第四話 侍従との再会
あれから更に1ヶ月ぐらい経ったであろうか。
あの模擬戦以降、オルドー領ではエルモアのところにとんでもない息子がいるという噂で持ちきりになっていた。
あれ以降、ロムはオルドー領に駐在している騎士たちと一緒に訓練をすることになった。なんでも、オルドー領から優秀な騎士が誕生すれば、オルドー領に住まう者達からしたらとても名誉なことだからとかなんとかで、みんなとても期待を一挙を背負っている。正直、めんどくさいからそういうのは勘弁して欲しい感じだ。
魔法の方も上達してきて行使できる魔法の威力も上がってきた。このままだと、自分たちの生活域内で魔法の研究をしているとまた、前の事件のように周りの人にも危害が及んでしまう。
だから、最近は、人里離れた平原や森林地帯まで出向くようにしていた。こういう場所は、人が出向くことは滅多にないので昼夜問わず安心だ。仮にいたとしても、それは人攫いや盗賊、魔物などで最悪魔法が命中してしまっても何も問題ない、そうノープロブレムと言ったわけである。
そして今日も今日とて、いつものように魔法を試し打ちする為の訓練場とも言える場所まで来ているのである。
「さてと、今日もいつも通り魔法の試し打ちでもしますかね」
そうして、予備動作を開始すると突然誰かが話しかけてきたのである。
「お待ち下さい」
「え、え?」
こんな誰もいないような場所で急に話しかけられたので、一瞬取り乱してしまった。
しかし、騎士たる者常に冷静たるべし、というエルモアの教えのもと、すぐに冷静さを取り戻し事態の理解を図る。
まず、こんなところにいる時点でまともな奴じゃないのは確かである。こんな人気のない場所で油売ってる奴なんてまともな仕事していない盗賊の類だからまず警戒しておくに越したことはないだろう。
しかし、もしかしたら話せばわかるタイプの盗賊の可能性もあるかもしれないので、一応、念のために相手の名前ぐらいは聞いてみることにした。こちらとしても、こんなばしょで魔法を打ちまくってる変質者であることには変わらないので、誰かに報告でもされたら真っ先に怪しまれるのは自分である。
「お前は…誰だ?」
「わ、私で、ございますか…?私は、ユスティカ。あなた様の侍従のうちの1人でありまする」
最初は距離が離れていたので気が付かなかったが、近づくと頭に耳が生えていたので、獣人であることが分かった。しかし、どうやら俺のことを知っているみたいだが、まったく心当たりがなかった。
「それは一体どうゆう…」
「本当に、私のことが分からないのでありますか…?」
だんだんと距離を詰めて聞いてくる。まるで詰問されているような距離感だった。
「いや、本当に…ワカラナイヨ」
「やれやれ、やはりそうでしたか…では、仕方ないですね。」
『契約』
「これは普段『契約』を結ぶ時に使用する魔法ですが、その『契約』を参照するときにも使えます。そして、契約当事者は、双方この魔法を使用したときにその『契約』時の記憶が喚起されるのです」
ロムの頭の中にその『契約』当時の記憶が蘇る。このユスティカという者との出会いの記憶、そして、なぜ『契約』を結んだのかということも思い出すことができた。
「そうか、ユスティカ。いま、思い出してきたぞ」
「そうですか…それは…本当に…本当に…よかった」
ユスティカはその場に倒れ込むようにして泣き崩れる。それはどうしてか、安堵でホッとして力が抜けてしまっているようでもあった。
「一体どうしたってんだ」
「あの日以来、ロム様の安否が確認できずに、従者である私としては、それはもう心配で心配で、、、」
「どうやらよく分からないが、なんか心配をかけたみたいだな」
いまだ全ての状況を飲み込めているわけではないが、とりあえずユスティカを慰める。泣き崩れるユスティカを慰めるというのは、はたからみると少年が大人の女性を慰めるというなんとも言えない状況であった。
「あぁ、失礼致しました。改めてユスティカ、御身の前に参りました」
「あ、あぁ」
ユスティカ。王の侍従4人のうちの1人である。その正体は猫の妖精で、普段は人間の大差ない格好をしているが、頭から出た猫耳だけは隠せていない。
基本的に王の侍従といっても身の回りのお世話をするだけでなく、戦闘や警護なども行なうため実力は折り紙つきである。ユスティカも侍従4人のうちだと、2番目に強い。
基本的には、仕事はそつなくこなし、人当たりも面倒見もいい感じであるが、動揺すると耳に現れてしまったり、甘い物に目がなかったりするのである。
「それで、どうしてここに?」
「それなのですが……」
どうやら、ロムと別れてしまったあと、気づいたらこの森林にいて、どうやら今までいた場所とは違うということで、近くを散策しているところ、ここで魔法の試し打ちをしているロムを見つけたそうだ。
さらに、ユスティカからロムの過去についてある程度のことを聞くことが出来た。どうやら、昔、ロムとユスティカはヒの国という場所にいて、ロムはそこの国王でユスティカは侍従であった。
ヒの国というのは、その世界で知らない者はいないぐらいの超大国で世界のおおよそをその手中に収めていた。その国では、全ての種族が共生していて、全ての者が平和に暮らす事ができるまさしく理想郷を目指していた。
しかし、ある日を境にヒの国は崩壊してしまったのである。そして、その崩壊の原因や何が起こったのかということは、ユスティカも覚えていないらしく、真相は分からずしまいだそうだ。
「しかし、ロム様は随分と幼くなってしまわれましたね」
「そうなのか?前の自分が分からんからなんとも言えないな」
