第一話 いずれ再開する
真っ白で何もない世界。
晴れでもなければ、雨でもない、風も吹いていない。
自分以外のに一切他の生物その他有体物さえも存在しない。
「ここは、、、一体何処なんだ…?」
周囲を見渡してもやはり何もない。
一体なぜこんなところに来ているのか、それまで何処にいたのか全く思い出せない。
「ここは、どこにでもあるし、どこにでもない場所。
世界には表面上からじゃ認識できない世界が存在する。その深層世界こそがこの場所さ」
突然、声をかけてきたのは無機質な少年だった。否、少女のようにも見える。随分とぶっきらぼうな話し方をする子どもがそこにはいた。
「お前は…」
「僕は、この世界の傍観者。いつもこの世界をここから見守っている者さ」
「ボウカンシャ?一体そんな奴が俺になんのようなんだ?」
「別に君に何か用があった訳じゃないよ。ただ、君がこちらの世界に迷い込んだというだけの話さ」
いまだ何が起こっているのか状況の理解が出来ていないが、どうやら目下の危険はなさそうなので一旦胸を撫で下ろす。
「僕は基本的には世界に対して永世的に中立でね。こうやって誰かと話すことなんてないからね。ま、安心したまえよ。今すぐ君に何かをしようって訳じゃない」
「そんな無機質な感じて言われてもな。不気味というか不可思議というか。なんか仏頂面で怖いぜ、ボウカンシャさんよ」
「あぁ、そうだったのか。ヒトと話すのは久しぶりだったからな。どんな感じで話せば良いかをすっかり忘れていたよ」
傍観者はそう言った。
次の瞬間には、傍観者は可愛い美少女に変わっていた。
体を変化させるとかそういった類いの話ではない。ほんの一瞬にして入れ替わる、あるいは元々そこに立っていたかのようにたしかに変わったのである。
「ヒトはこっちの姿の方が喜ぶらしいからね。傍観者として、ヒトを観察している時に学んだよ」
「さ、左様でしたか…」
突然に起こった出来事にまたもや驚愕してしまいついたじろいでしまう。
「さっきまで、僕の存在を疑っていたかもしれないが、これで少しは僕のとこを見直してくれるかな」
先ほどまでとは違い透き通った声で、声の強弱にも起伏がある。なるほど…傍観者とやらは、そうとうな演技派みたいだな。
「確かに可愛い子の方が嬉しいけどね。僕は、もうちょっと大人しめの方が好み……、いやいや、そうじゃなくて、それでどうやったらこの世界から出られるんだ」
「ん?あ、あぁ、そうだよね。君が1番に聞きたいのは、そのことじゃないかと思ってたんだ」
ドヤッ、とせんばかりの得意気な顔で腰に手を当てる。見た目はだいぶ大人に近づいたが、先ほどと相変わらず子どもみたいな感じだ。
「そもそも、この世界に入って来ることが出来ているということは、君はおそらく資格を持つ者なんだろう。普通の奴ならこの世界に入って来ることはできないし、はまたま、僕から誰かをこの世界に招待することは出来ないから、世界が何かの偶然で君がこの世界に招待されたってことになるね」
「何を言っているか全然分からないんだが…」
「まぁ、僕もいまいち分かってないからあんまり気にすることはないんじゃない?」
「あー、説明はしてくれない感じすか?」
「んー、めんどくさいからね。そこは割愛で」
コイツ…
一瞬怒りの感情が湧き上がり拳をグーで握る。
しかしながら、相手は子どもだ。ここで、感情に身を任せるのは、ちと大人がないからな。ここは、余裕のある大人の対応をすることにしよう。
「じゃあ、この先俺はどうなるんだ?」
「君は今まで通りの生活に戻るんだ。この世界の住人として、この世界の1人としての生活を続けて貰うことになる」
「それはどうゆうこと?」
「君はこの世界に歓迎されたんだ。この世界でもう一度人生を終える権利を得たということさ」
いまだ多くのことを理解出来ていない。
一体なぜこんなところにいるのか?資格を持った者とはなんのことなのか?ここに来る前までは何をしていたのか?しかし、過去の事を考えていてもしょうがないのが現実だ。とりあえずはなるようにしかならない。
「それでなんだけどね、君には一つお願いがあるんだ」
「なんだよ、お願いって」
「それはね、世界の平穏を守ること」
「世界の平穏?」
「そう。この世界では、長い間世界中での凄惨な争いが続いてる。そんならなかで、生物は死に、環境は汚染されていき、世界は混沌へと導かれていく。しかし、いまだにこの世界は、そのから脱出するための筋道を得ることが出来ないままでいるんだ」
傍観者は、真っ白な空間の中に、その世界で行われている凄惨な状況を移しながら続けて説明を続ける。
「このまま凄惨な悲劇が繰り返されるっては傍観者としても見るに耐えなくてね。なんとかして、この現状を打開したいんだ」
