2話 少女
「モグモグモグ!!」
「取らないから…落ち着いて食べな」
あの後ナイフでウサギの血抜き、解体した後適当な大きさに切って塩で味付け、フライパンに油を引き焼いて食ってみた。
肉は柔らかくて臭みもなく、鶏肉みたいで意外とうまい。
少女もよほど腹が減っていたのか、皿に山の様に積まれた焼いた肉の前から離れようとせずフォークを力一杯握りしめて、小さな頬をリスの様にふくらませながらガツガツと貪り食っていた。
こりゃあ、食い終わるまで話聞けそうに無いな。
にしても、どうなってるんだ?
かなりの量があった肉は半分近くがすでにこの少女の胃の中に入っている。すごい食欲だ。
少女はようやく満腹になったのか、満足そうな顔をして食べる手を止めた時にはウサギの肉はほとんどが少女の胃の中に収まった。
「ほら」
俺は先に食事を終わらせて、川でフライパンや食器を洗った後に飲んでいた水筒を少女に渡した。
「ん」
少女は水筒を受け取り、ゴクゴクと飲んで喉を潤す。
「落ち着いたか?」
「うん…ありがとう」
「どういたしまして…それで君は――」
「カナ」
「え?」
「カナ。わたしの名前…あなたは?」
「俺か?…ええと…実は分からないんだ」
俺はカナに記憶がない事、気が付いたらこの森にいた事、人に会ったのがカナが初めてなことを話した。
俺の話を聞いたカナは、
「じゃあ、名前つける」
「はい?」
「名前無いんでしょ?…だから名前つける」
……まぁ、名前は必要だし、自分でぱっとは思いつかないしな。カナに頼んでみるのもいいかもな。
「それじゃあ、頼もうかな」
「うん。じゃあ……バン」
「バン? …ちなみに理由は?」
「初めて会った時にバンッ!って音がしてたから」
なるほど。発砲音から名付けたのか。
「…ダメ?」
……そんな不安そうな顔しなくても。別に悪くない名前だし、まぁいいか。
「いいや、ダメじゃない。今から俺の名前はバンだ。よろしく、カナ」
「うん、よろしく」
「それじゃあ、色々聞いてもいいか?」
「わかった」
そしてカナから色々と話を聞いた。
カナの年齢は9歳。遠くの小さな村に住んでいたらしいが……。
「迷子?」
「……」
「……両親とか、探してくれる人は?」
「…いない」
「…どうして、森に1人で?」
「……」
だんまりか。言いたくないのか、言えない訳があるのか。訳ありなのは確かだな。
「どこか行くあては?」
「…ない」
呟きながらフルフルと首を横に振った。
だよなぁ。あてがあったら森を彷徨ってなんかいない。
さてどうするか。このまま置き去りっていうのも後味悪いし、ずっと泣きそうな顔見せられたら放ってもおけない。
俺も記憶喪失で、右も左も分からん状態でもある。それなら――
「だったら、一緒に来てくれないか?」
「――え?」
カナは驚いた表情をして俺を見た。
「いやほら、俺記憶ないからさ。俺の知らない事とか教えてくれたら助かるんだけど」
「…いいの?」
「いいもなにも、誘っているのは俺だ。一緒にいるのが嫌なら人が居る所までは送るけど――」
「いやじゃない!」
大声で言いながらカナが突然、俺に抱きついてきた。
「うぉわ!?」
突然の出来事にバランスを崩して仰向けに倒れ込む。
「ちょっカナ、どう――」
した急に、と尋ねようとしたが、
「うぅ…ぐずっ…ありがとう…」
――俺の上で胸に顔を埋めながら泣いてお礼を言うカナに対して、俺は何も言えなかった。
カナがどんな境遇だったかは知らないが、たぶん誰にも頼れず1人ぼっちだったのだろう。だから――
「大丈夫。大丈夫だから」
泣き止むまでカナの頭を優しく撫でた。
◇
「……落ち着いたか?」
「うん……」
10分程泣いてようやく落ち着いたのか。涙に濡れた眼で俺を見つめながら頷いた。
しかしカナは一向に抱きついたまま離れようとはしない。
「ええと、そろそろ離れてくれると……」
「いや」
「いやって……」
むしろ決して離すまいと抱きつく腕の力を強めてきた。
まいったな……どうしよう。
「ほら、このままってのも…な?」
俺はしどろもどろになって説得をしてようやく、
「……わかった」
渋々とだが離れてくれた。
「でもよかったの? わたしの事、なにも知らないのに、ずっと黙っているのに…」
「いいよ。自分の事情も言っていいと思ったら時に言いな」
「うん…ありがと」
お礼を言って、カナは俺に初めて笑顔を見せてくれた。
「…どういたしまして」
その見惚れてしまうほどの笑顔に俺は照れてしまい、明後日の方を向き頬を掻きながら返事をした。
さてと…もう夜も更けて3つの月が夜中に輝いている。
俺はともかくカナはそろそろ寝る時間だ。
俺はカナのボロボロの服と汚れた体を見て、寝る前に川で水浴びをするように言ってタオルと予備の服を渡した。
「覗かない?」
「覗かないよ」
「本当に?」
「本当だって」
「……本当の本当に?」
「信用ないの俺!?」
何故か覗かないかを何度も確認された後、俺は森の方を向いてると言って、こっちを見ないように強く言ってからようやく川に向かった。
子供と言えど女の子。知り合ったばかりの男に警戒しているんだろうけど、そんなに信用ないかね。少しショックだ。
しばらく森を警戒しながら待っていると、
「…もういいよ」
そう言われ振り返ると、さっぱりした表情のカナが近づいて焚き火で暖をとっていた。
サイズが大きすぎるので上服はブカブカ。ズボンはズタ袋からロープを出して無理やり縛って穿いている。袖も裾も巻いて手足を出している所為で、更に幼さを感じる。
元々着ていた服はボロきれに近かったので捨てたらしい。
どこかで新しい服を買ってあげないとな。
「…んん」
「眠そうだな。ほら、もう夜だしもう寝な」
そう言って、うとうとと船を漕ぎ出しているカナに、ズタ袋から毛布を出して渡した。
「…バンは?」
「俺は見張りがあるから起きておくよ」
夕方のようなデカブツがまた襲ってくるかもしれないからな。今夜は寝ずの番をするつもりだ。
「大丈夫。徹夜は慣れているから」
そう言った瞬間、自分の言葉に疑問をもった。
……あれ、なんで徹夜に慣れているんだ?
いくら考えても、相変わらず何も思い出せないのでとりあえず頭の片隅にとどめておく程度にしておく。
「…一緒に寝よ?」
「いや、だから見張りが…」
「大丈夫。この周りに危ないのいないから」
「ん? 何で分かるんだ?」
「それはね…わたしの……ぐぅ」
……言い終わる前に寝てしまった。
「わたしの……なんだ?」
せめて言い終わってから寝てほしかった。
でもカナの言葉には確信があったな。考えたら俺より森にいたんだ。森の生態に詳しいのだろう。
「ならお言葉に甘えて、寝るか」
もちろん、いつでも夜襲に対応できるようにリボルバーをホルスターから抜いておく。
俺はカナの隣に寄り添い、毛布にくるまって安心した表情で寝むる少女の寝顔を見て、外套にくるまって眠ることにした。
次回「ギフト」