5話 駅舎と村
カナの案内の元、森を歩き続けてようやく人の痕跡のある場所に着いたが…。
「……まじでか」
そこは、左右に何処までも続く列車の線路らしきレールが敷いてあった。
「ファンタジーだと思っていたのがいきなり近代化しやがったぜ・・・」
「何言ってるのかわからないけど、どうするの? 形跡は線路の向こうに続いてるけど」
どうやら野盗達はこの線路を横切ってきたらしい。
野盗が何処から来たのかは気にはなるが……とは言っても線路の向こうも森になっているし、カナの『千里眼』でもさすがにこの先どうなるか分からないから、無難に線路に沿って歩くのが一番だろう。
「カナ、どっちかに線路に建物があるか見えない?」
「うーん……あ、なんか大きな樽が見える」
「樽?」
「うん。なんか高い所に置いてある」
高い所に樽……なんだろう? まあ、行ってみたら分かるか。
「じゃあ、そっちに行くか」
「うん」
そうやって建物がある方に向かって少し歩くと、櫓の上にデカい樽が設置されているのが見えてきた。そして櫓の側に平屋の建物もある。
建物に近づくと平屋の建物は駅舎みたいで、ホームらしき場所は線路側からでも階段で上がれる構造になっている。
俺達は階段を上がり駅のホームに立つ。
ホームは木造の床張りで、ベンチが一つあるだけの簡素なものだった。
ホーム奥の駅舎の出入口には、受付場所らしきボックスがあったのでそっちに向かう。
受付には駅員らしき制服を着た初老の男性がいた。
「おや、お客様ですかな?」
「ええと、実は道に迷ってしまって……すみませんがここが何処だか教えてもらえらせんか?」
「ええ勿論。ここはウルバン領にある中継駅です」
「ウルバン領? すみません。地理に疎くて」
「そうですか。少々お待ちください」
そういって駅員さんは地図を持ってきてくれて説明してくれた。
地図には大きな島が描かれていて島の右端には城の絵。そこから島を上下に分断するように線が横に引かれおり、線は途中に丸や街等が描かれた絵を中継して左端の船の描かれた絵まで引かれていた。
右上に『ルルジアナ王国横断路線図』と描いてある。なるほど、引いてある線は路線か。
「ここが現在地です」
そう言って、駅員さんが俺から見て地図の真ん中のと左の間にある丸が描かれた所を指差した。
丸が描かれた場所は中継駅と呼ばれ、列車の駅兼補給地点を指しているらしい。
「補給?」
「ええ。列車には燃料と水が必要なので」
そうか、列車は蒸気機関で動いているのか。だとしたら駅舎の横の櫓は給水塔か。
「わかりました。それともう一つ。近くに宿がある村とかありますか?」
もう夕方だし、宿があるなら泊まりたい。最悪駅舎で野宿していいか頼むか。
「はい。駅を出て道を少し歩くとココ村に着きます。そこに宿があります。一本道なので迷うこともありませんよ」
……俺、方向音痴って思われているのかな? まあ、そう思われてもしょうがないけど。
「ありがとうございます。行ってみます」
「ありがとう」
「いいえ。お嬢ちゃんも道中気をつけて」
俺とカナは駅員さんにお礼を言い、駅舎を出て言われた通りに道なりに歩いた。
◇
道なりを歩き、空は夕方になりつつある時にココ村に着いた。夜になる前に着いてよかった。
「お、兄妹で旅か?」
門番だろうか、村の門の前にいた簡素な革鎧と槍を持った青年に声をかけられた。
まあ、凶暴なウサギや野盗がいたから自衛は当然か。
「はい、宿に泊まりたくて。ここに宿があると駅員さんに言われて来ました」
兄妹ではないが説明が面倒くさいので否定しなかった。
「むー」
隣でカナが頬を膨らませて不満そうにしていたが、何故だろう?
