後日談(60年後)
今日も辛い1日でした。この世の地獄とは私の為にある言葉だと思います。
大半が薄暗い狭い部屋に2人きり。たまに外に出ても、離れることは許されない。
正しく拷問。殺してやりたいけど、少しでも殺意を出せば、すかさずより強くて鋭い殺気で返されるのです。
「今日のお勉強はここまでよ。お疲れ様、メリナさん」
それを聞いて、読んでいた本を閉じる。このまま圧縮して丸めてゴミ箱に放り込んでやりたい。しかし、そんな事をするはずがない。私は淑女だし、眼前の巫女長の私物だし。
「はい! ありがとうございました!」
努めて笑顔。疲れてますなんて答えて弱みを見せたら、追加でお勉強が始まるんでしょ。承知しております。
ったく、早く死ねよっ!!
ヒッ!? 嘘です! そんな眼で見ないで!
「どうだったかしら、私の甘酸っぱい青春時代の1ページ?」
正直な感想は「長い。私なら『空翔ぶ聖竜様を拝見した。探したが見つからない。おかしなことをした仲間を殺してやった』の3行で終わる話でしたよ」なのですが、流石に口にできないなぁ。
「思っていたより血塗れじゃなかったので、フレッシュ感はありました」
「まぁ、メリナさんには刺激が足りなかったのかしら」
ウッセー。十分にスパイシーでしたよ!
「それでは、夕食が待っていますので、ここで失礼致します」
スタスタと扉まで歩き、回れ右して深く頭を下げます。それから、また回れ右して廊下に出る。
付いて来ないようにちょっと激しめに扉を閉じて、私は一目散に寮へと向かいました。
不慮の事故で燃え尽きた新人寮ですが、無事に再建されまして、私はその部屋の一角に部屋を借りています。朝と夕に食事が出て、部屋は自分でやりますが、共同部分のトイレとかは掃除係がやってくれて大変に便利なのです。だから、もう新人ではありませんが、無理を言って入居させて貰っています。
「ちょっと大変なんですよ!」
「メリナさん、貴女の部屋はここではなくてお向かいで御座いますよ」
「知ってますって。それよりも聞いてくださいよ。とても面白い話ですから」
「面白い? メリナさんがそう思うならよっぽどの事ではあるのでしょうね」
目の前の女はアデリーナ。この国の女王のくせに、未だ竜の巫女見習いの寮の管理人をしてやがる女です。
「はい。聞いてくださいよ」
私の懇願にも関わらず、鬼の異名を誇る目の前のアデリーナ様はペンを片手に持ったまま書類から目を離しませんでした。
「早く言いなさいな」
「いやー、それは他人の話を聞く態度じゃないかなって思いまして」
「自分の部屋のように、仕事中の私の部屋にノックもせずに入ってくる者がマナーを語るんじゃ御座いません」
「ノックしましたよ。コンッて一回」
「あれはノックだったので御座いますね。驚きで御座いますよ」
やっと手を止めてこっちを向いてくれました。こいつは毎度面倒なヤツです。
「で、何で御座いますか?」
「私、今日は巫女長の自伝を読まされたんです! 題名も竜を愛でる乙女の青春物語とか、少しも読んでみたいと思わせないヤツで、ゾゾッとしました!」
「それで?」
こいつ!? 少しも表情を変えやがりませんでした!!
「自分の事を美少女とか書いてやがるんですよ!」
「それは記憶を失くしたメリナさんも同様でしたから、似た者同士で御座いましょ? それとも、同族嫌悪?」
「あいつと一緒な訳があるか!!」
「えぇ。あっちも同じ感情でそう思っているでしょうね」
「それに、それに! 自伝なのに、巫女長の心の内より他の登場人物の方が詳しく書いてあるんですよ! あいつ、人の心が読めるんですか!?」
「完璧ではないのだそうですよ」
っ!? マジかよ!?
あいつは精霊や神の類いの存在だったのか!?
「私もメリナさんに先立って巫女長候補の研修を受けていたでしょ? その中で、自伝『竜を愛でる乙女のワクワクドキドキ故郷物語』とかいう、村を襲ったある教団関係者を皆殺しにする話を読んでおります。その中で記載がありましたよ。守護精霊経由で知るそうで御座います。ほら、メリナさんのガランガドーと同じで御座いますね」
ひぃ!? 今までの巫女長への悪意とかもだだ漏れだったのか!? 知りたくなかった!!
「でも、これは驚きますよ! 巫女長は長い間、共に旅をした女性を殴り殺したのです! そして、明記してませんでしたが、その肉を喰らったはずです! ひぃ、恐ろしい! あいつ、人肉を喰らうんですよ!」
しかし、アデリーナ様は冷たい目で私を見るだけでした。
「メリナさんだって、ゴブリンを喰らっていたでしょ。同じで御座いますよ」
「全然違うもん!」
「高貴な私からしたら、庶民もゴブリンも同じように野蛮な存在で御座いますから」
くそ! 庶民の前でそれを放言して、革命の嵐の中に消え去れ!
「まぁ、水でも飲んで落ち着きなさい」
「……ありがとうございます」
私は水挿しから注いで頂いた水を一気に飲み干し、ソファに深く座ります。
「ショッキングで御座います」
「どうされましたか?」
「居座るつもりで御座いますか?」
「暇ですから。フィンレーさんも居ないし」
「帰りなさい」
「嫌です」
「帰れ」
「嫌です」
魔力感知が訴えるのです。ここでやり過ごせと。
「話が変わりますが、あの後、東方王国とかの教会はどうなったんですかね?」
「東方王国の教会? あぁ、もう50年は前に滅んでいますね。トップが暗殺され続けて、最後は分裂して勢力を失くしたような。それがどうしましたか?」
……絶対にヤツの仕業だ……。
扉がノックされる。
「どうぞ」
「まぁ、メリナさん、こちらにいたのね」
来たか!? 真っ直ぐにこっちに向かっていたくせに! その白々しいセリフが怖い!
「教会の話に興味があるの? じゃあ、明日は『竜を愛でる乙女の花咲く大都市物語』をお渡ししましょうね。全25巻よ」
「イヤー!!」
「うふふ、メリナさん、大喜びで御座いますね」
私がシャールを去る決意をした瞬間でした。神よりも恐ろしい存在。それがフローレンス巫女長です。
長くお付き合い頂きありがとうございましたm(_ _)m
次は、リクエスト頂いていた竜の巫女シリーズの登場人物紹介に取り掛かります。五十音順にする予定ですので、暫しお待ちください。
『竜の巫女だった』の更新として掲載する予定です。ちょっと年末年始のお休みと、その後の長めの出張で時期は遅れるかもしれません。マジで英語の勉強、しなくちゃ……。