デカブツ発見
数匹の取り逃がしはあったものの、程なく制圧。辺りは魔物の流した血で染まる。
橋を守っていた5人の冒険者はその場に座り込む。見た目的には半人前の彼らだが、このシャールの街へと続く橋の重要性を考えて、誰に頼まれることなく魔物が渡るのを阻止していたのだろう。
「た、助かりました……」
息も絶え絶えに聞こえてきたのは、まずは礼であった。
「一旦、下がりや。また来るで」
「貴方達は?」
「あんた達が守った橋を次の人間が来るまで守備するわ」
「ヤニック君、頼んだわよ」
「えっ? 僕だけ? 1人で守るんですか?」
「こっちに人を呼びに行って欲しいの」
ヤニックは存外だという顔をする。そして、反論。
「嫌ですよ。フローレンスさんは僕を戦力外って言ってるんですよね? 失礼過ぎませんか」
フローレンスは言ってはいないし、思ってもいない。ただ、実際のところ、フローレンス、ガイン、キャロルと比較するとダントツで戦力として劣る。それが依頼の理由であった。
しかし、フローレンスは笑顔のままで理由を口にしない。珍しく顔を強張らせたヤニックが何を言っても退きそうにないと思ったのである。助けを求めてガインを見る。
「一緒に戦わんと気が済まんやろ」
「そうなのね。じゃあ、私が呼びに行くのが次善の策かしら。一番足が速いもの」
「フローレンスが下がっちゃダメでしょ。間違いなく、この戦場の最大戦力よ」
「あの……僕らが呼んできますが……」
「そうか。頼むわ」
助けられたばかりで肩で息をしている素振りも見せる彼らだが、気合いを入れ直して立ち上がる。それでも、得物を杖代わりにしないといけない者も2人ほど居たが。
「時間が掛かりそうね」
「僕が行った方が良かったんでしょうか?」
冷静になったヤニックは申し訳なさそうに尋ねる。
「いんや、キャロルが橋を守るって言ったんは、ほんまはあいつらを守る意味やったんや。動けそうになかったからな」
「自力で動いたなら大丈夫ね」
「じゃあ、僕らは?」
「橋を守るゆーたんやから守るで」
「ガインさん、また来たわよ。今度はウサギなのかしら」
遠くに捉えた影は確かに長い耳を持つウサギだが、大きさは牛くらいはありそうだった。魔物もフローレンス達に気付いて、目で捉える為に横顔をこちらに向けている。
「ヤニック、えぇとこ見せてや」
「任せてくださいよ。燃やし尽くしてやります」
ヤニックは前に出る。そして、目を瞑ってから、自作の魔杖を高く掲げ魔法詠唱。
「集中できる余裕と場所があるとヤニックの攻撃力は凄いわね」
杖の先端に集まる魔力の量をキャロルは評価する。
焦げた臭いと煙がまだ残る一面が焼け野原となった場所に、数十人の武装した者達が集まっていた。先の冒険者達の救援要請が届いた訳でなく、ヤニックの放った特大の火球魔法が目立ち、何事かと皆が集まってきたのである。
「追い付いたぜ」
「俺の活躍の場はまだまだありそうだな。楽しみにしておけ」
一匹の馬に2人で乗って、ポールとケヴィンもやって来ていた。ガインはまた心の中で馬の重労働を労う。旅商人をしていた彼にとって馬は大事な商売道具というよりも辛苦を共にした戦友のような生き物であるからである。
「ガインさん、森の方に何かいるわ」
合流を喜ぶ前に照明魔法でも照らしきれていない遠方をフローレンスが指す。
「ほんまやな。あれかいな」
「でかいわね」
木々の間に蠢くものが見えた。
「あれが森の奥の方から移動してきて、他の魔物がこっちに逃げて来たんですかね」
「せやろな。昨日の野犬も同じかもしれへんわ」
「だから、森へ帰らなかったのかよ」
言いながらポールは背中に差していた槍を手に取る。
「ほなら、魔法使い達の指揮はキャロルに任せるで」
「分かったわ」
森の中は当然に木々が邪魔して魔法や弓といった遠距離攻撃がしにくい。無論、接近するにも邪魔。なので、大規模な戦闘ではまず魔法で広範囲に森を破壊する。平時なら所有者や管理者に怒られるだけでなく損害賠償や逮捕の恐れもある行為だが、軍が出動するほどの事態であれば不問に付されるだろう。
キャロルは集まった冒険者達に物怖じせずに声を掛け、一斉攻撃のために自分に従うように願いを伝える。竜神殿の巫女長に目を掛けられる要因となった湖の主の討伐など様々な活躍は知れ渡っており、彼らが所属していない他の冒険者ギルドにも名は通っていたようで、キャロルの希望を素直に聞いてもらえた。
前衛の役目を帯びた者が散発的に現れる魔物を除きながら、じりじりと集団で森へ近付く。そして、キャロルの指示で歩みを止める。
「まだ遠いだろ」
尊い存在である自分が小物を相手にしてやる義理はないと言い放って魔法使い達の護衛を買って出ていた、ケヴィンがキャロルに違和感を伝える。
「あんた達に活躍の場を残してあげる優しさよ」
ケヴィンは梢よりも背の大きい大型の魔物が森をゆっくりと歩いているのを確認する。あそこまで届くことは望まないが、傍に辿り着くまでの藪くらいは払っておいて欲しい。
「大丈夫かよ」
「任せてくださいよ。僕は焼き尽くすのが得意ですから」
「それはそれで大丈夫かよ」
軽口は叩いたものの、ケヴィンはヤニックを気に入っている。金属兜の面を下ろす。
「分かった。俺は突撃に備えるぜ」
「待って」
前へ進もうとしたケヴィンをキャロルが止める。
「私の宗派に伝わる疲労回復の秘薬よ。あんた達、昨日から寝てないでしょ。ガインとポールにも渡して」
「ふむ、殊勝な心掛けだ。感心したぞ」
顔面のカバーの奥からの声は若干くぐもっていた。
キャロルから渡されたガラスの小瓶を受け取り、ヤニックは一気に飲む。もう一人のケヴィンの方は面を再び上げるのが手間だったのか、飲まずに仲間の分も腰の小袋に入れたまま前へと移動した。
「キャロルさんの薬だから、クソ苦くて不味いのかと覚悟してましたが、すっきりした爽やか味でしたね」
「私をなんだと思ってんのよ」
キャロルは笑いながら言う。
それから、皆へと振り向く。
「今からの合図で発射準備。魔法詠唱の長短があるでしょうが、気にしなくてオッケー。私達の魔法の後に、前衛が突撃するから、可能な者は前進してあのデカブツに魔法攻撃、もしくは、森に入って前衛を補助。良いわね?」
声を出さない頷きでの了承を得る。
「射線は斜め上よ。くれぐれも味方に当てないで。うちのフローレンスがミスったヤツを滅多打ちにするわよ。じゃあ、さん、はい!」
「いちにのさん、はい」の略だったのかと気付くのが遅れたのはヤニックだけではなかった。他の魔法使い達の戸惑いも大きく、キャロルの合図から少しの時間を置いて、皆の魔法詠唱が始まった。