「そうか。宿は真っ直ぐ行って村の中央にある『木漏れ日亭』がある。看板があるからすぐ分かるぞ」
「そうですか。あと、服が買える店はありますか? この子の服を買いたくて」
青年はカナの服装を見て、
「……水溜りにでも転んだのか? それなら『ミリアン雑貨店』に行くといい。『木漏れ日亭』の向かいにある」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、ココ村にようこそ。俺はアルク。何も無いが歓迎するよ」
「俺はバン、この子はカナです。こちらもお世話になります」
青年と挨拶をかわして、言われた通りに歩き村の中央に着いた。
「まず宿をとろう。看板があるって言ってたけど」
「……あれじゃない?」
カナが指差した先に木と太陽の絵が描かれた看板が掲げてあった。絵の下に『木漏れ日亭』と書かれている。
時刻ももうすぐ夕方になろうとしてるし、少し早足気味で『木漏れ日亭』に向かう。
「いらっしゃいっ! 木漏れ日亭にようこそ!」
宿屋の中に足を踏み入れると、四十代前半ほどの女性が元気な声で出迎えてくれた。
女将さんかな。赤髪の恰幅と愛嬌のある人だ。
「泊まりたいんですが、部屋空いてますか?」
「だいじょうよ。兄妹なら2人部屋でいいかい?」
「カナ、どうする?」
カナもお年頃だ。1人部屋がいいかもしれないので聞いてみる。
「バンと一緒がいい」
「分かった。……2人部屋でとりあえず一泊おねがいします」
「あいよ! なら大銅貨7枚だ」
「はい……お釣りありますか?」
俺はポケットから財布を出して銀貨1枚を渡して女将に聞いた。
道中カナが教えてくれた貨幣換算は
小銅貨10枚で大銅貨1枚、
大銅貨10枚で銀貨1枚、
銀貨10枚で金貨1枚になる。
小銅貨1枚でパンが1個買えるらしいから宿泊料金は妥当かな。
これで所持金は
金貨6枚、銀貨12枚、大銅貨6枚、小銅貨7枚。この宿に5ヶ月近くは泊まれるな。
「大丈夫だよ……はいお釣り。ご飯は朝と夜出る。その時鐘を鳴らすから奥の食堂に来なよ。ご飯までまだ時間があるから荷物を置いてゆっくりするといい。部屋を案内するからついてきて」
「分かりました」
女将さんに連れられて、2階の奥にある部屋に案内された。
「これが鍵ね。私は女将のアンナ。何か分からない事があったら聞きな。それじゃあごゆっくりー」
「ありがとうございます。お世話になります」
鍵を開けて中に入る。中は2つのベッドの間に机と椅子が2つある簡素な部屋だが、掃除も行き届いておりシーツも清潔。悪くは無さそうだ。
「ふぅ」
女将さんが離れた後、俺はズタ袋を床に置いて一息ついた。
「カナ、少し休む? それとも服買いに行く?」
「買い物行きたい! ……でもいいの?」
「いいのいいの。子供が遠慮しなさんな」
「もう子供じゃないもん! ……でも、ありがとう」
「はいよ。じゃあ行くか」
俺達は宿を出て、向かいにある『ミリアン雑貨店』に向かう。
「こんにちはー」
挨拶しながら中に入ると、日用品や薬、旅の装備品等が雑多に置かれた、まさに雑貨店という品揃えで売られていた。奥のカウンターには店主らしき恰幅の良い初老の女性が座っている。
「いらっしゃい。見ない顔だね。わたしゃ店主のミリアンだよ」
「こんにちは、俺はバン、この子はカナです。ええ、さっき村に着いたばかりで・・・カナの服が欲しいんですが」
「ほぅほぅ」
店主はカナのブカブカの服装をまじまじと見た。
「……見たところ、兄ちゃんの服を着せているみたいだが、替えの服を持ってなかったのかい?」
「ええ、この子は持ってなくて……」
「……まぁ、いいさ。ほら嬢ちゃん。こっちにおいで」
俺達を兄妹と思っていた人もいたが、店主は訳ありだと思ったらしい。まぁ、髪の色違うしな。怪しまれながらもカナを呼んで、服を渡して試着室に向かわせた。
カナが着替えている間に棚に並んでいる商品を見て回る。
雑貨店なだけあって色々あるな。……あ、このテント欲しいかも。こっちは懐中時計かな、時計盤の数字は俺が知っているのじゃないし、針も1本だが。
そんな風に商品を物色していると、試着室からカナが出てきた。
「おまたせ」
「おや、ずいぶんとかわいらしくなったじゃないかい」
オレンジ色を基調とした少し大きめの長袖の上着と、膝まである白いズボン。長い金髪はピンクのリボンでポニーテールにして、足元は黄色い靴下に新品の編み上げのブーツだ。
店主の言う通り、旅人の衣服を身につけたカナはとてもかわいかった。
「……どう?」
カナはくるりと一回転して俺に感想を聞いてきた。
「うんとてもかわいい。似合っているよ」
「えへへへ……じゃあ、これにする」
「わかった。あと替えの服も買おうか。好きなの選んでいいよ」
「うん! やったぁ!」
子供とはいえ女の子、おしゃれをしたいお年頃だろう。俺も何か買うか。
こうしてカナは青い長袖ワンピースとズボンに替えの靴下と下着、寝間着、俺はカナ用のリュックと水筒、タオル、毛布、懐中時計、俺も寝間着を持ってなかったので購入、あと旅用の小さく折りたためるテントと香辛料、保存食をいくつかを買うことにした。
合計で銀貨7枚と大銅貨1枚だったが、大量に買ったおかげか銀貨7枚にまけてもらった。
「あんたみたいのが何時も来てくれたらもうかるんだけどねー」
「ははは……荷物まとめてもらってありがとうございます」
カナのリュックに替えの服と水筒、タオル、毛布を畳んでまとめて入れてもらい、カナが着ていた俺の服と商品は紙袋に入れてもらった。
「えへへへ」
カナは最初に試着した新しい服をそのまま着て、リュックを背負いご満悦だ。
「毎度ありー」
気が付けばもう夜になりかかっていたので、俺達は雑貨店を出て宿に戻ることにした。
貨幣価値はそれぞれ
小銅貨・・・100円
大銅貨・・・1000円
銀貨 ・・・10000円
金貨 ・・・100000円
次回「木漏れ日亭」