占いの館で片想いしている女の子の相談をした翌日から、好きな子の様子がおかしいんだが?
「でね、その従姉妹の家で飼ってる猫ちゃんが、凄く警戒心が強くてなかなか私に懐いてくれないんだけど、おやつをあげた時だけはすぐ近寄って来て、夢中で食べてくれるのが、超可愛いの!」
「……そうか」
とある放課後の教室。
そこで俺はいつものように、隣の席の朝比奈と二人で、世間話に興じていた。
……嗚呼、今日も朝比奈は可愛い。
小動物を彷彿とさせる、小柄な身体とくせっ毛の髪。
いつもニコニコ笑っている、太陽みたいな明るい性格。
朝比奈は元来口下手でコミュ障な俺に、唯一優しく話し掛けてくれた、天使のような存在だった。
そんな俺が朝比奈に分不相応な恋心を抱いてしまったのは、言わば必然だったのだと思う。
「……あー、ごめんね田村くん、また私ばっか喋っちゃって」
「……いや」
そんな、気にしないでくれよ朝比奈。
俺は朝比奈が楽しそうに話しているのを見てるだけで、赤スパを投げたいくらい心が満たされてるんだから……。
「私なんかと喋ってても、田村くんは楽しくないよね……」
「――!?」
朝比奈!?
いつも笑顔を絶やさない朝比奈が、目に見えてしょぼんとしてしまった。
嗚呼、違うんだ朝比奈ッ!
俺はただ口下手なだけで、楽しくないから話さないわけではないんだッ!
「あっ、もうこんな時間。私、家の手伝いしなきゃいけないから、先帰るね。またね、田村くん」
「……あ、あぁ」
何か言わなきゃという焦燥感に駆られたものの、結局喉から言葉は出ないまま、寂しそうに一人帰って行く朝比奈の背中を、俺はただぼんやりと眺めていた――。
「……はぁ」
クソデカ溜め息を吐きながら、帰り道をとぼとぼ歩く。
嗚呼、俺は本物のバカ野郎だ……。
せっかく朝比奈が話し掛けてくれているというのに、そのチャンスを活かせないなんて。
やはり俺には、朝比奈のことを好きになる資格なんかないのだろうか……。
「……あれ?」
その時だった。
ボーっと歩いていたせいで、いつの間にか隣町の商店街に来てしまっていた。
まあいい。
どうせ暇だし、気晴らしに見慣れない街並みを歩くのも悪くないだろう。
へえ、こんなところに古本屋があったのか。
ちょっと寄ってみるかな。
「……あ」
が、その古本屋の隣にあった、『占いの館 未来の眼』という小さな店に、俺の目は釘付けになった。
占い、か……。
あまりこういうオカルト的なものは信じないタチだが、溺れる者は何とやらだ。
騙されたと思って、一回くらい入ってみるか。
「す、すいません」
勇気を出して仰々しい扉を開けると、店内は間接照明でいかにもオカルティックな空気を演出していた。
「あっ、いらっしゃいま……せッ!?」
「?」
狭い店内の中心に座っていた占い師風の人物が、俺の顔を見るなり、露骨に狼狽えた素振りを見せた。
オレ何かやっちゃいました?
占い師さんは顔を物々しい仮面で隠しており、声もボイスチェンジャーで加工しているので性別すら不明だが、体格的におそらく女性だろうと思われた。
仮面から覗くくせっ毛の髪が、朝比奈みたいで親近感が湧く。
「あのー、俺の顔に何かついてますか?」
「い、いえいえいえいえいえ! 何でもありません! ど、どうぞお掛けください!」
「あ、はぁ」
まあいいか。
ふうと一つ深呼吸してから、占い師さんの前に腰を下ろす俺。
テーブルの上には、これまたいかにもな水晶玉が置かれている。
「え、えーとですね、大変申し上げづらいのですが、実は占い師は私の母でして」
「あ、そうなんですか」
「ですが、母は現在出張中で、私はただの店番なのです。なので、占いは不得手で……。お話を聞くくらいしかできないのですが……」
「あっ、そ、それでも結構です! 実は俺今、凄く悩んでることがありまして! 是非ご相談に乗っていただきたいんです!」
むしろ渡りに船だ!
一人で悩んでるより、こういうのは誰かに相談したほうがいいってネットに書いてあったし!(Z世代)
「そ、そうですか……、そういうことでしたら。どんなことを悩まれてるんですか?」
「はい。……俺、好きな子がいるんですが」
「ええッ!?!?」
「っ!?」
う、占い師さん!?
