6話 木漏れ日亭
宿に戻り、カナはリュックを置いた後ベッドでゴロゴロして俺はズタ袋の荷物を整理していた時、カランカランとベルが鳴る音が下からした。
「ご飯かな?」
「そうみたいだな。行こうか」
部屋を出て食堂に行き、テーブル席に座り食事を待つことにする。
「おまちどう!」
そこに20代前半程の赤毛にそばかすの、女将さんに顔が似た女性が料理を持って来てくれた。
……ただし、女性の両手と周囲に料理が載った皿が浮いていたが。
「驚いた? これは私のギフトの『念動』だよ」
聞けば自分の近くなら念じれば自由に操ることが出来る。ただしそこまで重い物は動かせず、数も2、3個が限界らしい。
「だけど、こうやって給仕をする分には役立っているよ」
「へー、ギフトにも色々あるんですね」
「そうね。うちのちなみにうちの母もギフト持ち。火種を出すだけだけどね」
「母?」
「あ、自己紹介がまだだったね。私はメイナ。ここの女将アンナの娘さ。お客さんよろしく!」
「はい、よろしくお願いします」
「うちの料理は美味しいって評判いいから味は期待していいよ! あ、お酒は有料だから。と言っても見た感じまだ飲める歳じゃないかー。酒は18歳になってから! じゃあごゆっくりー」
騒がしくメイナと挨拶をした後、テーブルに置かれた料理を頂く。
メニューはパンとサラダに野菜がゴロゴロ入ったシチュー、そしてステーキだ。
ステーキは何の肉か分からないが、柔らかく脂ものってて噛むたびに口に肉汁が広がり、味付けもスパイスが効いてる。シチューもじっくり煮込んであり、野菜は柔らかく味が染み込んでいる。少し固めのパンはシチューに浸して食べる事にする。
どの料理も丁寧に作られててとても美味かった。
腹も減っていたおかげか二人でおかわりもして、腹いっぱいになるまで無我夢中で食べた。
「うんうん、いい食べっぷりだったねー。こっちも見てて嬉しかったよ」
片付けに来たメイナさんは積み重なった皿を見て腰に手を当てて満足そうに頷いた。
「ご馳走でした。とても美味しかったです」
「おいしかった」
「ありがとさん。所で風呂入れる様になったけど、どうする? 有料だけど」
風呂!? あると思っていなかったから嬉しい誤算だ。風呂入って疲れと垢を落としたい。
「入ります!」
「わたしも!」
俺に続いてカナも風呂に入ると主張。
「はいよ。なら二人で大銅貨1よ。風呂は宿を出て左隣の建物だから」
俺達はメイナさんに金を払い、風呂に入る準備をしに部屋に戻る。
タオルと替えの下着を持って風呂場に行くと男女別に扉があった。
「カナ、一人で入れる?」
「そこまで子供じゃないもん!」
聞いたらカナが怒ってしまい、女湯の扉に入っていった。
怒らせてしまった。さすがに子供扱いしすぎたかな。次から気をつけよう。
俺も男湯の扉に入り風呂でしっかり体を温めるのだった。
◇
「ふーさっぱりした」
風呂から上がり、建物の外で火照った身体を冷やす。夜風がひんやりして気持ちいい。
「お待たせ。待った?」
涼んでいるとカナも風呂から上がり出て来た。
「いや、少し前に出て来て夜風に当たっていた所だ」
「そう。帰ろう?」
「ああ」
俺達は部屋に戻り部屋の壁に備え付けてあるランタンに火を灯して、お互いに見ない様に寝間着に着替える。
「寝る前に今後の事を決めたいと思う」
お互いのベッドで向かい合い、俺はかねてから思っていた事をカナと相談する事にした。
「カナはこれからどうしたい?」
「わたしはバンといる」
「俺と? 故郷に帰りたいとか、両親に会いたいとかないのか?」
「……うん。もう、帰る所ないから」
「……そうか」
訳ありだとは思ったが、思ってたより深刻なのかもしれない。
カナが喋りたくなるまで聞かない事にしているからこれ以上詮索するつもりも無いし、カナを見捨てる事もしないけど。
「バンはどうしたいの?」
「俺は、記憶を戻したい」
俺はカナに自分の気持ちを吐露した。
俺には記憶が無い。俺は誰だ? 俺の名前は? どうしてこの世界に来たのか?
時折自分について疑問や違和感を感じても冷静になったりどうでもよくなる事もある。野盗とはいえ人を殺す時もだ。
記憶が無くなる前の俺は何をしていたんだ? それが知りたかった。
「まあ、記憶を戻す以前に、目の前の問題をどうにかしないと」
「問題?」
「そう、それは――金だ!」
そう、金だ。今はまだ懐に余裕はあるが路銀を稼がないと記憶を戻すどころではない。
「何とか金を稼ぎながら記憶を戻す方法をさがさないと」
「ならいい方法があるよ」
「……何かあるの?」
「うん、冒険者になる」
「冒険者? ちょいっと詳しく」
「うんと、冒険者っていうのは――」
カナの説明によると、各地にダンジョンと呼ばれる場所があるらしい。
ダンジョンには財宝や不思議な物等があるが、モンスターといった化け物もいる。そういったものを求めて依頼を出す人もいるらしい。
冒険者とは依頼を受け、モンスターを倒し、宝を手に入れ、ダンジョンを探索する者だという。
「あとね、ダンジョンを攻略した人は願いが叶うっていわれているの」
「願いが、叶うか」
その話が本当なら金も稼げるみたいだし、記憶の手がかりがない以上ダンジョンに挑むのもアリだな。
「よし、俺の目的は決まった。ダンジョンを攻略して、金を稼ぎつつ記憶を戻す!」
「うん、がんばって」
「でも、カナはいいのか?」
「なにが?」
「聞く限りダンジョンは危険だろう? もちろん、カナのギフトは便利だけどダンジョンに連れて行くつもりはない。でも俺はダンジョンで死ぬかもしれない。そうしたらカナは一人になってしまう。それでもいいのか?」
「……うん。冒険者になるのを止めるつもりもないし、バンと一緒にいる」
どうやら、カナの気持ちは固いらしい。一緒に来てくれる事が嬉しかったが、俺の都合で付き合われせる事に申し訳なく感じる。それでもやっぱり嬉しい気持ちが勝っていた。
「分かった……これからもよろしくな」
「うん、よろしく」
「ちなみにダンジョンが何処にあるか知ってる?」
「知らない」
そう言ってカナは首を横に振った。
「だよなぁ。明日はダンジョンについて聞き込みをしてみるか」
「うん……」
よく見たらカナが首をカクンカクンしながら眠気で船を漕ぎ出しはじめている。
懐中時計を見ると文字盤の針は10時を差している。
そうだよな。もう夜だし、今日も色々あったし、疲れているもんな。
「もう寝ようか」
「……うん」
そう言ってカナに寝るように促した。
ベッドに入ったカナはそれからすぐにスースーと寝息を立てた。
「おやすみ」
そうカナに言ってランタンの火を消し、俺もベッドに入ると俺も疲れていた所為かすぐに眠りについた。
次回「出発」