第三話 はじめての模擬戦
相変わらず今日も今日とて剣術の研鑽は続いてる。
ここのところ毎日同じような生活を続けている。
朝起きて、剣術の練習して、魔法の研究と研鑽、そしてご飯を食べて寝る。次の日も同じ、また次の日も同じ…
もちろん、日々研鑽を積むことはとても大切なことである。日々の研鑽に関しては、エルモアも「日々の積み重ねが大切なんだよ」と普段からよく言っている。というか、それしか言っていない。
そんなエルモアの日々積み重ね論を毎日のように聞かされているので、自分の中でも「日々の積み重ねこそが重要であって、それこそが研鑽で積み重ね」などとよく分からないような洗脳状態になってしまいそうになることが何度かあった。
ただ、そんな中でも着実に剣術も上達していた。もともと、エルモアとキクが王都騎士団の所属で実戦経験に富んでいるということもあるだろうが、そもそも剣術のセンスも高かったのかもしれないと自己陶酔してしまう。
加えて、魔力による身体強化の効果が甚だ大きな影響を及ぼしているのは確かである。簡単な話、魔力によって大幅に身体強化を行えば、多少剣術が劣っているとしても、物量でなんとか出来てしまう。もちろん、騎士クラスになるとそう簡単にもいかないが、近所の自分と同じようなアマチュア剣士と戦うぐらいであれば、圧倒的な魔力量でごり押し出来る。
「やはり、ロムは魔力量で剣術をカバーしているところが不安だな」
「やっぱり駄目だよね」
エルモアが訓練中に突然に切り出した。
「いや、駄目というわけではないな。剣術だけでは今後太刀打ち出来ない相手とで交わす可能性は充分あるからな。魔力による身体強化が不要かと言われたらそんなことはないが…それでも、剣術はとても重要だと思うぞ」
「…うん」
「たとえば、体力の消耗を抑えることや相手との間合い、それぞれの流派ごとの戦闘スタイルとか洗練された剣術ほどたくさんの技術と知識が詰まっているからな」
「なるほどね」
「まぁ、決闘とか戦闘とかってのは、結局のところ情報戦だからな。相手がどんな流派の戦闘スタイルなのか、得意の攻撃方法や防御方法、弱点とかそういった情報を得るためや導くためにも剣術というのは、かなり研究されている戦闘学だよな」
「流石は王都の騎士団所属…言うことが違いますね」
「お?そうか?ハハハハ…」
エルモアは大声で高笑いしながら話を続ける。適当に煽てておけばあわよくば今日の訓練は楽になるかも、といった反騎士道精神で煽ててみるが、見事に策にハマったかのような天狗状態だった。
ただ、エルモアの言うことも一理ある。今後、何があるか分からない、そして何より、今後強敵と出会した時にも戦えるように剣術を会得しておくことはとても好都合であろう。
「そういえば、ロムはこれから将来何を目指すのか決めてるのか?」
「え?何を目指すって?」
「だから、俺やお母さんみたいに騎士を目指すのか、それとも他の職業になるのかってことだよ」
そういえば俺は一体これからどうすればいいのだろうか。何をすればいいのかよく分からないままただ日々の過ごしているが、一体何をするのが正解なのか。
「エルモアは俺にどうなって欲しいの?」
「そりゃ、俺みたいに騎士をやってくれるのが1番いいけど、他にも道はたくさんあるからな」
エルモアに他にはどんな道があるのか聞いてみたが、騎士の家系の多くは騎士になる。他にも、傭兵や王国兵士、そして、他国に勧誘されて騎士や兵士になるものもあるそうだ。そして、世界の国の中には、ブシと呼ばれるブシドーという特別な志を持った特殊な騎士がいるとか、剣聖と呼ばれる世界最高峰の騎士がいる。剣聖という称号は、世界に一つだけであり、皆剣を志すものはそこを目指して研鑽を積む。
「ただ、剣聖があるのは、残念ながらバルティカじゃないからな。代々剣聖の家系が生まれるのは、バルティカの北東に位置する大国トランシルバキアからだ。俺も一度、先代の剣聖と相対したことがあるが、あれは、バケモノのなかのバケモノだ」
「エルモアが言うんだから、相当な強さなんだろうね」
「あれは、騎士なら誰もが憧れるような畏怖と尊敬を集めるに相応しい存在だったな」