「あっ、すすすすすすいません!! どうぞ続けてください……!」
「はぁ」
なんでそんなにアタフタしてるんだろう?
恋の悩みなんて、占いの館じゃ日常茶飯事だろうに。
「……その子は同じクラスの隣の席の女の子で。くせっ毛と笑顔が眩しい、とても可愛い子なんです」
「ひゃ、ひゃあああああああああ!!!!」
「っ!?!?」
占い師さんは両手で顔を覆って、悶えに悶えた。
占い師さん???
そんな手で隠さなくたって、元から仮面で顔は見えませんよ!?
「……ハァ、ハァ、ハァ。た、大変失礼いたしました。どうぞ続けてください」
「あ、はい……」
大丈夫かな、この人?
ギリギリ合法な薬とかキメてたりしないよね?
「ただ、如何せん俺は口下手で、その子の前だと緊張して、ろくに話せなくなっちゃうんです」
「……! なるほど、そういうことだったんですか」
「え?」
そういうこと、とは?
「あ、いえ! こちらの話です! お気になさらず!」
「あ、はぁ。……で、どうしたらその子の前でも、緊張せず話せるようになるかと思いまして」
「ふぅむ、そうですねぇ。そんなに気を張る必要はないと思いますけどねぇ。その子だってただの一人の女の子なんですから、リラックスして普通に話せばいいんですよ」
「そ、そんな! だだの女の子なんかじゃありませんッ! 俺にとっては、天使のような神々しい存在なんですッ!!」
「て、ててててて天使いいいいい!?!?」
「っ!?」
またしても占い師さんは、両手で顔を覆って暴走したチンアナゴみたいになっている。
この人の情緒不安定すぎるだろ!?
「……ハァ、ハァ、ハァ。な、なるほど……、あなたの気持ちはよーくわかりました。――そういうことでしたら、いっそ古典的なおまじないに頼るのも一つの手かもしれません」
「おまじない?」
「はい、よくあるじゃないですか、人という字を手に三回書いて飲み込むと、緊張しなくなるってやつです」
「ああ、聞いたことあります! それなら気軽にできるし、早速明日試してみますね!」
「ふふ、頑張ってくださいね」
「はい! 今日は相談に乗っていただいて、本当にありがとうございました! 料金はおいくらになりますでしょうか?」
「あー、そうですねー。……じゃあ、百円で」
「百円!? いくら何でも、それは……」
今時百円ショップだって、平気な顔して三百円のものを置いてる時代ですよ!?
「いいんです、私は大したことはしてませんし、初回料金ってことで。――その代わり、その子の件でまた何か困ったことがあった際は、いつでもお越しください。こうして話を聞かせてもらった以上、私もあなたには、是非その恋を成就してもらいたいですし!」
「ほ、本当ですか!」
嗚呼、何ていい人なんだ……!
この人の恩に報いるためにも、明日こそ頑張って、朝比奈に話し掛けてみせる――!
そして迎えた翌朝。
いつものように登校すると、今日も教室には、朝比奈だけが一人でスマホを弄っていた。
コミュ障な俺は誰もいない教室で、一人でぼんやり過ごすのが好きなので、いつも早く登校しているのだが、何故か最近朝比奈だけは俺より早く登校しているのだ。
「あっ!? お、おおおおおおはよう、田村くんッ!!」
「?? お、おはよう……」
俺と目が合うと、朝比奈は耳まで真っ赤にしながら、これでもかと目を泳がせて挨拶してきた。
あ、朝比奈??
どうしてしまったというんだ、朝比奈……!
「あー、俺の顔に何かついてるか?」
「い、いや!? そ、そういうわけじゃないんだけどね!? あはははは……」
「……」
うぅむ、明らかに様子がおかしいが、まあいい。
とにかく今の俺の最優先事項は、朝比奈とフランクに話すことだ!
そのためにはまず、昨日占い師さんから教えてもらった、あの技を使う――!
「人、人、人……」
「……!」
俺は手のひらに人という字を三回書いて、それをごっくんと飲み込んだ。
何故か朝比奈はそんな俺のことを、初孫を見るおばあちゃんみたいな顔で見守っているが、何はともあれこれで準備は万全!
話すぞぉ!
朝比奈と、お喋りするぞぉ……!
