今回が初めてのことではないのだろうと察する。


「で、改めて聞くが。オレに話してないってのは?」

「それが、えっと……これです」


 話を促された慧斗は、取り出したスマホの画面をデリバリーマスターの配達通知に切り替える。配達までの残り時間は5日と9時間ほどの表示で、カウントダウンが進んでいること以外には特に代わり映えはない。

 來にしたのと同様に説明する慧斗は、自身のスマホを受け取って画面を睨みつける加苅の言葉を待った。


「…………事前に異変があったって話は、聞いたことがねえな」

「そうっスね。新規の報告書にもそれらしい記述は無いっス」


 やはり、何日も前から死の配達通知を受け取っている被害者は、慧斗以外にはいないらしい。


「慧斗くん、この中に顔見知りの人はいないって言ってたっスよね?」

「あ、はい。この人……宮原妃麻さんは、配達先の人って程度ですけど、他は全然」


 これは最初に取り調べを受けた際に、加苅に尋ねられていたことだった。

 今でもその返答に変わりはなく、並べられた被害者たちの生前の写真の中の一枚を指差すと、眉間の皺を深めた加苅が静かに唸る。


「他の被害者同士の接点を考えても、繋がりそうなのはここだけなんだよな」

「あとは、いずれの被害者も配達エリア内ってことくらいっスかね」

「エリアって、デリマスのですか?」


 それまで特に口を開くことのなかった來が、興味を示したように問いを投げかける。


「ああ、近い地域内での事件で配達が関係してるとなると、当初は配達員の犯行じゃないかと予想してたんだがな」

「あ、だから俺がやたら疑われてたんですね」

「一応は今も容疑者候補だけどな」


 加苅が釘を刺しはするものの、まだ疑念の余地があるのならこうした場に呼ぶことはしないだろうとも思う。

 先ほどの現場で不可思議な現象に遭遇していることもあって、慧斗に対する疑いはほとんど晴れているといって差し支えないだろう。


「デリマスの会社には問い合わせてるんですよね?」

「内部調査はもちろん、第三者が不正にアクセスした形跡なんかを調べてもらってるが、おそらく何も出てはこないだろうな」

「ちなみにですけど、ファミレスのサンドイッチに挟まれてた舌と、慧斗くんの家に落ちていた目と歯は被害者たちのものと一致したそうっス」

「な、なんでそんな……」


 貢ぎ物だとでもいうつもりなのだろうか。目を背けたくなる光景を思い出して、慧斗は顔を青ざめさせる。


「少なくとも、慧斗さんに何かあることは間違いなさそうですね」

「そんなこと言われても、俺はマジで心当たりねえんだけど」

「執着は一方的な場合も多いですから」


 來の言う通り、世のストーカー被害などは顔見知りによるものが多いのだろうが、その一方で見ず知らずの他人に目をつけられることもあると聞く。

 なんらかの理由で慧斗に執着を持っている悪霊は、慧斗の(あずか)り知らぬところできっかけを生んだのかもしれない。


「けど、俺が狙いなんだとしたら他の被害者の人たちはなんで……?」

「巻き込まれ事故みたいなものかもしれませんね」

「巻き込まれ……あ、クレーマー?」

「そういうことです」


 始めはピンとこなかったのだが、自宅に招いた際に來が話してくれていた悪霊についての例えを思い出す。


『手当たり次第に呪いを振りまく、いわゆる悪霊が生まれます』


 彼の言っていたことに当てはめるとすれば、慧斗を狙う悪霊がいて、その悪霊の振りまく呪いに巻き込まれたのが今回の被害者たちということになる。


「……なんで、そんな回りくどいことすんだよ」


 慧斗自身に心当たりがないとはいえ、原因が自分にもあるのだとすれば、嫌でも気分は沈んでしまう。

 平屋で目にした被害者は、見るも無残な姿をしていた。他の被害者たちも程度の違いはあれど、あんな風に殺される理由はないはずだ。


 自然と足元に視線が落ちてしまった慧斗は、そこに小さな塊が動いていることに気がつく。


「あれ……おタヌ?」

「あ、向こうにいないと思ったらそっちにいたんスか!」

「ピャ」


 小さな前脚を慧斗の足先に乗せたおタヌは、品定めをするような警戒した瞳とは異なり、慧斗に向かって何かを訴えかけている。

 手を差し出すと反射的に身を引いた子猫は、すぐにそれが害のないものだと察して、大人しく慧斗の腕に抱き上げられた。


「うわ、ふわっふわ……」

「慧斗さんのこと、励ましに来てくれたんじゃないですか?」

「マジか……ずっと近寄ってきてくれねーから、てっきり嫌われてるかコイツも何か視えてんのかと……」


 小さな体躯を膝の上に置いて柔らかな手触りを楽しんでいた慧斗は、声を失ったように言葉の途中で口の動きを止める。


「慧斗さん?」

「比嘉くん、どうかしたか?」


 当然その反応を不自然に感じた來たちが問い掛けるが、おタヌを床に下ろした慧斗は顔色を悪くしたまま立ち上がる。


「來、もしかしたら、セラも呪われてるかも……!」


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