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致命傷

 フローレンスが巨体の魔物を打ち砕くより少し前に戻る。魔法使いで構成される後衛へ魔物がゆっくりと近付いている頃である。


 つい先程まで自分達が安全を確認しながら通ってきた方面から攻撃を受けるとはロクサーナもネイトも思っておらず、正面で燃え盛る炎の壁の切れ目からどういった進路で進むかを考えていた矢先だった。

 最後尾にいた若い女の冒険者が突然に倒れる。小さな音であったが、それに気付いた馬上のロクサーナは、首だけで振り向きながら遠距離魔法に全力を尽くした未熟者が魔力切れを起こしたと思っていた。


 続いて、2人目が倒れ、ロクサーナの横に控えるネイトも異変に気付く。

 遅れて、周囲の若い冒険者から悲鳴が上がる。


「敵は誰や、キャロル!?」


 離れた前線にいたようであるガインの大声が聞こえ、それにヤニックが応える。彼の返答によると、キャロルは魔法詠唱に入ったようだ。

 地下迷宮攻略を繰り返す内に、ロクサーナはキャロルの判断力を高く評価していた。そして、ヤツならば状況に対応して同士討ちにはなるまいと判断する。敵は討伐したはずの魔物達という情報も伝えられた。



「敵襲! 騎兵隊、反転して突撃準備!」


 ロクサーナは騎兵隊と表現したが、周りにいる騎兵達は全員が近衛兵である。選抜されて任じられている彼らは彼女の指令に対して即座に反応し、手綱を引いて馬の進路を変え、横一列に並ぶ。

 後ろで広がる炎により、自分達の影が長く伸びていた。


 急に暗い方向を向いたため目が慣れるのに時間が掛かる。

 そういった状況で敵に射られた結果、剣で払い落とし切れずに2人ほどが深めの傷を追う。


「突撃!」


 ロクサーナは負傷者に配慮しない。戦争においては戦術的致命にも成り得る無駄であるから。

 まだ暗闇で敵の数は見えないが、射られた矢の数からして少なくない上に、斉射されたことから組織性も感じられた。

 だからこそ、敵の隊列を崩す必要があるし、また、接近戦に得意な前線部隊から応援が来る時間を稼ごうという意図である。

 自らも馬を駆る。


「お怪我は御座いませんか? 矢ではなく尖った骨で御座いましたね」


 並走していたネイトがロクサーナに確認する。


「うむ、刃物で斬られたような骨だったな」


 ロクサーナも返す。


「えぇ、その様に見えます」


 接敵。訓練された馬が敵を踏み潰しながら突進する。進路を阻む敵が居たとしても勢いに任せて強引に突破するのが彼女の流儀であったが、今回は予想以上に抵抗が少なかった。


「ネイト!」


「小さな魔物ばかりで御座いました」


 正確には斬られたり、捥がれたり、破壊されたりした魔物が殆どで、部位が残ったものも全身が焼かれ正常には歩行できない状態であった。

 それらが各自のできる限りの動きで這い張ったり、転倒を繰り返しながら、冒険者の群れに近付いていたのだ。


「確かにあれらは先程までは死んで転がっていたものであったぞ!」


「……死霊使いでしょうかね」


「降りて潰すぞ!」


「承知致しました」


 馬上からは剣が届かなかった。また、矢の代わりに彼らは自分の骨を投げ付けていたようで、馬にそれらが当たらないように配慮するのも手間であった。

 騎兵は全員が地に立ち、馴らされた馬は剣で尻を叩かれると戦場を離脱する。


「50歩前進! そこで食い止めよ! 3人は私に付いて来い!」


 前方の敵を抑える指示を出した後、ロクサーナは味方側へと引き戻る方向に駆ける。そして、魔物達を背後から切り裂いていく。ネイトも同様に彼女の横で剣を振るう。

 切られても死ぬ気配のない敵ではあるが、関節の動きは生前と同じであり、肘や膝、肩を切断することで進行を止めることは可能であった。

 魔法使いは貴重な戦力であるため、彼らの退避を手伝うためである。


「えっ! キャロルさん、ここで攻撃魔法じゃないんですか!?」


 ヤニックの叫びが聞こえた。

 ロクサーナは向かうべき方向を知る。


「そうよ。まだまだ考えが甘かったわね、ヤニック」


「だったら、僕が唱えますよ!」


「可能だったらお願いするわ。私も別の魔法を唱え直すから」


「お任せくだ――あれ?」


 どうした?とは思ったものの、当初、ロクサーナはヤニックの異変を軽く考えていた。少なくとも彼の声に危機感は無かったから。


「どうしたんですか!? 危ないですよ! キャロルさん、早く下がってください!」


 続けて発せられたヤニックの言葉にロクサーナは急ぐ。


 敵に背を向けていなかった2人を、さほど遠くない場所で発見する。後ろの炎に照らされて顔は影で見えなかった。

 ヤニックはキャロルの前に立ち、魔物から身を守っているようだ。

 しかし、魔法詠唱が間に合わないにしろ、手にする杖で近付く魔物を払うくらいしては良いだろうに、彼は両手を広げて仁王立ちであった。


 敵を打ち払いながら走るロクサーナは間に合わなかった。

 魔物の突き出した骨がヤニックのがら空きの腹に刺さる。それでも彼はキャロルを守って立ち塞がる。異様に思えたのは、ヤニックの短い悲鳴に反応もせず、魔法詠唱の為に口だけ動かすキャロルだった。