この世界で生きていくうえで、絶対的な安定は必要不可欠だな。騎士はとても安定した職業だった聞くし、せっかく親のコネクションを使って騎士の道を目指せるのなら、目指しておくに越したことはないだろう。
「騎士になることにするよ、エルモア」
「おぉ、そうか?別に他の選択肢もあるんだぞ?」
「いや、騎士になるのか自分にとって1番の正解な気がするんだ。根拠とかはあんまりないけど、なんかそんな気がするんだ」
「まぁ、意義なんてのはいざ騎士になってみないと見えてこないものだろうしな。結局他の選択肢を選ぶことになったとしても、それは騎士になった後だとしても遅くはない。だから、最初は根拠とか理由ががなくたっていいんじゃねえか?」
訓練終わりの夕日が照らす帰り道,今日だけはなぜだか、いつもよりもエルモアの後ろ姿が猛々しく頼り甲斐があってカッコよく見えた。
―――――
今日は同じバルドー領で騎士を目指す者たちが合同で模擬戦をする模擬戦大会が開かれていた。轟轟しく大会と称しているが、バルドー領にいる騎士志望の少年や青年たちは、ほんの数人程度で、試合会場が準備される訳でも観客が来る訳でもない。
ただ、普段はエルモアとしか模擬戦をしないのでたまにこうして違う人と模擬戦ができるというのは嬉々とするものがある。
しかし、参加するのは今回が初めてなので、どんな感じなのかわからない緊張感と楽しみだという気持ちが入り混じっていた。
どうやら今日の模擬戦の予定は1人10戦。全員がそれぞれの自分以外の全員と模擬戦が出来るように対戦表が作られていた。
自分の初戦は、全体の中での2戦目だったので、1戦目の試合を観戦して、模擬戦の雰囲気を感じ取っておくことにした。
初めて参加したので分からなかったが、自分が最初に戦う相手は、どうやらオルドー領においで、最も強いと噂されている期待の青年らしい。
なぜ、最初からそんな奴とやらされるのか。答えは、絶対エルモアのせいだ。5分ほど前に、「お前なら全員余裕で倒せるな」とか言っていたので、絶対に奴の悪知恵なのは間違いない、奴が確信犯だ。
そんなこんなで初戦を憂いていると、1戦目が始まった。模擬戦において、剣は模擬戦用のものを使っているが、それ以外は実践と同様である。
初戦から激しい戦闘が繰り広げられた。魔法の使用は、許可されているため、お互いに魔法による攻撃の応酬が繰り広げられる。どうやら、彼らはお互いに水系統魔法を頻繁に使っていたので、水系統魔法に適性があるみたいだ。
俺が使う火系統の魔法だと水系統魔法と相性が悪いな。こいつらと戦う時は、魔法による長距離戦に持ち込まれると厄介だ。身体強化ですぐさま近接戦に持ち込もう。
そんなことを考えていると1戦目はあっという間に終わった。どうやら、まだまだ騎士の見習いということもあってか、魔力の量や体力の限界も早いらしく、一度の模擬戦はそんなに長くは続かないらしい。
「次、2戦目。ロムとロレーヌは準備しろ!」
「はい!」
審判の号令で模擬戦をする場所に移動する。決戦場の舞台はとても簡易的なものであるが、魔法行使を許可しているからか、外から見るよりかなり広く感じた。
「それじゃ、2戦目、、、開始!」
開始の合図とともにロレーヌは、水系統魔法を行使するとともに、急激に間合いを詰めにくる。
「水球!!」
「身体強化!!」
『水爆弾』は、『水球』の上位魔法であり、相手に着弾する前に爆発して水が拡散する。それ自体では、相手には殆どダメージは入らないが、爆散させるものを毒入りの液体にする事が出来たり、相手の視界を塞ぐ事が出来るので、一瞬隙が出来るのである。
ロレーヌが魔法行使と同時に『身体強化』で間合いを詰めに来たということは、『水爆弾』は俺の視界を一瞬塞いで隙を作る事が目的なのであろう。
「火球!!」
「身体強化!!」
やや遅れながら、ロムも魔法で反撃に出る。『火球』で『水爆弾』が爆散する前に、蒸発させる事でロレーヌの狙いを防ぐためである。
しかし、その狙いは裏目に出てしまう。一度に広範囲で蒸発したことによって発生した水蒸気によって周囲の視界が不透明になってしまう。
