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式の終わった墓場にて

 湖畔の墓場に並ぶヤニックとキャロルの墓前には花束が何個か置かれ、湖から来る風がそれらを揺らす。


「大変やったな」


「えぇ。こんなに悲しいことはないわ」


 キャロルが自分達を裏切っていた事をガイン以外に伝えていない。今後も黙っているつもりである。

 キャロルはヤニックを殺されて犯人を追い、そして、返り討ちにあって死んだということになっている。


「ヤニックのご両親も気の毒やで。もっと守ったらなあかんかったな」


「そうね。ヤニック君が死んでなければ、ご両親も悲しまず、キャロルさんも戻って来たかもなのよ。全くヤニック君は未熟者ね。もっと修行が要るわ」


 今の言葉はフローレンスなりのジョークなのだろうか。少しはガインは言葉に悩む。


「ポールが2人を偲ぶ会をギルドで開く言うて、準備もしてるで。行こか」


「もう少し居るわ」


「そうか。アシルも来るらしいから、あんまり遅れんようにな」


 ガインは立ち去ろうと踵を返す。


「悔しいわ」


「キャロルが決めたことやろ」


 フローレンスは誰にも言っていないが、ガインは彼女によってキャロルが倒されたことを分かっていた。そして、フローレンスも彼が理解していることを分かっていた。


「聖竜様にお会いしたいことが1番。私の人生を全て費やしても達成したい目標。それは間違いないの」


 フローレンスは会話を求めているのだと思ったガインはもう一度フローレンスの隣に戻る。


「あれは綺麗やかったからな。忘れられへんで」


「きっと急ぎ過ぎたのね。大いに反省するわ。取り返しは……付かないのでしょうけど」


「わはは、珍しいで。フローレンスでも殊勝な事を言うんやな」


 墓場で笑い声とは不謹慎だがと思いながら、ガインは敢えて大声を出した。


「キャロルさんにとっては1番ではなかったの。あの人は教会で偉くなる事を本当に優先していたのね」


 折に触れてキャロルがそんな発言をしていたのは覚えていたが、命を捨てる程の覚悟だとはフローレンスには予想外であったのだ。


「しゃーないで。仲間が死ぬのはこれが初めてちゃうやろ」


 人を殺すのも初めてちゃうやろと、続けて言いそうになったのを止める。


「キャロルさんが教会で偉くなったのか確認したいわ」


「国へ戻るんか?」


「少しだけよ。功績を上げたキャロルさんがそれに見合った敬いを受けているのか知りたいだけよ」


 数ヶ月の旅になる。今は気丈に振る舞っているがポールも精神的ダメージが大きく、その内に不調になるであろう。新人もまだまた教育が必要で、戦力として数えられるのは当分ケヴィンだけ。辛いとこやけど、仕方ないかとガインは考える。


「えぇで」


「感謝するわ、ガインさん。ついでに腕の立つ人がいっぱい欲しいわ」

 

「1人で行かへんのか?」


「うふふ。1人じゃ寂しいもの」


「何ゆーてんねん」


 フローレンスなら道中の魔物を恐れる必要はほぼない。このブラナン王国からだと山岳地帯を越え、その先の森と湿地帯を越えるまで村はないが、彼女ならその辺の草や虫でも食べて凌げるだろう。


「ガインさんも来ない?」


「あの国に用はないで」


 身分制度がブラナン王国よりも固定化されており、ガインの出自では自由が少ないからである。


「楽しいことになるかもよ?」


「何がや?」


「キャロルさんの願いが叶っていなかったら、教会を潰してやろうと思っているの」


「……本気かいな?」


 東方王国の教会はシャールの竜神殿よりも遥かに政治に組み込まれている。それを潰すというのは、東方王国の統治体制の破壊にも繋がる。


「本気なの。でも、すぐじゃないわ。来年くらいに行きましょう」


「……止めても行きそうやな」


「えぇ。私も竜の巫女からご同行してくれる方を探すわ。ガインさんも冒険者の方から人選を宜しく頼むわ」


「考えとくわ」


 フローレンスはチラリと横を向いて、ガインの顔を見上げて確認する。拒否してはいなさそうで、彼女は安心した表情を見せた。



「今回、欲しいものが増えたわ」


「何や?」


「収納魔法が欲しい。あれば、キャロルさんをその中に閉じ込めて考えが変わるまで待てたかもしれないもの」


「変わるんかいな? ってか、今回も待てば良かったんやないか?」


 フローレンスは微笑む。


「時間が足りなかったわ。長引けば、皆が死霊にやられてたもの」


 キャロルが死んでも、森の外でガイン達を襲う死霊どもは止まらなかった。

 死霊使いは複数おり、それらが操っていたためである。

 フローレンスはキャロルの亡骸を預けた後、迅速に死霊使いを無力化している。


「キャロルやヤニック以外にも大勢死んどるもんな。もっと死んどったかいな」


「精神魔法も欲しいわ。どんな強靭な精神を持っていても心を折れる魔法。キャロルさんでも泣いて謝って心を入れ換えるようなヤツ」


「そりゃ邪悪であかんヤツやろ」


「あと、痛まない心が欲しいわ」


「持っとるやろ」


 フローレンスは吹き出して笑った。


「そう思わせてただけ。私も弱いわ。キャロルさんが死んだ時は、自分の計画の甘さに泣いたもの」


「そうかいな。十分やと思うで」


「ダメなの。それじゃ強くなれないもの。だから、そうね、例えば、悪気もなく悪事ができる心が欲しいわ」


「迷惑やで。それに、質の悪い奴隷商みたいに嫌われるで」


「それくらいで良いと思わない?」


「思わんで。さすがに、そうなってたら止めたるわ」


 フローレンスはそこで漸く黙る。喋りたいことを終えたのだろう。


「ほなら、俺は行くで。フローレンスも遅刻はあかんで」


「えぇ。ヤニック君にも何ができるか考えてみるわ。エルバさんの弟子になるのが良いかしら」


「ヤニックが喜ぶかゆーたら微妙やな」



 数歩行ってからガインは言い忘れたことに気付く。


「ケヴィンは無事やで。ロックお抱えの回復術士に治してもらっとったわ」


「良かったわ。これをお返ししておいて」


 フローレンスは後ろ向きにガインへ何かを放る。振り向きもせず、ガインも後ろ手で受け取る。柔らかく粘りもある物だった。


「ケヴィン君から削った肝臓の一部。私がヘマしていたら口にするつもりだったの」


「あの話、はんまやったんか。怖すぎやろ」


 いつの日だったか、地下迷宮への旅路での雨宿りでの会話を思い出す。


「やっぱ痛まない心は既に持っとると思うで。あと、これは捨ててとくで。これも俺とフローレンスの間の秘密にしとくわ」


「そう? でも、まぁ、ガインさんにお任せするわ。これからも末長く宜しくね」


「あぁ、こちらこそや」


 ガインが去り、フローレンスは1人になる。

 彼女は動かなかった。自分が思っている以上に罪悪感があったのかもしれない。2人の墓場に頭を下げたまま、日が暮れるまで佇むのだった。

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