「あ、あのな、朝比奈……」
「っ! う、うん!」
朝比奈がキラキラした瞳を、俺に向けてくれる。
くっ……!
またそんな天使みたいな顔をして……!
ヤ、ヤバい……!
心拍数が530000くらいになってきた……!
――頭の中が真っ白で、何も言葉が出てこない……!!
「……あ、いや、何でもない」
「……! そ、そっか……」
嗚呼、クソッ……。
やっぱり俺は、史上最大のバカ野郎だ……。
「本当に申し訳ございませんッ!! あれだけ親身に相談に乗っていただいたにもかかわらず、なんの成果も!! 得られませんでした!!」
放課後早速昨日の占いの館にやって来た俺は、占い師さんに深く頭を下げた。
「そ、そんな! どうかお顔を上げてください! まだ勝負は始まったばかりじゃないですか。あきらめたらそこで試合終了ですよ……?」
「――!」
こんな無様を晒した俺を、名作漫画の台詞で鼓舞してくれる占い師さん。
嗚呼、やっぱりこの人はいい人だッ!
「そうですよね。せっかくあなたがこんなに背中を押してくださってるんです。まだあわてるような時間じゃないですよね!」
俺も同様に、名作漫画の台詞で返す。
「そうですそうです! 気持ちを切り替えて、一緒に次の手を考えましょう!」
「とはいえ、いったいどうしたら……。せめて話すキッカケでもあればいいんですが……」
「キッカケ、ですか……。あっ、ではこういうのはいかがでしょうか。――その子に、プレゼントを贈るんです」
「プ、プレゼント!?」
「はい、女の子というのは、男の子からプレゼントされるのが好きな生き物ですし、それなら自然と、会話のキッカケにもなると思いますよ」
「な、なるほど!」
やはりこの人は天才だ!!
現代に蘇った諸葛孔明だ!
この人が「だまらっしゃい」と一喝すれば、たちまち円安は解消することだろう――!
「わかりました。では早速マグロ漁船のバイトで百万円ほど貯めて、ビバリーヒルズに飛んで高級バッグを――」
「い、いやいやいや!? そこまでする必要はないんですよ!? 値段は問題じゃないんです! あくまであなたからの気持ちが大事なんですよ」
「そ、そうなんですか?」
女性にプレゼントなんて贈ったことないから、塩梅がよくわからんな。
「ふふ、じゃあヘアピンなんていかがでしょうか? その子、くせっ毛だって言ってましたよね? 多分ヘアピンが欲しいなーなんて思ってるはずですよ。それなら百円ショップでも売ってますし」
「え? 本当にそんなもので大丈夫なんですか?」
「はい。――その代わり、その子のことを真剣に考えて、あなたがご自分で選んであげてください。そうすれば、きっとその子にも想いは伝わるはずです」
「――!」
この瞬間、どんよりした厚い雲で覆われていた俺の心に、一筋の光が射したような気がした。
「ありがとうございます! 早速今から百円ショップ行って来ます!」
「ふふ、頑張ってくださいね」
「はい! あっ、そうだ、今回の料金はおいくらでしょうか」
「あー、えーと。じゃあ、今回も百円で」
「ええ!? でも、今回は二回目ですし、初回料金の適応外じゃ……」
「まあまあ、二回目料金ってことで」
「そんな日本語ありましたっけ!?」
「ふふ、その代わり、今回こそはちゃんと成功させてくださいね?」
「――! もちろんです。明日こそは、必ずやいい報告をしてみせますよ!」
「うん、楽しみにしてますね」
絶対に負けられない戦いが、そこにはある――!
「あっ、おはよう、田村くん!」
「っ! お、おはよ……」
そして勝負の翌朝。
昨日は緊張で一睡もできなかった俺だが、ポケットの中に忍ばせているこのヘアピンだけは、何としても朝比奈に渡してみせる!
「あー、その、朝比奈」
「――! う、うん」
心なしか、朝比奈もどこか緊張しているようにも見える。
まさかこれから俺がプレゼントを渡そうとしているなんて知るはずはないから、ただの偶然だろうが。
「こ、これ、を……」
「――!!」
俺は震える手でポケットからヘアピンの包みを取り出し、それを朝比奈に差し出した。
「わあ! これ私にくれるの! ありがとう、田村くんッ!」
「っ!」
朝比奈は日本円に換算したら5000兆円くらいの価値はある笑みを、俺に向けてくれた――。
あっ……!!(尊死)
「えへへー、中身は何かなー。あっ、メッチャ可愛い~! ちょうどヘアピン欲しかったところなのー! ありがとね、田村くん!」
「あ、いや」
嗚呼、朝比奈をイメージして、天使の羽をモチーフにしたヘアピンを選んでみたが、どうやら正解だったらしいな。
よくやったぞ、俺ッ!
