仲間との雑談
フローレンス達は久々に壁外の冒険者ギルドに入り、依頼書が掲示を眺めていた。
地下水路の探索を熱心にやり過ぎて金欠になった訳ではなく、ケヴィンが魔物を狩らなければ剣の腕が鈍ると強く主張したためである。
フローレンスとキャロルという前後衛の主力が同時に居なくなる可能性に不安を覚えたガインにとっても好都合であった。
「どれにしようかしら」
背の低いフローレンスが当然のように一番前に出て品定めをしていた。
「今回はフローレンスは留守番やで」
「えぇ? そうなの?」
「そうや。今回は新人を試す感じにしたいんや。強烈なヤツはあかんで」
「フローレンス抜きなのね。それは慎重に選ばないと危ないわね」
「キャロルもやで」
「私も抜けるの? ヤニックは戦闘経験が浅いわよ。全体を見ての指示とか難しいと思うわ」
魔法使いであるキャロルは魔物と距離を取って戦う。視野を広く取れるため、魔物の動きを仲間に伝える役目も果たしていた。
「新しい仲間候補を見つけたいんや」
「アシルの代わりがケヴィンみたいに、私とフローレンスの代わりを見つけたいの? そんなの居る訳ないじゃない」
気分を害しての発言ではない。ここのギルドの所属人員をあらかた把握した上での発言である。
「ケヴィンみたいな即戦力は無理や。だから、見込みのあるヤツを育てるんや」
「ただいま教育中のヤニックもいるんだぜ?」
「僕は構いませんよ。後輩ができた方が嬉しいですし」
「新しく入れるなら女が良いぞ。この2人みたいな生意気ではない、気立ての良いヤツだ」
「もぅ、ケヴィン君は言うわねぇ」
「自分の気立てをまず修正する必要があるんじゃない?」
2人ともケヴィンを見ずに言い放つ。しかし、ケヴィンは微妙な雰囲気の変化を気にしない。彼の逞しさをポールは少し羨ましく思った。
野犬退治に決まり、その受注事務を終えて、メンバー候補を見定めるガイン以外の者は食堂で待機する。各々、軽食や飲み物をテーブルに置いていた。
「なぁ、フローレンス、竜の巫女になったら冒険者を辞めるのか?」
「辞める? ううん。皆と一緒に聖竜様を探すつもりよ。神殿に閉じ籠るなんて真っ平ごめんだもの」
「でも、見習いの修行は大変みたいだぞ。ヤニックが言ってた」
「そうです。厳しい戒律に耐えてこその巫女ですから」
ヤニックはフローレンスの眼を真剣に見ながら言う。
「あのふざけた物売りの小娘が耐えたとは思えんぞ」
横からケヴィンが軽口を叩いたが、ヤニックは即座に反論する。
「耐えたんです。そして、彼女達は耐えたという自信があるんですよ。そうじゃなければ、偉そうで体格も勝るケヴィンさんに喧嘩なんか売らないです」
ヤニックの勢いに竜信仰の強さをケヴィンは感じ取る。他人の宗教を否定することは大きなトラブルの源であることを、王都時代の教育で知っている彼はそれ以上は喋らなかった。
「そうなのね。でも、私は冒険を辞めないわよ。変なルールがあったら、変えてあげる」
「腕力で?」
キャロルは笑いながら訊く。直後、急に空気が凍ったような感覚が体を走る。
「場合によっては致し方なし。巫女長様でも血祭りにあげる」
低い声での返しには殺気さえも含まれていて、誰も反応できなかった。
「冗談なのに笑ってくれないの?」
一転してフローレンスは明るく言う。不安感を消すには足りないが、それでも、安堵感はあって、ようやくヤニックが口を開いた。
「……フローレンスさん、本当に笑えませんからね。ほら、皆の反応をよく覚えておいて下さいよ」
「部屋が熱い。少し外の空気を吸ってくるぞ」
「私もお手洗い」
「ガインを見てくる」
言葉には出さなかったが、妙な雰囲気を変える目的での休憩で皆の意見が一致する。
しかし、することもなく、徐々にフローレンスの待つテーブルに戻って来て暇潰しの雑談が再開された。
「なぁ、フローレンス、巫女長の建物に隠し通路はなかったのか?」
「ないと思うわ」
「根拠はある?」
「それもないわ。勘だもの。でも、ロックさんの家から逃げ落ちる為の通路なら、もっと神殿の端っこに作ると思うの」
「それもそうね。でも、あの広大な敷地を全部調べるのは何年掛かるかしら」
「しかも、巫女しか入れない聖域は隠れながらの作業だしな」
「私に良い案があるわ」
「皆さん、耳を塞ぎましょう。碌でもない話なのは間違いありませんよ」
と言うヤニック自身も耳に手を当てていない。
「ロックさんの家にも通路の入り口があるのよ。なら、そちら側から調査したいって頼めば良いのよ」
「……十分に無茶なアイデアじゃない」
「そうですよ。今は戦争中ですもの。訳の分からない者は入れてくれませんよ」
「前みたいに衛兵に捕まるぞ」
「うふふ、大丈夫よ。皆、心配性」
フローレンス以外の発言でなければ笑って済んでいただろう。
「私とキャロルさんで行くわ。皆は野犬を宜しくね」
「うわっ、巻き込まれてる……」
「頑張れ、キャロル」
「やな予感しかしない……」
キャロルはテーブルに突っ伏してやる気のなさをアピールする。しかし、彼女に代わってやろうという男は表れなかった。