「えぇ、あのときのロム様は圧倒的なオーラと協力な力で全てを掌握し、多くの者を使える最強の王でありました。あの時のロム様に逆らおう者ならその者は跡形もなく消し去るところか、歴史からもその存在を消されるぐらいの勢いがありましたね」
「あー、そんな魔王みたいな感じだったのか俺は…」
ユスティカの伝聞から当時の自分の様子を想像するとそれはまったく邪智暴虐な魔王みたいなやつで、本当にそんな奴が王だったなんて信じられないが、まぁ、自分のことなんだけど…もしかして、それ俺が原因で反旗でも翻されたんじゃないの?って思ったので、ユスティカにも聞いてみたが、「いえいえ、国にいる誰もがロム様に忠誠を誓っていたと思います!」の一点張りだった。
「それで、ロム様は一体ここで何をされていたんです?」
「俺か?俺はな、ここで魔法の研究をしてたんだよ」
「ロム様と対等に戦える者など1人もいないと思いますが、、」
「そりゃ当時の話だろ。いまはその時と違うから当時がどれくらいかは分からんが、いまはそんな最強な奴じゃないと思うぞ」
「確かに……あのときほどのオーラを感じないですが…しかし、ロム様の潜在能力はとんでもないはず…一体これからどうやることやら」
過度な期待をかけられているが、その期待を空回りさせてしまいそうな気がして不安だ。まったく…本当に当時は一体どんな奴だったんだ俺。
「しかし、ロム様は普段はその強大すぎる魔力を抑える為に自身に魔力の抑制をかける自制魔法をかけていました。もしかしたら、その魔法がいま現在もかかっている可能性はありませんか?」
「その時とは違う人体な訳だし、その可能性は低いんじゃない……いや、自制魔法は確か、教本で読んだが、その肉体ではなく魂にかける魔法であったはず。そうすると、仮に肉体は変わっていても魂はどうした同じ状態であるから、もしかしたら魔法の制限はかけたままなのかもしれないな…」
『魔力解放』
その瞬間周辺一体は魔力は瘴気で溢れかえった。圧倒的な魔力量。魔力はその濃度によっては、生物に有毒で危険性を持つ瘴気にもなりうるらしいが、これはまさしくそれであった。魔界は常に魔力の濃度が高い為に瘴気が溢れかえっているというが、これはその比ではないのではないかと思われるぐらい濃い魔力だ。
これはまずい。ただでさえ、一度森林を全焼させてしまって大事件に発展させてしまったのに、次は高濃度の瘴気を大量発生させてしまったなど、笑い話にもならん。
「ユスティカ!自制魔法はどうやってかけることができる?」
「一体の魔力を吸収して抑え込むんです!さながら、精一杯吸った息を吐くことを我慢するように!」
「いや、急に言われても全然分からん。一体その時はどうやって抑えたんだ」
「と、とりあえず、やってみましょう!」
「おう!」
その後しばらくの間、魔力を大量に放出したり、吸収したりを繰り返しながら制御する方法を身にして学んでいった。後にアスカリオン大森林の一部で魔力瘴気の大量発生事件として、大きく王都を賑わすことになることもこの時は知る由もなかった。
―――――
「いやぁ〜、なんとかなったな」
「え、えぇ。なんとかなりましたね」
決め手となったのは『魔力制御』だった。何度も大量の魔力の出し入れをしているうちに、『魔力制御』を習得するための条件を満たしたのかもしれない。とにかく、この魔法を使えば、魔力の出し入れを自由にすることが出来る。これで、さっきみたいな事件を発生させる危険性はとりあえず回避できる。
「それで、ロム様…私はどうしたら良いのでしょうか?」
「どうしよっかね」
いま問題となっているのは、ユスティカであった。彼女は、この世界には身寄りもなければ、そもそも違うところから来た、というか俺と同じヒの国出身なわけである。しかし、この世界には、ヒの国なんて場所はない。
しかし、このままエルモアとキクに言って養って貰うってのは流石に…いや、あの2人なら全然乗り気で承諾してくれそうだが、他の案を考えた方がいいな。
しかし、俺自身もこの世界にエルモアとキク以外に頼れる場所なんて現状存在しないし、そもそもオルドー領から出たことなんてほぼないに等しい。
2人でしばらく考えた結果一つの方法に辿り着いた。それは、ユスティカには、ペットとしてエルモアとキクに迎え入れて貰うということである。
先に断っておくが、ペットというのは、猫耳姿の成人女性をペットのように飼うという意味ではない。そんな非人道的なことは、この世界というかどの世界に於いてもちょっとアウトだ。ユスティカか、それでも良いと言っていたが、それは『セイショウネンイクセイジョウレイ』に抵触するので駄目だと言っておいた。
「『セイショウネンイクセイジョウレイ』ってなんですか、ロム様」
「それは、俺もよく分からないがとても恐ろしい魔法だ、分からんが絶対に触れようとしないほうが良いのは確かだ」
「わ、わかりました」
ちょうどいいことに、ユスティカは猫の精霊なので猫になることも出来るのである。この世界に猫がいるのかどうかは不確かではあるが、この状態ならなんとかなりそうな気がする。
実際に、エルモアとキクに猫化したユスティカを合わせてみると「可愛い〜」と言って飼う気まんまんだったので一安心だ。
ユスティカはどんな気持ちで猫化しているのかイマイチ分からないので、なんだか申し訳ない感じもするが、とりあえず現状では、エルモアとキクのある場所では猫になって貰うしかないので、我慢して貰うしかないなと心の中で思いながらも、ユスティカをこれからどうしていくのか将来が不安になるロムであった。