帰還しての食堂での会話
朝食を取る者も大方去り、冒険者ギルドの食堂は空席が目立つ状態であるのに、フローレンス達の一行が徐々に集まり始めた。
昨日にシャールに戻ったばかりということで、本日は休息に当てたのだ。
「おはようさん。ご機嫌そうやな、フローレンス」
「えぇ。楽しかったもの。でも、聖竜様にはお会いできなかったのは残念だわ」
先に着席していたフローレンスは目の前の皿にある焼き物を摘まみながら答える。
「よくそんな物が口に出来るわね。それ、人を食ってるのよ」
キャロルは嫌悪感より呆れを表に出してフローレンスへ告げる。
「ごめんなさい。どんな生き物でも命を奪ったら食べるってのが私の信条なのよ」
「ふーん、人間を殺しても?」
軽い冗談のつもりだった。
「そうなるわ」
フローレンスの即答にキャロルは衝撃で肝を冷やす。それから、冷静を保つために、指で印を結んで彼女の信仰する神に祈る。
「それ、ブラックジョークでしょ?」
「うふふ、そうよ」
少女2人は笑い合う。
両人ともこの冒険者パーティーの解散は望んでいなくて、亀裂が始まりそうだったのをを無理やりに修復させた。
「しかし、体内から竜の巫女の服が出てきたのは驚いた。食われたのは30年以上前だろ?」
湖で倒した鯰型の化け物は水に浮かべる形でシャールまで運ばれ、解体された。その為、ガインとポールが水中から押し手伝ったとは言え、往復ともにロープでの牽引係となったアシルは酷く疲労する羽目になっている。
それはさておき、胃袋の外側に黒い巫女服が発見されたのである。
「丸飲みにされて脱出しようとして力尽きたのでしょうか」
「それなら骨も残るでしょ」
「脱出しようと胃袋に穴を開けるまでは良かったんやけど、無理と判断して、自分を殺した犯人を示すために巫女服を置いたんかもしれんわな。名前入りやったしな」
「いや、自分を殺したなら永遠に苦しめと異物を体内に埋めたのかもしれないぜ」
「ポールは発想が陰険よね」
「そ、そんなことないぞ!」
慌てるポールを慰める意図で、フローレンスは自分が新たに皿から手にしたものを隣席の彼の口元に持っていく。
「ポール君、はい」
化け物の髭を小さく薄く削いで焼き目を付けたものである。香ばしさはあっても、常人には美味しいと思えない代物である。
しかし、彼は食べる。話題を変える助け船であったから。なお、キャロルは「うわっ」と正直に小さく声を出して顔を顰めた。
「アシルさんも食べます? 僕が取りましょう。身の方は美味しかったですよ。これは不味いですけど」
前日の重労働で真っ赤に両肩が腫れていて、上半身限定で下着姿のアシルはずっと黙っていた。それをヤニックが気にして話を振ったのである。
「要らねーよ」
やはり元気はない。
「どうしたの、アシル君?」
「いやな、フローレンス。お前は強い。そして、怪力であれを釣り上げもした。なのに! 俺も強いはずなのに! 俺は前回は草刈り役で、今回は運搬係だった!」
彼は役割分担の不平を言おうとしているのか、それとも、フローレンスの才能は自分達のパーティーでは扱いに困ると訴えたいのか。
ポールが息を飲む。キャロルがアシルを睨む。ヤニックが涼しい顔で人参ジュースを口に含む。ガインも手を止めずに茹で玉子を剥く。フローレンスは微笑んでいた。
「だがな、フローレンス! 俺はいつか! お前を守る存在になってやるからな!」
「楽しみにしているわ」
何となく緊張が解れる。感情を動作に見せなかった者達も安堵したのは隠せなかった。
「熱血ね」
「告白にも聞こえましたよ」
「アシルにはキャロルがいるだろ」
「「は?」」
思わず吐いた言葉に2人が反応して、冷たい視線を貰うポール。
「勘違いも甚だしいわね! 私は神に仕える者よ。こう見えても、いずれは教会内で高位職を目指すつもりなんだから恋愛なんてしないわよ!」
初めて聞いた話にアシルもポールも少し残念な気持ちになる。でも、2人とも、まだフローレンスがいるからと自らを慰める。
「ちょ、ちょっと宜しいでしょうか?」
そんな時、話が終わったと判断したのだろう、食卓の外から声が掛かった。
「なんや? 人相悪いやっちゃな。借金取りやったら人違いやで」
「そ、そうですか。すみません……」
ガインの発言は相手には冗談と受け取ってもらえず、ひどく恐縮する。なお、相手はヤニック並みの優男だ。人相ならアシルの方がよっぽど酷い。
「用は何かしら?」
礼儀正しい青年にフローレンスが尋ねる。
「あっ、はい。湖の化け物退治の件、凄いと思いました。あれを6人だけでやるなんて、素晴らしいです! これからも頑張ってください!」
「え……はい、ありがと……」
意外な激励に驚くキャロルの返答もそこそこに青年は去っていき、見守っていた仲間に何故かハイタッチで迎えられていた。
「何だ?」
「俺らも少し名が売れたんかもやな。面倒な依頼が来るかもしれんけど、聖竜様を探すんやったら都合がえぇと思うで。なあ、フローレンス」
「えぇ。あら? あらら?」
返答中のフローレンスが途中で意識を変える。くりくりした相眸はギルドの入り口を見詰めていた。
食堂へ向かってくる者が2人いた。
黒い生地に優雅な金刺繍が入った、ゆったりとした服に身を包むものと、鬼人の仮面を被った細身の戦士。戦士の鎧も黒を基調とするものだった。
「貴女方がガインさん達? 私は竜神殿の巫女長ツィタチーニアと申します。ツィタとお呼びください」
ポールが慌てて立って自分の席を譲ったが、巫女長は丁重に断っていた。
※来週末に資格試験でして、すみませんが、1週間の休載に入りますm(_ _)m
また、10月中旬と11月上旬に行きたくない海外へ行く予定でして、そこも休載期間とする予定です。