 ロクサーナがヤニックを刺した魔物を背後から切り裂いた時に見たのは、顔や胸にも尖った骨による攻撃を深く受けて既に絶命しているヤニックであった。彼は未だキャロルを守る意思を持つのか、彼女とは逆方向のロクサーナへ前向きに倒れた。


「キャロル、下がれ!」


 彼女が何の魔法を準備しているのか分からなかったが、弱いながらも魔物の数は多く、不意の攻撃を受ける可能性があったからだ。詠唱をキャンセルさせてでも身の安全を考えた。ロクサーナはキャロルを味方側とまだ捉えていた。


 キャロルは詠唱を終え、魔法が発動するまでの短い時間で、ロクサーナに言う。


「悔しいわ。ヤニックの仇を取って欲しいの」


「あぁ、分かった」


「敵は森の奥。私も向かうわ」


 ロクサーナは容易に騙された。

 それを確認しての為か、微笑みの後にキャロルの姿が突然に消える。

 転移魔法。移動手段として専用術士による転移魔法を頻度高く使用しているロクサーナはすぐに理解した。そして、敵が潜むという森の奥へ向かったのだと解釈した。


「閣下!」


 ネイトがロクサーナの手を強く引く。


「無礼であるぞ!」


 体勢を乱され、たたらを踏んだロクサーナがきつく叱責する。

 しかし、突然の砂嵐が起こる。遠く離れたフローレンスが敵に向けて放った強烈な一撃の影響である。しかし、ネイトの危惧はこれに対するものでなかった。

 視界が戻ると、ロクサーナの前に死んだはずのヤニックがだらりと手を下げながら立っており、到底人間には不可能な大きさで口を開いて自分にゆっくりと一歩ずつ近付いてきているのだった。

 情を捨てロクサーナは剣を鋭く振るい、首を断つ。そして、ネイトが素早く手足を切り裂いた。



 巨大な敵を粉砕したフローレンスが振り向いた次の瞬間には、キャロルとヤニックの気配はなくっていた。魔法感知と世間では言われる能力であり、応用すれば感知した魔力の質と量から、万物の配置や状況を把握することができる。強者であるフローレンスも当然に使うことができていた。


「キャロルさん、移動したのね。速いわね」


 再び森へと体を向ける。この時のフローレンスの魔力感知は森の奥までにも範囲が広がっていた。


「来たぞ!」


 敵の第3波は幸運にもポールのいる側であったらしい。彼の声が聞こえた。そうであれば、自分が居なくても持ちこたえることができる。そう判断したフローレンスが前へと進もうとした時だった。


「フローレンス、待て!」


 金属鎧の男が彼女を止める。

 フローレンスの爆風に巻き込まれるのを伏して耐えたガインが立ち上がりながら尋ねる。


「どうしたんや、ケヴィン?」


「どうしたもこうしたもあるか!! 女が戦場に立つなど、この俺が許さん!」


 何故に今更なことを突如に言い出したのかガインは不思議に思う。


「フローレンス、下がれ。ここは男の舞台だ!」


 両手を広げてフローレンスの前に立ち塞がる。


「ケヴィン、そんなことをゆーてる場合じゃないで」


 ポール側からは剣戟の音が聞こえている。


「そうよ、ケヴィン君、どうしたの?」


「どうしたもこうもあるかと言っている! 俺は女を愛している! その女が傷つくのは許さん!」


 おかしい。ガインの目が鋭くなる。


「まぁ、ガインさん。これって私が求愛されているのかしら」


「それはないやろ」


「もぉ、いけずね」


「下がれ、フローレンス!」


 ケヴィンの言動は異常である。ここが戦闘真っ最中の場であることさえ分かっていないとさえ思えた。キャロルの渡した秘薬の影響がガインの脳裏に浮かぶ。


「ありがとう、ケヴィン君。でも、今の貴方はしつこくて邪魔なの」


 フローレンスの動きは速かった。原因を考えることを無駄と切り捨て、対処だけを実行したようである。

 ガインが気付いた時には、フローレンスの左手がケヴィンの厚い鎧を突き破って肝臓の位置にめり込んでいた。


「手当てをお願いするわ、ガインさん」


「手当てって、お前な。今のは致命傷ちゃうんか」


 言いながら、ガインは倒れるケヴィンを支えて仰向けに寝かせる。兜も脱がせる。


「そんなへまはしないわ。大切な仲間だもの。もちろん、キャロルさんも大切な仲間なの」


 ケヴィンの血を手に付けたまま、フローレンスは駆ける。そして、高く燃える炎を飛び越えて消えていった。

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