これによって、ロムはロレーヌがどこから攻撃してくるかを視界ではすぐに認識できない状態になってしまった。しかし、ロムは聴覚と気配の察知によってロレーヌの攻撃を全て受け交わす。
さっきの試合も少し思っていたが、なんだかロレーヌも攻撃までの速度がとても遅い。いつも、エルモアと模擬戦をしているからであるのか、ロレーヌやさっきの試合の攻撃動作や移動速度がとても遅く見える。
それに、『身体強化』を使っている割には、剣を交わした時の重圧感が全く伝わってこない。とても軽いので、片手で軽々の受け止められてしまう。
ロムは内心少し動揺していた。想像していたよりも拍子抜けだったロレーヌの実力に手加減しているのかと怪訝にすら感じていた。
「じゃあ、次はこっちから行くぞっ!」
ロムはいっきにロレーヌとの間合いを詰めていった。
ロレーヌが次の魔法を行使する前に剣で決着をつけるのが狙いだった。
しかし、ロレーヌとの距離はどんどん縮まっていくのに、ロレーヌは一向に剣の構えなかった。
一体何をしているの、ロレーヌには何か奥の手があるのだろうか。ロムは警戒心を絶やすことなく間合いを詰めていくが、それでもロムは一向に剣を構える事がなかった。
次の瞬間、ロムが剣を振りかざすと遅ればせながらにロレーヌが剣で受け身の体制をとる。ロムは、少し力を込めてそのまま振り下ろそうとすると、激しい衝撃音とともに砂塵が舞い上がった。
砂塵が消えてきたころ、そこには倒れていたロレーヌがいた。ロムが剣を振り下ろした地面は大きくひび割れていて、多少地形が変形してしまうほどであった。
周りは唖然としていた。
今日初めて模擬戦に参加した、少年が持つ能力の高さが圧倒的だったからだ。圧倒的な速さとパワーで、ロレーヌを倒したロムに、周囲の人々は驚きを隠さなかった。
「えっと……す、すいません」
とりあえず、周囲から驚嘆の目を向けられてやり過ごすことの出来ないロムは地面を変形させてしまったことに対して誤っておいた。
やっぱり、地形を変えるぐらい力を込めるのはまずかったのであろうか…今になって後悔したところでもうすでに時は遅し。
一同、驚嘆の中1人だけ大声で笑っている奴がいた。そう、奴こそエルモアである。エルモアは、分かってたのである。ロムとロレーヌの戦力差を。そして、それをあえてロムに使える事なく試合をさせた。
あのやろぉ……
俺のことを騙しやがったなぁぁ、と心の中で叫びながらエルモアを睨みつける。全く、これじゃあ俺はまるで化け物扱いじゃないか。
今すぐ、もう一度エルモアに力一杯剣を振り下ろしたかったが、また同じ事が起きるので、なんかと踏み止まった。
「やあやあ、すごいじゃないかロム君」
「やあやあ、じゃあねぇよ、まったく」
「どうだったかい、初めての模擬戦は?」
「見りゃわかるだろうが、何やらしてくれてるんだよ」
「ププププ、みんなにドン引きされてやんの」
コイツ……まじでなんとかしてぶっ飛ばしたい。
こんな奴が王都で騎士やってるとかアウトだろ。大丈夫なのか王都の騎士は。
「まぁ、冗談はさておき、ロム。お前が普段訓練をやってるのは、この俺だからな。しかも、俺はそこそこ全力でお前と模擬戦しているから、そりゃ騎士でもない奴と戦ったらそうなるだろうよ」
「え?そうだったのかよ。それだったら早く言えよ」
今まで、エルモアとしか戦ってきてなかったせいで、いつもエルモアが手加減していると勝手に思い込んでしまっていたようだ。
「いやぁな、可愛い我が子がまさかこんなに強いなんて思わなくてな。せっかくだから、周りの奴にも自慢してやろうと思ってな」
「まったく…親の自慢のために付き合わされるこっちのみにもなってくれっての」
エルモアの自慢大会に付き合わされるなんてロムからしたらいい迷惑である。そのせいで、ロムは、とんでもない力を持った化け物みたいな変な風評が立ってしまいそうだ。
その後も模擬戦が行われたが、ロムが戦う試合は全て相手の棄権で結局ロムは2戦目以降一試合もする事なく模擬戦大会は終わった。
途中でエルモアが「ロムの相手は、ロムが危険だから棄権するらしいぞ」とかくだらない駄洒落をかましてきたので、流石に怒りを抑えられず、一発憤怒のパンチをお見舞いしておいた。