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互いの決意

 高速の氷の礫がフローレンスを襲う。避けられることを予想して、キャロルの視野が全て白く見えるくらいに放出している。魔力の無駄も多いが、フローレンスの動きを封じるにはこれくらいしないといけない。


 直撃したところから木々が凍る。出した氷は打撲や切傷を与えるだけでなく、触れた物の温度も奪う魔法的効果も付与していた。


 全ての氷の礫が消えた頃には、辺りは氷原と化す。


「キャロルさん、凄いわね」


 いかに強靭な防御力をも誇るフローレンスと謂えど、多少は効くものだと考えていた。

 それがどうだろう。目の前でまだ微笑んでやがる。


「でも、もう止めましょう。ほら、街の地下水路の探索もしないといけないもの。早く帰って寝ましょうよ」


「ふざけないで!!」


 無詠唱で氷の槍を出して握る。

 肉弾戦は苦手だとフローレンスには思わせていた。その意表を突ければ、まだ可能性はある!


 姿勢を低くして突進。間合いには簡単に入れた。

 鋭く衝いた槍はサラリと躱される。槍使いとして優秀なポールであっても刺し殺せていたと思うのに。


 キャロルは槍を出したまま流れる動きで、フローレンスに背中を見せるように回転し、槍の柄を叩き付ける。


「素晴らしいわ。ほら、キャロルさんは前衛役としても天才的よ」


 フローレンスはあっさりと膝を曲げて、頭上に槍を透かしていた。


「しつこいわね! ポールとかアシルとかよりもしつこい! 私はあんたと一緒に居ないわよ!」


 叫びながら、細腕にも関わらずキャロルは回す槍を急制止させ、短く持ち変えた槍で肩を狙う。

 フローレンスは氷の上を転がって逃げた。


「あはは、反応がいつもより少し鈍いわね」


 キャロルは鋭く指摘する。


「こっちの腕は外れたばかりなのよ」


 巨体の魔物を打ち倒した際の怪我を、フローレンスは警戒することなく正直に伝える。


「じゃあ、そっちサイドを狙わないといけないわね」


「意地悪だわ」


 無数の突き。キャロルは発した言葉とは違い、狙いを散らばせてフローレンスを襲う。フローレンスは頭が切れる。こっちの攻撃をワンパターン化するための罠かもと彼女は考えたのだ。

 その全ての穂先をフローレンスは最小限の体と腕の動きで自分に当たらないように逸らす。足は一歩も動かしていなかった。


「クソね! 勝てる気がしないわ!」


 罠かどうかに関係なく槍が届かないイラつきを叫ぶ。


「そうなのね。じゃあ、キャロルさん、一緒に戻りましょうよ」


「私は教会で偉くなるのよ!」


 その間も絶え間なく槍は突き続けられたが、先ほど前と同様にフローレンスは穂先が体に当たる前に、伸びた柄に腕を素早く当てて軌道を外へと流していた。


「ごめんなさい。それは無理だと思うの」


「どうしてよ!! 私は功績を上げたもの!」


「私の村の秘伝はあれだけじゃないもの」


「それでも、秘密の1つなのよ!」


「さっきのキャロルさんのお仲間にね」


「さっさと刺さって死んで、黙りなさいよ!」


 無尽蔵の体力を持つのかと思わされる程のキャロルの猛攻。これは、神への祈りによる自己暗示とそれに伴う魔力の暴走による。


「キャロルさんが教会を裏切っている証拠として、本当の事も混ぜて偽造したものを渡したの」


「そのことは、あんたを殺してから考えるわ!」


「でも、それだけじゃ足りなかったのね。もっと証拠を出せって言うから、ヤニック君を殺したキャロルさんを私が殺さないことが証拠って伝えたのよ。仲間を殺されたはずなのにその犯人を助命するなんて、相当の理由がいるものね。例えば教会から離脱する目眩ましかもそれないわ。うふふ、彼、これで納得してくれたわ。だから、これからも一緒に聖竜様を探しましょう。キャロルさん、教会に居場所はないと思うの」


「この悪魔っ!!」


 教会からの応援者はフローレンスの言葉を信じたわけではないかもしれない。でも、私を貶めることでヤツは今回の手柄を独占できる。この世の名誉と死後の栄誉を保つには、フローレンスを殺さない限り、この場で死ぬしかないことをキャロルは理解した。

 渾身の一撃もフローレンスは軽々と躱す。


「私一人だと聖竜様に会えないって感じがするの。だから、キャロルさんも必要なのよ」


「どんな根拠!!」


 キャロルは後ろへ跳ねて距離を取る。


「……良いわ。少なくても教会は天使の作り方を知る。それで私は満足よ。裏切り者と謗られても、偉大なるお方は分かって頂けるもの」


「……」


 フローレンスはキャロルの信仰心の高さに内心、困惑していた。もっと俗物だと思っていただけに。


「ダメなのかしら?」


 彼女の心を折れないと判断したフローレンスは嘆くように尋ねる。


「えぇ。フローレンス、楽しかったわよ。もう少し一緒に居ても良かったかもね」


 キャロルは清々しく答えた。


「喋らなかったら良かったわ。竜の巫女になるなんて欲を出さなければ良かったのかしら」


 フローレンスも覚悟を決める。


「欲を出さなきゃ、私は使命を果たせなかったのだから後悔は不要よ」


 敵わないと思い知ったばかりなのに、それでも、キャロルはもう一度槍をフローレンスへ構えた。


「もう分かっていると思うけど、あの死霊使い達は教会の裏の者達よ。何年も何十年でも教会がある限り、貴女達を消そうとするわ。ご愁傷さま。私1人じゃ仕事が遅いって、誰かが思ったんでしょうね」


「キャロルさん、生きるのは楽しいわよ」


 最後の足掻きとしての発言だった。


「死んでからの方が長いし、幸福なのが私の宗派よ」


 フローレンスは溜め息を深く吐く。


「仕方ないわね」


「そういうこと」


 キャロルの視界からフローレンスが消える。そう思った次の瞬間には彼女の拳が顔面に迫ってくるのが見えて、容赦のなさに笑いが込み上げそうになった。


 キャロルは吹き飛び、それっきり動かなくなった。

 フローレンスは腕を振り切った姿のまま、立っていた。静かに凍った森の中、時折、鼻水が出ないようにと鼻を啜る音がした。

 やがて、目尻を袖で拭ってから、血で汚れるのも厭わず、フローレンスは両手でキャロルの頭部のない体を抱える。

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