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湖に住む魔物の討伐

 夜も十分に更けた頃合い、小さな波が舟を揺らす音が虫の声の合間に聞こえる。

 それが流されないようにロープで繋いでいる木の近くに少女が1人座っている。フローレンスである。

 勢いが衰えた焚き火を前にして、同じ木に背を預けて座っている。薄い毛布を肩に掛けた彼女は気持ち良さそうな寝息さえ掻いていた。舟の見守り役としても囮役としても完全に失格だと一見では思われた。


 月が雲に隠れる。それを待っていたかのように、岸辺に近い湖面から人の頭ほどの大きさを持つ白い物が覗く。そして、音を立てずにゆっくりと水中から体を伸ばし始める。


 巨大な線虫のように顔も凸凹もない長い体を空中でくねらせながら、まだ身動きしないフローレンスへと近付く。目は無くとも光は分かるのか、火を嫌うように迂回した。


 線虫の動きが止まる。先端は斜め上方からフローレンスへ向けており、まるで射手が獲物を一撃で仕留めるために狙いを定めているかのようであった。


 雲の切れ間から月が再び現れようとした瞬間、それまでの緩慢な動作とは打って変わって、一気に、そして、真っ直ぐにフローレンスの頭を目指す。

 もしも直撃していれば、辺り一面に脳や血が飛び散っていたであろう。


「もぉ、寝込みのレディーを襲うなんて無粋ねぇ」


 素早い動きで立ち上がって避けていたフローレンスは誰にも聞こえないのに呟いた。

 攻撃が空振った線虫型の化け物は、今度は下方からフローレンスの腹を貫通することを狙って鋭く動く。


「ごめんなさいね」


 真っ白い化け物はフローレンスには届かなかった。彼女の拳が向かってくる先端を正確に撃ち抜いたから。余りに速い拳速は音の壁をも突き破り、激しく震える空気は広い湖面を騒がせた。


 大きく損傷した線虫は、しかし、怒りを現すように大きくうねり続け、怯むことなくフローレンスへ再び狙いを定める。欠けた部分が多くとも体液さえ出していない。


「食べられるのかしら、この長いのも」


 もう一度の突きを見せてきた化け物を見切って躱し脇に抱えて固定したフローレンスは、それが案外に硬いことに不安を覚えた。


「焼いたら何でも美味しくなるわよね」


 不安は即座に自己解決。



「フローレンス!!」


 ここに至り、森に隠れていた仲間達の援護が加わった。まずはアシルが長剣を振りかぶりながら猛進する。


「アシル、横や!」


 その後をガインが追う。フローレンスへ一直線に向かうアシルの横へ手持ちのナイフを投げ付けた。

 直後、照明魔法の光球が上がり、周囲を明るくする。


「飛び出し、早いわよ!」


 魔法を唱え終えたキャロルが、「事前の約束通りでは自分の魔法を待つはずでしょ」との意でアシルを叱責する。


「照れるから、褒めんなよ!」


 アシルの剣が振るわれる。切断されたのは、フローレンスを襲った物とは別の線虫型の化け物。ガインの投げナイフで軌道を変えられたそれは、アシルの足下の地面に突き刺さっていたのだ。


「アシルさん、褒められてないですよ」


 得意とする火球魔法を唱える前に、ヤニックはどうしてもそう言いたかったようだ。


「なっ!?」


 最前線のアシルが驚く。ヤニックの言葉に、ではない。斜めに斬られたばかりの鋭い先端でもって、残った体を鞭のようにしならせた魔物がアシルを上から突く動きを見せたから。

 彼は剣を振り下ろした体勢で、魔物が隙だらけの肩口を襲う直前に、ポールの槍が間に入って、アシルを守る。


「寝不足なら寝てて良いんだぜ」


「るっせー!」


 ポールへの悪態を気合い代わりに、今度はアシルは横へ一文字に剣を振り、巨大な線虫をもう一度切断する。前回を反省して、先端が平たくなるように。


 しかし、斬られた化け物はフローレンスを襲った個体と同じく痛みを感じていないのか、蛇のように鎌首をもたげ、アシルとその後ろのポールを睨む。


「――闘い諍い(つか)()く。其は緋蜥蜴の(いが)み!」


 ヤニックの魔法詠唱が完了。狙いは湖面の線虫が出ている根元。業火は水さえ蒸発させながら線虫の白い体を焼き切り、アシル達を狙っていた一端も支えを失い、地上に叩きつけられて暫しの間、土の上で悶え動く。



「フローレンス、大丈夫か!?」


 自分達の相手は倒したと判断したガインはフローレンスに目を遣りながら叫ぶ。


「ポール君、木にピン止めして!!」


 フローレンスも大声で返す。

 見ると、体に線虫をグルグル巻き付けたまま、引っ張って木に白い線を絡ませていた。そこをポールの槍で刺して木に固定しろと言っているようだ。


「分かった!」


 想い人の1人から命令された彼は、すぐに行動に移して彼女の下へと駆けつける。そして、穂先が傷付くのも恐れずに線虫の体ごと幹の奥深くまで槍を叩き込んだ。


「皆、手繰り寄せるわよ!」


 フローレンスは水辺に近付き、綱引きの要領で魔物の細長い体を徐々に引き上げていく。軽い作業に見えたが、実は湖深くへ逃げようとする力が強く、手伝いに来たアシルは内心、フローレンスの怪力に戦慄する。


「ヨイショ!!」


 最後はフローレンスが釣り竿の要領で大きく後ろへ白い魔物を放り上げると、飛沫と共に魔物の本体が宙を舞う。


「きゃっ!!」


 そして、力仕事は不得手で遠くで作業を見守っていたキャロルの付近に落下して、ぬめっとした尾をゆっくりと、しかし、それにとっては必死に振っていた。

 その巨体は優にガインが乗ってきた馬車のサイズを越えており、ちょっと位置を間違えていたら、キャロルは下敷きになって敢えなくあの世に逝っていたであろう。



「……白い鯰?」


 飛び散った泥で汚れた純白の祭服を気にすることなく、呆然と呟くキャロル。


「えぇ、でかい鯰ですね。髭が飛びっきり長いのが特徴ですか?」


 そう彼らが戦っていたのは鯰型の魔物が持つ2本の白い髭だったのだ。その尋常なく伸びた髭を自由自在に操って獲物を捕らえていたのだろう。


 慣れた動きで迅速に獲物に寄ったアシルとポールが左右から鯰に止めを刺す中、フローレンスは湖に飛び込んで、ヤニックが焼き切ったもう1本の髭の回収に向かっていた。

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