魔物との戦闘前
告げた者の疲労困憊ぶりから一刻を争う事態とすぐに誰もが判断できた。
ギルド職員が近寄り事情を聞く姿を、先程まで食堂で酒を浴びるように飲み、大声で笑っていた冒険者達全員が注目する。その内の幾人かは報告者の怪我の手当てを手伝うために駆け寄っている。
「川を越えた東の森! 村が1つ壊滅! 魔物の数と種類は不明!」
職員は続けて叫ぶ。
「報酬は後日に伯爵様に請求! ほら、皆、稼ぎ時よ!」
村を守る義務は伯爵にあり、そこを壊滅させた原因を罰するのも伯爵の責任である。そのため、伯爵に代わって原因を排除した者には褒賞金が出る。
「しっかり払わせろよ!」
「行くぞ、オラ!」
早い者勝ちとばかりに食事を中断して、外へ飛び出す冒険者の数々。
彼らの威勢は、職員が宣言した為に今回はギルドが認めた案件となり、伯爵側との交渉ではギルドが後ろ楯になってるくれることが大きい。個人では値切られることも支払いが遅らされることもザラであるから。
「私達も行くわよ」
「えぇ、そうですね!」
シャールの街への脅威に自分の力で対抗する興奮にヤニックは心地よい高揚を覚えて、脇に置いていた杖を掴んで立ち上がる。
「ガイン、先に行っておいてくれ。俺とポールは武具を宿から取って向かうぞ!」
ケヴィンは金属鎧を外していたためだ。ポールも長い槍を人の多い食堂には持ってきていなかったので、取りに帰る必要がある。
「分かった。どれだけ魔物がおるんか分からんからな。各々で周囲の連中に合わせて対処しよか」
大規模な群れに対する討伐戦の場合、前線が広がることと、乱戦になりやすいことから各徒党を維持することができなって、臨機応変に周囲の者達と協力することになる。
今晩はそうなりそうだから、徒党としてではなく、それぞれの役割に合わせて行動するようにとガインは伝えたのだ。
「帰ってきたら、明日の朝にここね。ガインさん、それで良い?」
「えぇで」
「了解だぜ! 怪我をしないように、皆、気を付けるぞ」
事後の待ち合わせ場所を確認して、それぞれの無事を祈る。
外に出ると、他のギルドからも多くの冒険者が出動し始めていることが分かる。
「馬車に乗りたいわね」
「空いているのがあるかやな」
荷台いっぱいに武装した者が乗り込んでいる様子を見ながら、ガインは心の中で馬の苦労を気の毒に思う。
「走りましょう。その方が速いわ」
「フローレンスさん、僕はもう限界まで走った後なんですけど。戦闘前に死んでしまいます」
「なら、ヤニック君は抱っこしてあげるわ」
「いや、幾らなんでもそれは……。おんぶでお願いします」
「もぉ、我が儘ね」
言うなり、フローレンスは屈んで頭をヤニックの股に入れて持ち上げる。
「わわ!」
「それはおんぶでもなくて肩車ね。でも、まぁ、良いわ。行きましょう」
「せやな。場所は東の森付近やな」
「先行している馬車を追う形よ。フローレンス、行ける?」
「勿論よ」
「フローレンス、今日は大暴れしてえぇからな」
「腕が鳴るわ」
彼らは疾走する。ヤニックの悲鳴を轟かせながら。
何発も打ち上げられた照明魔法で小麦畑と草原の広がる地帯が照らされていた。白や赤、黄色が入り雑じっていて、打ち手が違うのが分かる。
「魔物はどこよ?」
馬車から降り立った冒険者達が思い思いに徒歩で前進しているのは見えた。
「兵も出とるみたいやな」
臨時の馬車降車場を仕切っているのはシャールの兵装をした者であり、そうであれば、照明魔法の使い手があれだけいるのも理解できる。
「もっと前へ進もうかしら?」
「フローレンスさん……その前に降ろして貰えませんか……。風圧で後ろ向きに何回も倒れそうになったんですよ」
「根性見せなさい、ヤニック」
「いや、でも、凄い風でしたもん。後ろに倒れたら、地面で後頭部を擦り潰されそうだったんですよ」
「やぁね。その時は立ち止まるわよ」
「フローレンスさんに関しては、そういう信用は薄いんですよね」
「行くで。兵隊さん達は川までの安全確保で止まるやろうからな」
シャールの東側は湖から流れる大きな川が走っており、それが川向こうにある森からの侵入者を遮断する障壁となっていた。
シャールの街を、もっと言えば、シャール伯爵を守る目的の兵士達は、魔物勢の全貌が判明しない限りは深追いしないであろうと言うのがガインの予想である。
「走るわよ」
「あの……すみません。フローレンスさん、抱っこでお願いできますか」
「了解よ」
肩に座るヤニックを片手で持ち上げて、胸の前に運ぶ。
「あはは、お姫様みたいね」
「敵に遭遇する前に死にたくないですもの。ってか、2人ともフローレンスさんと同じくらいに速いとか異常ですよ」
「フローレンスの本気はもっと速いで」
「本当に信じられないですよ」
展開する兵隊の邪魔にならないように、隊列から離れた場所を駆けて、橋へと辿り着く。
何人かの冒険者が渡った先に立って、魔物と対峙していた。
「ヤニック君、自分の足で立って」
フローレンスはヤニックを放り投げ、その下を潜ってから、自身はえいやっと橋を守る冒険者達の頭上を跳び越える。
初撃は空中での回転蹴り。暴風を伴ったそれが魔物の群れの真ん中で炸裂し、数匹の猿型の魔物の首を切り裂いた。
血を拭き出しながらもまだ倒れない猿を無視して、拳を振るう。2匹纏めて腹を貫通した腕はそれでも止まらず、もう一度、振り下ろすと、凄まじい拳速によって腕に刺さった猿ともども吹き飛ばしながら前方遠くまでを粉砕する。
辛うじて、地面への激突を避けられたヤニックが呟く。
「ただの暴力なのに魔法みたいです……」
「そやな。驚くやろ」
そう言ったガインは腰のナイフを2本抜き、フローレンスへと続いて魔物狩りに走った。それもヤニックが知っていたガインの戦闘速度よりも遥かに速いものだった。