夕食時
朝になってもガイン達は戻って来ず、フローレンスは何回かギルドの食堂に足を運びながら自由に過ごしていた。キャロルも自分の時間を過ごしているようで彼女と顔を合わせることはなかった。
冒険者達が依頼から戻ってくる夕刻になると、食堂の席も埋まり始め、賑やかな雰囲気になりつつある。
飯にありつけたということは、その日の依頼に成功したということであり、食事を楽しむ者達の心は軽く、話が弾んでいるからであろう。
毎晩繰り返される活気と熱気に囲まれて、彼女はようやく出会えたキャロルと共に大皿を並べて席に付いていた。
「ガイン達、遅いわね」
「新人さんが怪我でもしたのかしら心配だわ」
「野犬相手に手こずるとは思えないけど」
「お城の地下通路に死霊使いさんが潜んでいたのよ。不穏な時代だわ。ガインさんも意外な魔物と遭遇しているかもよ」
「あの白蛇にでも遭遇していたら全滅してるわね」
「まぁ怖い」
肩を竦めて大袈裟にリアクションをするフローレンスだが、すぐに魚を手に取って頭から丸飲みに食べる。
「悪いな。帰りが遅れた」
先に到着したポールが2人に報告をする。戻って来たばかりで顔に泥が付いたままだ。
「本当よ。何をしてたのよ」
「群れが大きくて取り逃がしがあったんだ」
「森に追い返せば良いじゃない。暫くは来なくなるわよ」
「知ってるって。でも、森の方に行かねーんだからさ」
平地は魔物や大型の獣には都合の悪い場所である。もし発見されれば人間が即座に討伐するから。つまり、今回の野犬も普段の棲み処は森で、逃げるなら森だったはずである。
「待ち伏せの気配を消しきれなかったのね」
「んー、新人も結構実力有りそうだったんだけどな」
フローレンスはポールとキャロルの会話をにこにこ聞きながら、椅子を周りから用意する。
ここでは有名なフローレンスであるので、普段は荒くれている冒険者達も快く譲っていた。
ポールが一旦宿に戻り、しばらくすると全員が集合する。
「あら? 新しい方々は?」
「奴らはまだまだ貧弱だ! ククク、疲れたから寝ると呟いていたぞ」
シャワーを浴びたばかりで髪も完全に乾いていないケヴィンが笑いながら言い、手にした赤葡萄酒を一気に呷る。
「いや、僕も疲れましたよ。野犬ども足が速いからずっと走ってばかりで」
何回か転んだのか、泥は落としていてもヤニックの服は茶色く汚れていた。
「基本は待ち伏せよ。ガインとポールが追い込んで、潜んでいたケヴィンとヤニックで挟み撃ちってのが良かったんじゃない?」
「新人さんの能力を見極めるのが目的やったから、そんな楽はへーせんで」
「ふーん」
「それで、ガインさん。良い人は居たの?」
「まぁ、フローレンスの代わりはおらんわ」
「聞き捨てならないわね。私の代わりはいるみたいじゃない?」
「照明魔法を射てるヤツはおったわ」
「ちょっ! 私が戦力じゃないみたいじゃない」
キャロルは気分を害していない。
ガインの冗談に付き合ってやっているだけである。
「1人前になるまでは戦闘能力は期待できへんって、改めて思ったんや。育てなあかんわ。その為には死なないように、アシルみたいな大ケガをしないように、大事にしてやらなあかんな」
「あんなに走らせておいて? ガインさんに殺されるかと思いましたよ」
「ヤニックは根性あるから好きやで」
「止めてください。僕がガインさんに惚れたらどうするんですか」
「そりゃ、責任取ってくれるぜ」
「えぇ……。僕はキャロルさんとかフローレンスさんの方が良いです。生物的に雌ってだけで」
「ほんまか? そいつらより俺の方が家事力あるで」
「ガインさん?」
「なんや、フローレンス?」
「すごく喧嘩を売られた気がするの」
「怖いから止めてや」
「腹にきっついの入れてやりな、フローレンス」
「その女は冗談で人を殺す類いだと思うぞ」
「だから怖いねん」
彼らの歓談は続く。テーブル上の皿も半分以上は空となり、主にケヴィンが消費していた数本の酒瓶が転がり始めていた。
今を逃すと、明日以降になると判断したガインが思いきって尋ねる。
「で、フローレンスは竜の巫女になれるんかいな?」
「なるわ。ロックさんも了解してくれたもの」
「そうか。なら、仕方ないわな」
「ガインさん、冒険者も続けるわよ」
「フローレンスがそのつもりでも、今まで通りではあかんで。ちゃんとお務めを果たさんと、竜の巫女として立派になれへん。立派にならな、聖竜様の情報に近づきにくいやろ。俺らの為にも竜の巫女に専念するんや。えー情報はちゃんと横流しするんやで」
フローレンスは微笑みのまま答えない。
「これ、聞く気のない反応だな」
「そやな」
「不信心は良くないですよ」
それでも、フローレンスは答えない。
「あっ、そうそう。宮殿の地下通路に入ったわよ」
キャロルが話題を変える。フローレンスへの助け船である。
「他にも幾つかあるみたいよ」
「竜神殿に続いているのもあったんか?」
「分からないわ。私達が案内されたのは墓場行きだったわね」
「城を攻められた時の逃走用か?」
ケヴィンの問いにキャロルは頷く。
「死霊使いさんもいたわ」
「死霊使い?」
「ちょっ、それ、秘密の通路なんですよね? 伯爵様の家来として通路を守っていたんですか?」
若干驚きながらヤニックが訊く。死霊使い自体が珍しいし、自然に反する魔法を使う者であるために、世間から良い印象は持たれていない為である。
「襲って来たからやっつけた」
「フローレンスが無茶をしたんだろ」
「違うわよ。先制攻撃を受けて、案内役のネイトさんが矢で狙われたんだもの」
ガインもネイトは知っている。服装や態度からして、ロクサーナ伯爵の側で働く高位の従者。それが自分の城の領域で攻撃された?
「それ、えらい事ちゃうんか……?」
隣国との戦争は優勢と聞いていたが、敵兵に本拠地まで潜入されているのではと考えたのだ。
ただ、ヤニックを除いて彼らに焦りの色はない。シャールの街に対する思い入れは大してない為である。最悪、帝国に攻められても支配者が変わるだけで彼らには直接の影響がない。
「えーと。色々聞きたいんですけど、その死霊使いはどうなったんですか?」
「どうなったのかしら? キャロルさん、知ってる?」
「えっ、私? 確か、魔法で洗脳して戦争で使うとかロックが言ってなかった? 死んだ兵士をもう一度使えるようになって嬉しいとか」
「……マジかよ。あいつ、そんなヤツだったのか」
ポールもロクサーナ伯爵軍が戦法を選ばないという噂を聞いていたが、実際の彼女とはかけ離れたもので、あくまで噂に過ぎないと思っていた。
「俺なんて、そいつと婚約するんだぜ!」
「「えぇ!?」」
ケヴィンの突然の告白は仲間を驚かせる。
しかし、事情を聞く前に次の騒ぎが起こってしまった。
「救援求む! 魔物の大群に襲われて、戦闘中!!」
皮鎧をずたぼれにされた血まみれの男が扉から倒れるように入ってきて、そう叫んだ。