珍しい組み合わせ
昨日の内にガインは見込みの有りそうな冒険者を5人程度ビックアップした。突然の誘いに最初は警戒心または動揺を隠さなかった彼らであったが、ギルド職員の口添えが効いて、快く同行を承諾してくれている。
「あれ? 5人じゃなかったか?」
「1人来てへんな」
「時間も守れんヤツは要らん」
「フローレンスさんも守りませんよ」
「そーやけど、今回はしゃーないわな。ケヴィンの言う通りや。行こか」
ガインが選んだのは冒険者となって半年から1年くらいの者達。最も生存率の悪い半年を越え、周囲に馴染み顔が増えてきて固定パーティーを作るかどうかという者達である。
「お願いします!」
1人前の冒険者と呼ぶにはもう少しな彼らはガインに頭を下げる。装備も誰かが捨てた物を再利用しているのではないかと思う程に、汚れや欠けが目立っている。
「気を付けてね。明日の昼になっても帰って来なかったら見に行くわ」
「あぁ。フローレンスも無茶せんようにな」
「無茶する予感しかないんだけど」
「手綱は任せたでキャロル」
「あんたも無茶振りよ」
野犬退治に向かうガイン達を見送ってから、ロックこと若いシャール伯爵であるロクサーナを訪れる予定の女性2人は街に入る門へ歩み始める。
警備上の観点から、貴族や兵士を除いて、太陽が出ている時間帯のみしかシャールの街に入れない。従って、朝になって門が開いて暫くは街に用がある人々で混雑することになる。
フローレンスとキャロルも長い行列の中にいた。
「フローレンスさ、いつまでその服なのよ。ど田舎の人間みたいに全体的に茶色いわよ」
「おしゃれって分からないのよ。キャロルさんは決まった服があって助かるわね」
「竜の巫女になったら黒だけの服よ。一生、女の子らしい格好をしないまま死ぬ気?」
「服装を考えなくても良くなるのは幸いよ」
「そんな考えはダメね。フローレンスは元が良いんだから、勿体無いわ」
「そういうものなのね」
「そうよ。ヤニック辺りにおしゃれな服屋を紹介して貰いなよ」
「美味しい肉屋の方が嬉しいのだけど」
彼女らが2人きりになることは今までにそうなかったのだが、雑談は街へ入るまで続いた。
時間は掛かったものの、滞りなく門を抜け、彼女らは尖塔の連なりを目標にして、シャール伯の宮殿を目指す。
「聖竜様はどうしてお隠れなのかしらね」
「古竜は魔力を食料にするって聞くわ。隠れてるんじゃなくて外に出る必要がないんじゃないの」
「物知りね、キャロルさん」
「教会で習っただけよ。竜は普通の竜と古竜の2種に大別できて、姿は似ているけども別種。竜は只の獣。古竜は高い知識を持ち、永遠に近い長命で、戦闘力も高い。そんなヤツだったら、人間と交流する必要がないもの」
「でも、聖竜様は人間を観ておられるし、私に話もしてもくれるわ」
「暇潰しでしょ。私達が色鮮やかな魚を飼うようなものよ」
「それもそうね。うふふ、聖竜様からしたら、人間なんて、生まれてすぐに死ぬ羽虫みたいなものかもしれないわね」
「魔族にでもなれば、少なくても命の長さは対等になるかもね」
たまにすれ違う者が振り返ることがある。しかし、それは彼女らの話の内容が聞こえた訳でなく、キャロルの真っ白い服が珍しい為である。
「まぁ、魔族ね。でも、どうやってなれば良いのかしら」
「さぁ。でも、人間を魔族にして崇める村があったことは知っているわ」
キャロルの言葉をフローレンスは表情を変えずに返す。
「物騒ね」
「そうよ。本当の事なら物騒なのよ。ってか、魔族で思い出した。フローレンス、私達を襲った魔族さ、あんた、最初から魔族だって分かっていたでしょ?」
「どうかしら。でも、アシル君には悪いことをしたわ」
「責めるつもりはないわ。私も油断していた」
「そうよ。ガインさんとキャロルさんにお任せしたのよ」
「ごめんだって。って、なんで、あんたが私を責めてるのよ」
城門前の橋に近付く。
前回と同じ様に衛兵達は槍を構えて不審者に対応しようとしたが、1人がこの間の妙な女と分かり、元の守備位置へと戻っていった。
「どういうことよ?」
「あの方達とは仲良くなったのよ。だから、今日は通してくれる感じね。皆、優しいわ」
「何言ってんの……えっ?」
躊躇なく前進したフローレンスの後をキャロルは不思議に思いながら追って、敬礼をする衛兵の間を抜けた。
端橋を渡った先にもいる衛兵もフローレンスが近付く前に敬礼し、開門作業を宮殿側の担当者へ伝達する。
「ネイトさんかロックサーナさんをお願い」
「ロクサーナ伯爵閣下よ。申し訳ありません、この子、少し頭がおかしいから」
名前を間違えた上に敬称も略すフローレンスの正気を疑いつつ、キャロルは慌てて訂正した。
しかし、兜の形が他と違う衛兵長は問題視せずに礼を尽くしてフローレンスを待合所まで案内する。
「あんた、どんな魔法を使ったのよ。まさか、精神を操る系? 私達にも隠していたの?」
「うふふ。違うわよ。話せば分かるのよ、皆」
「信じられないわ」
「あら、お土産を忘れたわ。次からは必要ね。キャロルさんは何が良いと思う?」
「知らないわよ。ロックが喜ぶものなら何でも良いんじゃないの」
「まぁ、ロクサーナ伯爵閣下よ。キャロルさんは大胆ね。親しき仲にも礼儀ありよ」
「あんたに言われたくないわ」
「でも、そうよねぇ、ロックさんが喜ぶものねぇ。ご助言ありがとう」
「親しき仲にも礼儀ありでしょ」
待合所には誰もおらず、軽口も弾みやすかったのだろう。
「お待たせしました。我が主はご多忙のため、私がお話しを伺います。まずは私の部屋までご案内致しましょう」
前回と同様に現れたのは伯爵付きの使用人である青年ネイト。細身の体をキッチリとした正装で包み、フローレンス達に礼を尽くす姿は指先まで優雅さが宿っていた。
「……すごい美形じゃん」
彼に連れられて中庭を歩くキャロルはフローレンスの耳元で囁く。
「聖竜様に比べたらまだまだよ」
「どんな比較してんのよ」
キャロルは改めてシャール伯爵宮殿を見上げる。天を衝くような高さを誇る主塔は、国王にも匹敵する権勢をシャール伯が持っていた時代に作られたものである。
「良い家に住んでるわね、ロック」
「あんな高い所、崩れたらイチコロよ」
「だから、そういう物騒なことを言わないでよ。でも、これならフローレンスの願いも聞いてくれるだけの財力がありそうだし、何なら私の教会にも寄進してくれるかもしれないわね」
背後で堂々と行われる不遜な会話にもネイトは心を乱されず、背筋を伸ばして真っ直ぐに進んでいた。