「自分でやることは出来ないのか?」
「僕はあくまで傍観者だからね。この世界に直接介入することは出来ない。あくまで、眺めることしかできないんだ」
「それに、僕はこの世界に対して実体を有してない。いわば観念的な存在であって、生物でもなければ、自然界に存在する形而下のものではない。いま君が見ているこの姿だって本当の姿ではない。君たち生物が認識出来るよう分かりやすく親近感のあるヒトの形をとっているだけなんだ」
「……それで、一体何をしろってんだ?」
「端的に君には世界の調停者になって欲しいんだ」
「チョウテイシャ?」
「世界の平穏を守り、世界中に存在する争いの火種をなくす。争いが起これば、中立的な立場から両者に公平な審判を下す。それが調停者の役割だ」
「そんなこと、、一個人が出来るレベルの話なのか?」
「もちろん、君にはその資格がある」
「だから、その資格って…」
「はいはい説明しますよ」
まったく、と言わんばかりの腑抜けた顔で説明をし始めてた。だったらさっき説明しろよ…!っと言いたいところだったが、ここでツッコむのはやめておこうと傍観者に対する文句は心の中にしまっておいた。
それから色々な事を説明してもらった。
まず、資格を持つ者とは一体なんなのか。
資格といのは、世界の深層に対する干渉をすることができる者のことらしい。どうやら、この世界では、ごく稀に世界の深層に干渉することが許される者が突如として誕生する。その者は、世界の深層から直接的に何かしらの役割を任命される。
その役割というのは、何種類かあって、調停者や傍観者もその一つであるが、他にどのような役割があるかというとは分かっていないらしい。
そして、その役割を担っている者にはそれぞれ何かしらの権能が与えられている。
ちなみに、傍観者の権能は、『全てを見通す目』と呼ばれるもので、世界のありとあらゆるものを全て見ることが出来る権能だという。
調停者に与えられた権能は、『絶対的な審判者』というもので、調停者の宣言した審判は必ず下されるというものだ。
ただし、この権能は、同じ資格を持つ者に対しては、行使することが出来ないが、それ以外であればおおよそのものに対しては行使できる。
「……と言った感じだ。これで知りたいことは分かったかな?」
「あぁ、ひとまず知りたいことは分かった。それじゃ、聞きたいことも聞けたしもうそろそろ行こうかな」
「そのまえに、君の名前…聞いてもいいかい?」
「俺は____。ヒの国から来た」
「ヒの国?聞いたことのない国の名前だな。そんな国がこの世界にあったっけ?」
「いや、この世界にある国の名前じゃない。それは、以前俺がいた国の名前だ」
「それは、また興味深い話だね。是非詳しくお聞かせ願いたいな」
「……悪いが、殆ど何も覚えていないんだ。ただ、ヒの国の存在については何故か覚えている。自分自身がその国の出身であるということも。しかしそれ以上はなにも思い出せないんだ」
だが、なんとかしてヒの国のことを思い出さないと。そのためにも、あの世界でヒの国に関する情報収集をするべきだ。
「そう、、残念だけど私はヒの国に関する情報は持っていない。力になれなくてごめんね」
「いや、いいんだ。自分でなんとかするさ」
「ただ、調停者の役割を得たということは世界は君に何かを望んでいる。それがなんなのかは分からないが、きっと君の過去がなんらかの形で起因してるのかとは確かだと思う。だから、きっと君が調停者としての役割を果たしていくなかでなんかしらの答えが見つかる可能性は限りなく高い」
「とりあえずは、その役割とやら承ってやろうじゃないか」
「ありがとう。これでひとまず僕は指令通りに役割を全うできる」
「どういうことだ?」
「僕には、『いずれくる調停者に役割を全うさせる』という指令があってね。僕はそのために長い間この場所で調停者となる者を待っていたんだ。まぁ、誰がなるとか、いつその調停者が来るとかは分からなかったからね。かなり長い年月が経ってしまって僕もだいぶ待ちくたびれたよ」
「その指令ってのは誰から…」
「さぁね。突然そういう天啓が降りたんだ」
まったく。訳のわからんことがどんどん増えていくな。新しい情報が増えていきすぎて頭がパンクしてしまいそうだ。
「とりあえず、ありがとな。いまだに整理できてないことも多いけどこうして色々教えてくれてよかった」
「あぁ、僕はいつでもこの場所から世界を見てるから。また、会える日を楽しみにしているよ」
そうだな……
目の前が真っ白になっていく。だんだんと視界の先が遠くなっている。自分の意識が薄らいでいく。
真っ白な世界で1人残された傍観者は去り際に呟く。
僕はいずれ再会することになる。どうか、その日まで…