巫女になる条件
竜神殿に来るのは初めてなのか、それとも人が良いからなのか、ケヴィンは土産屋の巫女に捕まっていた。
「おい、高いぞ!」
「由緒正しい菓子で御座いますから。シャールの竜神殿と言えば、これですよ。田舎のご両親もお喜びなさること間違いなし」
「俺は王都出身だ! 辺境のシャールの者に田舎者扱いされるなど屈辱以外の何物でもない!」
「まぁ、都落ちされた方でしたか。本当に申し訳ありません。お気の毒に。でも、そんな貴方でもこれを買えば、元気が出ること間違いなし」
「お前! 喧嘩を売ってるだろ!」
「売っているのはお土産だけ御座いますよ。誤解されたら困りますー」
笑顔を崩さない巫女と顔を真っ赤にしているケヴィン。彼らを遠巻きにガイン達は眺めていた。
「あれ、絶対に土産を売る気を失くして、からかい始めてるわよね」
「客にならんわって判断したやろな」
「ケヴィンさん、プライドが高いから、2度とここに来なくなりますね」
ヤニックの予想が当たりそうで、ガインは苦笑いを浮かべる。
「しかし、ここの神殿って本当にでかいな。隠し通路があるにしろ、それを探すのは手間だな」
移動するにはまだ時間が掛かると判断して、ポールは芝生の上に尻を落としながら言う。
「逃亡用なら井戸とか建物の地下室とかに繋げるのが普通やと思うで」
「フローレンスさんが入っていった建物にあれば良いですね」
「調べる時間があるかしら」
「ところで、ポールさん。フローレンスさんが竜の巫女になったとしたら、それは構わないんですか?」
「は? 構わないってどういうことだよ!」
自分の好意を明け透けにされたようなヤニックの言葉に、彼は怒気を含めて応えた。
「竜の巫女になったら、今みたいに自由に旅ができなくなる。つまり、フローレンスさんは冒険者を引退ですよ」
「そうなんか? あの土産屋の巫女さんとか見ていたら規律とか無さそうやで」
「あの人、黒い巫女服を着ているでしょう。あれは正巫女の証で、あんな感じにケヴィンさんで遊んでますけど、偉い人なんです。最初は巫女見習いからで厳しい修行をするそうですよ」
それもそうかとガインは考え直す。
「聖竜様に逢うのが目的なら巫女になった方が良い気がするわね」
「……キャロルもいずれ教会に戻るんやな?」
「そのつもりよ。何? フローレンスが抜けた後の戦力ダウンを考えたら、私が惜しくなったの?」
「正直そうやな。ちょっと新人勧誘を考えなあかんわ」
シャールの冒険者ギルドは戦争に参加している者も多く人材不足。聖竜探しは続けたいところだが、一旦、自国に戻るべきか。ガインは悩む。
「ってか、キャロルはどうして聖竜探しに参加してるんだよ」
「私達の至高にして唯一の主、御名をお呼びすることも深く憚れる真の父、光輝の中に住む彼の業績は聖書で伝えられ、その中の偉業の1つが白き巨竜を従えて、悪しき手より世界を救ったって話があるのよ。教会に戻る際の手土産に丁度良いわ。何なら、教会に戻ってもまた派遣される案件かもだし」
「それはそうと、キャロルはいつ戻るんや?」
「もぅ、ガインが焦るのは珍しいわね。そうね。うーん、他人には言えない目的を達成してだから、私も分かんないわ」
「数年とかですか?」
ヤニックが尋ねる。
「かもね。でも、明日かもしれない。こればかりは私も分からないから。成り行きに任せているの」
「悟りを開く系ですかね」
「言えないって言ったじゃん」
キャロルはそう呟いてから、フローレンスが入っていった小屋に視線を移す。これ以上は話すつもりはないという意思表示である。
フローレンスは立派な革製ソファーの真ん中に座り、正面の巫女長と話をしていた。
「お待たせ。それで、聖竜様のお声が聞こえるって話ね?」
「信じられないかもだけど、本当に聞こえるの」
「はい。でもね、フローレンスさん、竜の巫女になるにはそれだけじゃダメなの」
竜の巫女になる条件は時流で変わる。それは、竜神殿がシャール伯爵の強い影響下にあり、当主の意向が反映されやすいためである。聖竜の声が聞こえると主張するだけで巫女見習いになれる時代もあれば、出身階級が貴族でないといけない時代もあった。
「隠さずに言うと、お金なの。フローレンスさんは、どれだけお金を積めるの?」
「どれだけ必要なの?」
フローレンスの問いに、柔らかい微笑みのまま巫女長は教えてやる。
「巫女になりたい人はいっぱいいるの。でも、皆を巫女にする余裕はないの。聖竜様の声が本当に聞こえるのかも、他の人には分からないしね。だから、私たちは熱意で判断するしかない。フローレンスさん、貴女が用意できる限りのお金よ。それでも、皆の熱意には届かないかもしれないわ」
露骨な賄賂の要求であるのに丁重な口振り。巫女長に罪悪感はなかった。述べた事は彼女の常識であるからだ。
フローレンスは頬を膨らませる。
貴族の娘との競争になったら、自分の財力では話にはならない。その不満を露にしているとツィタチーニア巫女長は判断した。
「あらあら、可愛いお顔が台無しよ。でもね、フローレンスさん。私からアドバイスをあげるわ。ロックさん。ロックさんはお金持ちだから、頼んでみては如何?」
フローレンスの頬は膨らんだまま。
ツィタチーニアの立場としては、主人である伯爵の趣味に付き合っている人間を、伯爵の断りなく巫女にする訳にはいかない。
「悪いことは言ってないわよ。自分の道は自分で歩むこと。私から頼むのは筋違いなの。分かる?」
「私を巫女にするように巫女長に頼んでって聖竜様にお願いしたのに」
巫女長は微笑みを崩さない。
幻聴なのかもしれないし、欺詐かもしれない。何にしろ正解は態度を維持すること。
この娘は伯爵のお気に入りであることは理解している。丁重に扱うことが自分と神殿の利に繋がる。
「巫女長のお尻におできができたって聖竜様が言っていたのに、あれも嘘だったのかしら。悲しいわ」
「おでき……?」
ツィタチーニアは持病のように腫れ物を作る。治っても暫くすると再発してしまう。
しかし、自分がフローレンスと出会った時に椅子に座らなかったことを思い出し、彼女の観察眼からの鎌掛けだと結論を出す。
「まぁ、本当にお話ししているのかもしれないわね、貴女。じゃあ、もしも聖竜様とまたお話しできるなら、聖竜様のお住まいの場所を聞いて頂ける? 2代前の巫女長様は聖竜様に詳しくお教え頂いたらしいわよ」
ツィタチーニアの作り話だが、誰にも真偽を確かめられない内容である。それは彼女の優しさで、フローレンスがどんな返しをして来ても肯定するつもりであった。
フローレンスは部屋を出る。その後ろ姿は、彼女にしては珍しく肩を落としていた。