名作王国
人間の知らない、現実と表裏一体となった世界『名作王国』には、数々の本が暮らしている。
名作でありながら人に読まれず現実から姿を消した本も居れば、名作でありながらコンテストに入賞せずに原稿用紙のままで迷い混んだ本も居る。
『名作王国』へ辿り着く経緯は色々有るが、どの本も同じ目的を持ちこの世界で生きている。
目的とは、この世界の住民たちに自身を読まれる事だ。
住民は、現実で人に読まれている本に登場する人物や動物である。
本の登場なので、妖精や魔法使い、天馬や竜等も居る。
そんな住民が読んでいる現実から送られた本は、この世界にある図書迷宮『ストーリーラビリンス』に保管されている。
現実から贈られる本は贈られる度に保管する書架が増えていき、それに合わせて『ストーリーラビリンス』の大きさも変化していく。
少し前まで一階建ての建物だったのだが、本が贈られる期間が早まっている事で今では最上階数が地上からは見えない位置まで出来ており、同時に横幅の広がり具合もかなりの成長がうかがえた。
『ストーリーラビリンス』で働く住民たちは、次々贈られる本を魔法や術を上手く使って素早く書架へと並べていく。
その並べた本はそれらを借りに訪れた利用者たちが借りていく。
「新刊が到達されるまで後少しだよ。
今回到達される作品だが、原稿用紙での姿という事らしい」
「久々に書き下ろしの作品が届けられるんですね。
原稿用紙ですと、ページが混ざらないよう用心が必要となりますね」
「原稿の隅に番号が記されているが、到達途中で何らかの事故が起きないよう書物郵便が手配しているとの事だ」
それを聞いて、図書管理員は安堵した。
新刊である原稿用紙を厳重に梱包した書物郵便のオートバイは、『ストーリーラビリンス』までの道を安全運転で走り抜ける。
(今回の書物は製本されていないから、用心して同時に至急御届けする……難しいけど、攻略するんだ)
オートバイが抱く配達の心得は、安全運転、時間厳守だ。
十分以内に書物を配達しないと、作品の情熱が冷めてしまう。
『夢』と言う名の味が落ちた書物だと、折角の名作が台無しとなる。
目的地へと安全運転で急ぐオートバイを、待っているモノが居る。
少し前に現実からこの世界へと訪れた本だ。
本の名は『トリス』……配達される原稿用紙とは現実の世界で友好的な関係だった。
トリスはオートバイの姿が
見えると、危なくない程度に前に出て手を振る。
「配達オートバイさん、止まって下さい!」
「え?」
オートバイが停止すると、トリスからある事が伝えられる。
「突然スカウト事案が起きました。
原稿用紙の作品を現実へと返却願います」
「は、はい!
直ちに返却致します!」
『突然スカウト』とは、現実で一度、没となった作品が見直され製本へと変更される状態を云う。
トリスは『ストーリーラビリンス』から指示を受け、オートバイに知らせを届けに来たわけだ。
「危ないところでした。
『ストーリーラビリンス』に配達すると、自動的にこの世界での図書登録が決定しますから……毎回ヒヤヒヤします」
「全くです。
こちらも報告を至急せねば手遅れになりますから、気を緩める事は出来ませんね」
「でもまあ、この原稿用紙の作品は再び現実での活躍を見せることが出来ます」
オートバイはもと来た道を引き返し、原稿用紙の作品を運んで行った。
トリスも報告の完了を伝える為、『ストーリーラビリンス』へ戻る。
背表紙の文字を嬉しそうに踊らせ、トリスは紙取り軽く歩いていく。
(原稿用紙の名作が、現実で輝けたら幸せだな)
こんな事案が時折あるから、この世界は楽しいのだ。