「と、ところで、なんで急に、ヘアピンをプレゼントしてくれたの? こ、これってつまり、そういうことだと思っても、いいのかな?」
「――!!」
ほんのり頬を桃色に染めながら、上目遣いを向けてくる朝比奈。
はうっ……!!(萌死)
くっ、これは、ある意味告白する最大のチャンスなのでは……!?
言うんだ!
君のことが好きですと、今日こそ言うんだ、俺……!!
「あ、えーと、その、それは……」
「う、うん……!」
期待と不安が入り交じったような顔で、じっと俺の言葉を待つ朝比奈。
――くぅ!!
「た、たまたまそこで拾っただけだよ! だ、だから特に深い意味は、な、ないからッ!」
「……あっ、そ、そうなんだ。あはは、ごめんね、勘違いしちゃって」
「いや、別に……」
うわああああああああ!!!!
俺の、意気地なしいいいいいいいい!!!!!
「もう俺は死にます!! 長めのロープを貸してくださいッ!!」
「いや、死なないでくださいよ。それにこんなところで首吊り自殺なんかされたら、商売あがったりです」
「あ、そうですよね……。すいません、取り乱しました……」
例によって放課後占い師さんのところに報告に来た俺だが、またしても不甲斐ない結果に終わってしまったことへの自責の念で、危うく人生をリセマラしてしまうところだった……。
「でも、一世一代のチャンスだったのに棒に振ってしまって……。自分で自分が情けなくて……」
「あはは……、まあ気を落とさず。また次の手を一緒に考えましょう」
「……いや、もういいです」
「えっ!?」
これ以上、この人に迷惑をかけるわけにはいかない――。
「やっぱり俺には、あの子のことを好きになる資格なんかなかったんです……。元より分不相応な恋だったんです……。コミュ障はコミュ障なりに、生涯独りでひっそりと過ごすのがお似合いなんですよ……」
「そ、そんな!? あきらめたらそこで試合終了だって、昨日も言ったじゃないですか!」
「……でも」
「…………わかりました。今日だけは特別に、あなたとその子の相性を、私が占って差し上げます」
「え?」
う、占い師さん!?
「いいんですか? あなたは占いは不得手だって……」
「ですから今日だけの特別です。あきらめるのは、その結果を聞いてからでも遅くはないでしょう?」
「――!」
た、確かに。
何故かこの人の言葉には、得も言われぬ説得力がある――!
これが『スゴ味』ってやつなのか……?
どうせ駄目元なんだ。
最後はこの人の占いに託すのは、アリよりのアリかもしれないな……!
「――わかりました。どうか占ってください、俺とあの子の相性を!」
倒置法!
「ふふ、お任せください。――では」
「――!」
占い師さんは水晶玉に手をかざすと、暫し無言で何かを感じ取ろうとしているようだった。
そして――。
「――結果が出ました」
「っ! で、では、その結果、は……?」
た、頼む……!!
「――おめでとうございます。あなたとその子は、両想いですよ」
「っ!!?」
なにィイイイイイイ!?!?
「ほ、本当ですかッ!?」
「ふふ、本当です。よかったですね」
「は、はい……!! ありがとうございます……!! ありがとうございますううぅぅ……!!」
人前にもかかわらず、俺は号泣した。
嗚呼、俺と朝比奈が両想い……!!!
今日まで生きてきてよかった……!!
――こんなに嬉しいことはない。
「俺、明日こそは絶対、あの子に告白します!」
「ふふ、頑張ってくださいね。私は田村くんのこと、応援してますから」
「…………え?」
う、占い師さんッ!?
「な、なんであなたが俺の名前知ってるんですか……。俺は一度も、名乗ってませんよね?」
「…………え? あっ!? し、しまったッ!?」
「――!!」
動揺して立ち上がった途端、占い師さんの仮面が少しだけズレて前髪が見えた。
その前髪には、今朝俺が朝比奈にプレゼントした、天使の羽のヘアピンがつけられていた――。